番外編.ジャスティンの魔剣。
以前、別の場所で公開していたSS『剣とジゴロ。』を改稿したものです。
「ジャスティン。休憩前に悪いが、これから宝物庫へ付き合ってくれないか? 休憩の延長は私からガッシュ隊長にお願いするから」
近衛騎士であるジャスティンは訓練を終え、昼食のために騎士専用の食堂へと向かいかけたところだった。
そこに兄であるセインに声をかけられ足を止める。
「それはかまいませんが……。私一人だけでよろしいのですか?」
宝物庫では、最近不穏な出来事が起こっていた。
それゆえ、供に自分一人で大丈夫かとジャスティンは問いかけたのだが、セインは笑いながら答える。
「お前で無理なら、何人いても変わらんさ」
ジャスティンは帝国一の騎士であり、この国でジャスティンより強い者は二人しかいない。
皇帝と皇太子だ。
だがそれも、魔力で勝るというだけで、実際に剣を手に戦えば、その結果がどうなるかはわからないだろう。
ジャスティンは苦笑交じりに了承し、セインとともに皇宮の奥宮にある宝物庫へと向かった。
そして入口を警備する者たちに軽く挨拶をしてから、管理者から預かっていた鍵を使って解錠する。
途端に警備の者たちが恐れるように数歩離れたことを責めはせず、二人は宝物庫へと足を踏み入れた。
「……特に変わった様子はないですね」
ジャスティンの言葉にセインは頷いた。
最近、用あってこの宝物庫に足を踏み入れた者たちが次々と昏睡状態で発見されるのだ。
その者たちは、不思議なことに魔力を残したまま、皆一様に恍惚な表情を浮かべているらしい。
セインたちはその変事を調べに来たのだが、少々カビ臭いような埃っぽさ以外には、不快なことも何もなかった。
しかし、かなり奥へと進んだところで、突然ジャスティンが険しい顔つきで振り向いた。
一拍遅れてセインも振り向き、その顔を恐怖に引きつらせる。
二人の視線の先にいるのは、紛れもない魔族。
しかも強大な魔力を誇示するかのように、その瞳を金色に輝かせていた。
「いっや~ん♪ めっちゃ美味しそうなんが二人もいるぅ~!」
艶っぽい声を上げて歓喜する魔族の女に、セインはさらにその顔を引きつらせ青ざめたが、ジャスティンはニッコリ微笑んだ。
「おや、まさかこのような場所で、貴女のように素敵な女性に出会えるとは思ってもいませんでしたね」
「……え?」
ジャスティンの思わぬ言葉に、セインだけでなく魔族の女も驚き声を上げた。
だが、ジャスティンはそんな二人にかまわず、さらに笑みを深くして続ける。
「私はこの皇宮の近衛騎士であるジャスティン・カルヴァと申します。もしよろしければ、貴女のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「リ……リリアーナやけど……」
「ああ、お姿だけでなくお名前もお美しいのですね。夜空を明るく照らしてくれる月のような瞳を持つ貴女に、ぴったりのお名前です」
そう言って極上の笑顔をジャスティンは浮かべ、リリアーナの右手を取って軽く口づけた。
瞬間――。
-ズキュンッ!→
「ん? ズキュン?」
セインは聞こえるはずのない音に首を傾げた。
それから次に目にしたのは、リリアーナと名乗った魔族がジャスティンに絡み付いている姿だった。
攻撃を受けているのかと、一瞬疑ったセインだったが、それはすぐに間違っていたと悟る。
「いや~ん! うち、心臓を撃ち抜かれてしもうた~! ジャスティン様はもう決まった魔族はいるん? ニオイはせえへんけど?」
「いいえ、魔族の方とはお会いするのも初めてですよ」
冷静に答えながらジャスティンは絡み付いたリリアーナの肢体を、自身からテキパキと引きはがしていく。
「いやん♪ ジャスティン様のいけずぅ~。これって運命やのにぃ。うち今日からジャスティン様の剣になるわ! もう、縛られるのにも飽きたしなぁ」
「……剣?」
今度はセインとジャスティンが驚きの声を上げた。
それに応えるようにリリアーナは宝物庫の奥で封じられている(はずの)剣を指し示す。
「貴女は剣に宿られているのですか……」
「うん♪」
納得したようなジャスティンに、リリアーナは嬉しそうに答えた。
そしてセインも深く納得して呟く。
「それもそうか……。陛下の結界が張られたこの皇宮……宝物庫に魔族が侵入できるわけがないしな。まあ、今の陛下のお力は皇太子殿下より――」
「兄上!」
独り言のようなセインの言葉は、ジャスティンの厳しい声に遮られた。
「あ、ああ……すまない」
セインは謝罪の言葉を口にしながら、誰もいないはずの周囲を見回した後、ジャスティンへと目を向けた。
「で、その魔剣をどうするんだ?」
いつの間にかリリアーナは姿を消し、魔剣としてジャスティンの手の中に納まっている。
ジャスティンは大きく息を吐き出して答えた。
「兄上が陛下にご報告される折に、私も供します。そしてこのリリアーナをお借りできるようお願い申し上げるつもりです」
「……そうだな。私も今回のことはよくわからんから、その……直接彼女が陛下に面してくれたほうが早いだろうな。しかし、お前……騎士を廃業してもジゴロとしてやっていけるな……」
セインの冗談混じりの言葉は、珍しく怒りを含んだジャスティンに否定された。
「ジゴロなど……女性の敵ではないですか! そんな者、私が全て排除します」
自分がどれだけ女性を虜にしているか、ジャスティンはまったく自覚がない。
ジャスティンにとって全ての女性は、ただただ美しくもか弱き存在であり、守るべき相手なのだ。
意外と鈍感な弟にいつか特別な相手――女性が現れるのか、セインは心配して大きくため息を吐いたのだった。
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