表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/154

132.転がる駒。

127話の前に「人物紹介.おさらい。」を割り込み投稿しました。



「参ったな。まさか魔族の鏡まで持ち出されるとはね」


 呆れた様子で微妙な沈黙を破ったクラウオスは、鏡からザックへと視線を移した。


「で、その鏡をどうするの? ええっと……能天気君?」


「ええ!? ザックっす!! ザッカリー・マルケスって言うんですよ、俺! 王城で挨拶したじゃないですか!!」


 クラウオスに名前を覚えて貰えていなかった衝撃に、怪我の痛みも忘れてザックは立ち上がった。――が、やはり本調子ではなく、ガクッと足から力が抜けそうになり、慌てて膝に手をついた。――ので、するりと鏡が滑り落ちた。


「あ……」


「…………。」


 ガシャンと甲高い音をたてて割れた鏡を皆が無言で見つめた。

 そこから黒い靄が滲みだし、闇が唸るよう蠢いたが、もはやその事を気にする者はおらず、ただどうしようもない生温かい空気だけが漂う。


「す、すまん、アポルオン。お前らの大切な鏡……割れちゃったな」


「あ~。まあ、いいんじゃね? 今頃、爺ちゃん達も鏡が無くなった事に気付いて大慌てだろうから、証拠隠滅できたって事で」


「だよな~? じゃないと俺、今度こそ殺されちゃうもんな? まあ、持ち出したのは俺じゃないけど」


ザックとアポルオンの呑気な会話に、まるで息を合わせたかのようにルークとディアンが盛大に溜息を吐いた。


「アホですね」


「アホだな」


「まあ、ヴィートが絡んでいる時点で何かの冗談にしかならないので、手間が省けて良かったと思うしかありませんね」


「ああ」


――― ここでまたヴィートさんの名前を聞くなんて……。ヴィートさんっていったいどんな人なんだろう……???


 花がセインの養女になったことで義兄になったヴィートの話題はたまに出るのだが、詳しく聞こうとするとなぜか誰もが口を閉ざし、目を逸らす。

 謎は深まるばかりである。

 そして、この緩急があまりに激しい展開に花の頭の中は混乱をきわめていた。

 しかし突然、クラウオスがお腹を抱えて笑い出した。

 フランツはどこか苦しそうに目を閉じている。


「……もう、君達……本当に信じられない! 有り得ないよ! それ、神が()る『御神鏡』として魔族達が何千年と崇めてきた鏡なのに……。その鏡が割れても気にも留めない魔族がいるなんて……ああ、もうムカつくなあ」


 クラウオスが笑いの合間に吐き出す言葉は徐々に怒りを帯び、地を這うように低く、暗く響き始める。


「おかしいなあ。僕は人間を滅ぼす為に魔族を創り出したのに、いつから魔族と人間は慣れ合うようになったのかな? ねえ、アポルオン?」


 ゆっくりと顔を上げたクラウオスはアポルオンへと残忍なほどに優しい笑みを向けた。

 冷たいクラウオスの気に呼応して、闇が打ち寄せる波のようにざわざわと騒ぎ始め、世界は再び深い闇に閉ざされていく。


「アポルオン、お前は何をしているんだ?」


「あ……お、俺は……」


 先ほどの陽気さは影を潜め、急に怯えて震え始めたアポルオンに、クラウオスが容赦なく冷酷に追い詰める。

 そこへ、いつもの笑みを含んだディアンの真っ直ぐな声が割り込んだ。


「貴方こそ何をなさっているのです? これまで何が起ころうと滅びる事のなかった我々が、なぜ今更『神』などとほざく傲慢な存在に屈しなければならないのですか? 馬鹿らしい」


 その言葉に勇気づけられたのか、アポルオンは大きく息を吸い込むと力の限りで宣言した。


「お、俺は!――俺もメレフィスもリリーも前に決めたんだ! 自分の選んだ主人を絶対信じるってな!!」


 以前、セルショナードから戻ったばかりのジャスティンに無理を言ってまで、リリアーナがアポルオンとメレフィスを呼び出したあの時に約束したのだ。――選んだ道を最後まで信じると。


「お前、なかなかカッコいい事言うなぁ」


「え? そ、そうかな?」


 感心した様子のザックに、照れるアポルオン。やはりどこか締まらない状況の中、伝わるのはディアンの怒りの気配。


「……誰が、いつ、どこで、お前の主人となったのです?」


「ディ、ディアン様が、以前、森に訪れた時に――ぎゃあっ!!」


 上がったアポルオンの悲鳴はなぜだか幸せに満ちている。


――― 何だろう……このいつもと変わらない日常的展開……。


 間違いなく今、世界は重大な局面を迎えているはずなのだが、あまりに緊迫感がない。

 そう思ったばかりの花の耳に、クラウオスの嘲笑が聞こえる。


「やっぱりこの世界はムカつく事ばかりだよ」


「では、いい加減に立ち去ったらどうだ? このままここに留まっても、もはやお前には何も出来ないだろう?」


 冷淡に応じたルークは、驚いて見上げた花に微笑みかけると、再びクラウオスへ向かって続けた。


「それほどに滅びを望むなら、なぜ直接手を下さない? わざわざ人々を狂わせ、争わせる?」


「もちろん、楽しいからに決まってるじゃないか」


「だろうな。だが、……遊戯(ゲーム)にも規定(ルール)があるように、この世界にも掟はある。それは創世神ユシュタルでさえ曲げる事の出来ない摂理であり、当然お前にも手出しは出来ない」


「……結局、何が言いたいの?」


「お前には力を与える事は出来ても、力をふるう事は許されない。要するに、この闇もまやかしでしかないと言う事だ」


 言い切るルークの言葉に呼応したかのように、白金に輝く光が一閃。

 あまりの眩しさに目を閉じた花の耳に届いた、場違いな程に明るく透き通った声。


「悪い、遅くなった!」


 それは、暗雲を晴らす太陽のようなレナードのものだった。

 が――。


「やっと来ましたね、間男が」


「誰が間男だ!?」


 いつものやり取りを始めた二人をよそに、ルークは花の閉じた瞼からその手をそっと下ろし、心配そうに問いかけた。


「ハナ、大丈夫か?」


「大丈夫です。ありがとうございます」


 暗闇に慣れた花の目を閃光から庇ってくれたルークの手に手を重ね、ゆっくり瞼を上げると感謝を込めて微笑んだ。

 そして微かに感じる眩暈を無視して、辺りを見回した花は祈りの間にいる事に気付いた。

 窓の外は月もなく暗闇に包まれているが、誰かの魔法なのか室内は明るい。

 だが、遠くに聞こえる喧騒に再びセルショナード王城での記憶が甦り、ルークの手を思わず強く握り締めた花の手は、安心させてくれる大きくなぬくもりに包まれた。


「次から次へとわらわら湧いてくるね、君たち人間は。本当にしぶといよね? 特にレナード君は何度命を狙われても堪えやしないんだから」


「別にあれくらい、ディアンの仕打ちに比べれば大した事などない」


 大きく溜息を吐いたクラウオスに、レナードは軽く応じている。


――― ディアン……今までレナードに一体どんな仕打ちを……。


「隊長さん、苦労してきたんだなあ……」


 花の心の声に同調するように、ザックがぽつりと呟いた。

 が、ルークもディアンも今更なのか、動じた様子は見られない。


「そうなんだよね。ディアン君がいつまで経っても君に手をかけないから、いけないんだよ。忌々しい程にユシュタルに良く似た君の存在のせいで、ルカ君もディアン君もお行儀良くしちゃってさ。予定通りにいかなくて、ガーディも困ってたよ?」


 まるで拗ねた子供のように呟いたクラウオスは、次いで無邪気に笑って首を傾げた。


「それで、君が来たって事は、ガーディは殺しちゃったのかな?」


「それをお前が問うのか?」


 表情を改めて厳しく問い返したレナードに、クラウオスは傷付いたように目を見開いた。


「相変わらず冷たいね。……まあ、いいけどさ。僕も十分楽しんだし、たぶん彼も楽しんだだろうからね。ガーディの――いや、ディオの考えた終焉までの筋書きはとても面白かったよ。彼自身が『神の器』と成るにはあまりにも脆すぎたから、フランツの体を借りる事にしたんだ。そして、マリサク王を(そそのか)して憎きティノを殺める機会を作り出し、戦によって荒んだ人々の心を糧に『虚無』を勢いづかせた。あとはルカ君なりディアン君なりが崩壊すれば完璧だったのになあ」


 その計画が動き出すまでには病を流行らせてみたりもしたが、残念ながらすぐに終息してしまった。

 退屈凌ぎにもならなかった事を思い出し、クラウオスは小さく肩を竦める。


「彼の望みは己の滅びに世界を巻き込む事だったからね。あまり丈夫でない彼に力と自由を与え、僕が身代わりになってあげたんだよ。戦が終わってからは姿を変える代わりに、これで薄幸の王子様を演じてね」


 懐から黒い布を取り出して、ひらひらと振るクラウオスの顔は心から楽しそうだった。

 ほんの少し手を加えて振り出せば、人間達は駒のように自ら転がり始めるのだから。


 ちょっとした悪戯心から隠れ場所を探して世界を渡っていたクラウオスに、心惹かれる祈りが届いたのは百年以上前の事だった。

 そこは遥か昔、クラウオスの大嫌いなユシュタルが創った世界。

 何度も壊そうと試みて、その度にユシュタルの邪魔が入った箱庭。


 ユシュタルが世界を創り、クラウオスが虚無を放つ。

 虚無を抑える為にユシュタルが世界に生きるものたちへ力を――人間達が魔力と呼ぶ力を与えれば、魔力に対する為にクラウオスは闇の魔力を――魔族達を生み出した。

 しかし、ユシュタルは己に近い大器を持ったヴィシュヌに祝福を授けて魔族達を退けさせると、更に掟によって憐れな魔族達を縛ったのだ。


 だからこそ、クラウオスは魔宝を創って掟に加え、人間達の欲望を煽り立てた。

 欲に溺れ、腐り堕ち、朽ち果てればいい。

 このまま人間達は与えられた繁栄に慢心し、勝手に滅びるだろうと。

 たまに覗き見て楽しむのだ。――自らの過ちで世界を破滅へと導く愚かな人間達を。


「彼の願い、彼の祈る声はとても懐かしくてね。……その昔、それはそれは熱心に呪いの言葉を吐いていたある王女の事を思い出したんだよ。父王に可愛がられ、臣民に愛される妹姫が憎い。――ってね。それで彼女に協力してあげる事にしたんだけど、ほら、何事にも対価って必要だろ? そう告げたら、彼女は嬉々として妹姫の命を捧げると約束してくれたんだ。最高だよね? でも本来は、神である僕が無暗やたらと力を貸す事は出来ない。だから、それから後は真実の代償を払った者にだけ、鏡を介して『神の御力』を与える事にしたんだよ」


 クラウオスは手を開き、黒い布がするりと滑り落ちるままに任せた。

 柔らかな布は真っ白な祈りの間の床を、黒いシミのように染める。


「ディオはサンドルの血を継ぎながら、その器はユシュタルに近かった。それ故に、儚くも王国の為、ティノの為に死んでいく宿命だったのに、それが彼には耐えられなかったのさ。そして心を闇に染め、世界への呪いの言葉を吐いていたんだ。でもやっぱり僕の力を受け入れるには、あの器では無理だったみたいだね。ずいぶん醜い姿になっていただろ?」


 問われても目を眇めて睨み返すだけのレナードから、苦しそうに顔を覆ったフランツへと、クラウオスは視線を移して傲然と笑った。


「魔族の鏡が割れちゃって、封じていた邪魔な記憶を取り戻したのかな? せっかく苦しまないようにルカ君への憎しみだけを残していてあげたのに……。まあ、花ちゃんの歌のお陰で脆くもなっていたからね。可哀想になあ」


 同情の言葉を笑いながら吐き捨てて、クラウオスは足下の割れた鏡を踏みつけた。

 じゃり、と細かく砕ける厭な音が耳に障る。


「それで君達は代償に命を削るのなら、与える事も出来ると、フランツの存在に気付いて思ったのかな? 能天気君が調べてたのはその事だろ?」


「……だから、俺はザックですって。そこ重要ですから覚えて下さい。それと……ついでに言うなら、確かにその通りなんですけどね。俺が王に命じられて調べていたのは命を繋ぐ方法でした。だけど鏡には『神の御力』なんて崇高なもんは存在しなかったし、魔族の鏡にしても同様に悪趣味な物でしたね。あ、でも、あなたと女の子の趣味は合うと思います。あの獣な彼女はマジ最高っす。今度こそ俺の運命の相手に間違いないですよ」


 今度も間違いなく間違いだ、と誰もが思ったが口にはしなかった。

 そんな相変わらずの微妙な空気の中で一人、花はザックの言葉に愕然としていた。


――― 命を繋ぐ方法……。


 花は思わず自分の胸に手を当てた。

 寒いわけではないのに心が凍りそうで震える花の体を、ルークがあたためるように包み込む。


「ルーク……」


 ルークを見上げて微笑む花の瞳には悲しみが浮かんでいた。

 漠然とした不安、花の焦慮を感じて、ルークが何か言いかけたが、花はそっとその心地よい腕の中から、ルークから離れた。


「ハナ?」


「――何があっても、私はルークを信じています」


 レナードがヴィシュヌの剣を持って現れた時から気付いていた。――これから起こるべき事を、その為にルークが待っていた事を。

 一瞬、ルークは驚きに目を見開いたがどうにか微笑むと、花の側に寄るディアンに小さく頷き、そしてフランツへと向き直った。


「レナード」


 レナードに呼びかけたルークは、その手にヴィシュヌの剣を受け取ると、鞘からゆっくりと引き抜いた。

 ただ真っ直ぐに、金色に光る瞳でフランツを見つめながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ