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番外編.ディアンの所願。

 

 とある日の昼下がり、ディアンは執務机の前に座り、珍しく仕事の手を止め、一点を見つめていた。

 手に持ったペン――普通のペンだが、そのペン先を書きかけの書類にトントンと軽く叩く音だけが静まり返った部屋に響いている。

 そして、そのかすかな音を聞き逃さない鍛えられた部下たちは、隣の部屋で背筋を凍らせていた。

 この音が響く時、それはとても恐ろしい事件の前触れでもあるのだ。


(どうか、私には関係のないことでありますように!)


 部下の誰もがほんのわずかでも関りを持たなくていいようにと、ユシュタルに祈る。

 実際にユシュタルを知る数名の者たちは、あの頼りない神に祈ってもろくなことがないと言うだろうが、この時は幸いにして聞き届けられたようだった。

 隣の部屋からかすかに聞こえた声は、あのアホ――魔族を呼び出す声。

 耳を澄ましていた部下たちはほっと胸をなで下ろし、少々遅れてしまった仕事に急いで取りかかった。

 そして隣の部屋――ディアンの執務室で呼び出されたアポルオンは喜々として答えていた。


「ディアン様から呼び出してくださるなんて、このアポルオン、もう昇天してしまいそうなほど幸せです~」


「なら、逝ってしまいなさい」


「ぎゃっ!?」


 ディアンが言い終える前に、アポルオン目がけて何かが飛んできた。

 慌てて避けたアポルオンだったが、振り返ればペンが壁に突き刺さっている。


「おや、なぜ避けるのです?」


「だだだ、だって! 今、避けなければ脳天直撃でしたよね!?」


「そうでしょうね。ですが、避けられてしまうことを計算に入れなかったとは、私もまだまだ未熟ですね。次の機会などないでしょうが、これからは相手の動きを予測して狙うことにしましょう」


「次はハートを狙い撃ちですね! ですが、俺の心はもうディアン様のものですから!」


「受け取った覚えはありませんが、まあそれも含めてお返ししたいものがあるので、《果ての森》に帰って頂きたいのですよ」


「お遣いですね!」


 ディアンはもうアポルオンを無視して、一通の封書を取り出した。

 それを見て、アポルオンは目を輝かせる。


「俺へのラブレターですか!?」


「バカですか? いえ、アホでしたね。この手紙は詫び状です。どこかのバカが割ってしまった鏡を一応は修復したので、お許しいただけるとは思いませんが、お返ししたいのです。ですから、バカと一緒に《果ての森》へ行ってください」


「ああ、ザックとですね」


 納得いったとばかりに呟いたアポルオンに向けて、ディアンは爽やかに微笑んだ。

 その笑顔を見て、アポルオンは大きな不安に胸が高鳴り、痛いほどだった。

 これはもう、性別も種族も超えた愛だ。

 そうアポルオンが確信した瞬間――。


「ぎゃっ!?」


 新たなペンがアポルオンの胸に突き刺さった。

 どうやら愛に目がくらんでいたアポルオンは、今度は避けることができなかったようだ。


「まさか、こんなに早く次の機会があるとは……。目が覚めましたか?」


「ディ、ディアン様……胸が痛いです」


「気のせいです。ところで、あなたは以前、レナードに嘘を吐いたそうですね?」


「はい? 何のことですか?」


「対の魔剣は側になくてはダメだと。だから、私と契約するようにしろと言ったそうですね。ですが、そんなことはまったくありませんでしたよね? サンドル王国までお遣いに行ったのですから。嘘つきは、それ相応の報いを受けるべきですが、今回はまあ許しましょう。ところで私はあの時、あなたに戻ってくることがあればお願いしたいことがあると言いましたね?」


「はい!」


「そのお願いが、あなたに《果ての森》へ帰ってほしいというものです。もう魔宝の縛りもなくなったのですから、仲間の許へ帰るべきでしょう? そのついでに、バカの道案内も兼ねて、この手紙を長老に渡していただきたいのです」


「わかりました! このアポルオンにお任せください!」


「きっと魔族の皆さんも、煩いあなたがいなくて寂しい思いをしているでしょうから、二度と森から出てはいけませんよ?」


「ディアン様は本当にお優しいですね。みんなのことまで心配してくださるなんて……」


「さて。では、そろそろ入ってきていただけませんか?」


 感動に目を潤ませるアポルオンを無視して、ディアンは扉の外に向けて声をかけた。

 すると扉が開き、ザックがのそりと姿を現した。


「バカって、酷いですね、宰相殿は」


「事実ですから。それでは、今の話を聞いていたのですから説明は省きますが、これを魔族の長老に渡して来ていただきたいのです。とはいっても、全てあなたの責任ですがね。ですがまあ、このペンを森から持って帰ってくださるなら、今回のことはこちらの失態として責めを負いましょう。ですから、必ずこのペンだけは持って帰ってきてくださいね。絶対にペンだけを」


「まあ……努力はしますがねえ」


 ぽりぽり頭をかきながら答えたザックは、鏡を割った責任をさすがに少しは感じているらしい。

 修復した鏡を包んだ箱と、抜け殻の元・魔剣を受け取ると、胸を押さえたままのアポルオンをちらりと見た。


「アポ、いい加減にそのペン抜けば? 痛くね?」


「バカを言うな! この痛みは、俺様のハートに刺さったディアン様の愛だぞ!」


「……やっぱ、努力はしますが、約束はできないっす」


 小さく呟いて、ザックは爽やかに微笑むディアンから目を逸らした。

 それから始まるアポルオンとザックの《果ての森》までの旅は、道中で多大な迷惑をまき散らしながら進んでいくのであった。

 そして、その噂――苦情を耳にしたルークが、どうにかしろとレナードに命じたのは、また別の話である。




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