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131.呪詛厳禁。


「ディアン様~! 俺、戻って来ましたよ~!」


「なぜです?」


「え?」


「あの書面にはっきりと書いていましたよね? 不幸にも生き長らえてしまった場合、絶対に戻って来ないようにと。ようやく平穏な日々を取り戻せたと喜んだ私の気持ちはどうなるのです?」


「あの……でも、俺……や、やっぱりディアン様に会いたくて……」


 黒い笑みを崩すことなく爽やかに問いかけるディアンに、アポルオンは恥ずかしそうに答えた。


「……か、感動の再会ですね?」


「……」

 

 この場の空気に耐えられなくなって発した花の言葉は虚しく響き、ルークは無言のままそっと花を下ろした。


「どうやら、ガーディはまんまと騙されたようだな。まさか魔族達に裏切られるとはね」


 秀眉をひそめて怒りを滲ませたフランツの言葉にアポルオンが反論した。


「それは違うぞ! あいつらが俺達に止めを刺さなかったのは、『森の裁き』を受けさせるためだ! 『森』が生かすか殺すか決める。それが掟だからな! 頭の固い爺ちゃん達と違って、あいつらは見たこともねえ『神』じゃなくて『森の掟』に従っただけだ!」


 アポルオンはそう言い切ると、ザックを乱暴に落としてディアンへと嬉しそうに振り向いた。

 べたっと落ちたザックは無言で痛みに悶えている。


「ディアン様! 俺の忠誠を誓う手紙には気付いてくれましたか? 咄嗟だったんで、思いの丈を全て(つづ)れなかったのは残念なんですけど、ペンに仕込んだのは俺の機転なんですよ!! ディアン様は俺の宿ったペンを大切にしてましたからね!!」


「……」


「だからきっと、ディアン様のお手元に届くと思ったんですよ~」


「……バカは死んでも治らないとは言いますが、アホも同様なんでしょうね。どう読み取っても呪詛にしか思えないこの紙切れで私を呪い殺す気ですか? やはり世の為、人の為、私の為、このまま死んでしまいなさい!」


 喜び勇んで近付いたアポルオンの腹へ、怒りに笑うディアンの強烈な蹴りが入る。

 その拍子にひらりと落ちた紙片を拾い上げた花は小さく息を呑んだ。

 隣でルークは大きく息を吐く。

 血とインクで汚れた紙片には、『 死んで もどる 』とおどろおどろしく書かれた血文字。

 確かにこれでは呪われそうだと思った花はディアンへと視線を向けた。


「お前のせいでペンが血とインクに汚れ、それでも何かあるのかと調べてみれば、ただの紙屑。――やはり死ね。今すぐ死ね!」


「うぎゃ! ディ……ディアン…さま……」


 ディアンが王太子からペンを渡された時、浄化魔法を施さず汚れたまま受け取ったのはペンの細工に気付いたからだ。

 アポルオンを激しく踏みつけ怒りながらも、ディアンが血に汚れた紙片を持ち歩いていた事に、花はディアンの心情を少しだけ理解した。――と思う。


「……要するに、ディアン君のあの時の動揺も嘘だったと言う訳だ?」


 苛立ちを含んだ王太子の問いかけに、ディアンはアポルオンを蹴る足を止めて爽やかに微笑んだ。


「いいえ、貴方を殺してしまいたい衝動に駆られたのは本当ですよ。私の中の狂気はずっと貴方という存在が許せませんでしたから。あの不愉快な言動には我慢も限界でしたので」


「へえ? それはそれは……。まさか憎しみの対象がレナード君でも世界でもなくて僕だったとはね。なあんだ、君は完璧な存在なんかじゃない、完全な出来損ないじゃないか」


「おや、これはこれは……。お褒めに預かり光栄ですね」


「……本当にディアン君には苛々させられるなあ。ねえ、クラウス様?」


 王太子はディアンを見据えたまま、クラウス――フランツへ呼びかけた。

 とそこへ、アポルオンの得意げな声が上がる。


「あ! 俺知ってる! クラウスって実はルークの兄ちゃんなんだぜ?」


「……」


 今更な事実に皆はアポルオンを無視し、ディアンは踏みつける足に力を入れ、そしてフランツはなぜか王太子に向かって深く頭を下げた。


「私はもはや名を偽る必要もありません。ですから、貴方様からお借りしたこの呼び名はお返し致します。クラウス――いいえ、クラウオス様も、世界が終焉を迎えようとしている今、お隠れになられる必要はもうおありではないでしょう?」


「なんだ、気付いていたのか」


「ええ、もちろんです。貴方様が神でなければ、一度死んだ私を復活させることなど出来るはずがありません。とは言っても、初めは私自身が神を宿したのかと思っておりましたが……。何度も命を繋いて頂いているうちに、貴方様の記憶が少々流れ込んで参りましたので」


 はっきりと断言するフランツの言葉を聞いて、花は立っていられない程の衝撃を受けた。

 ふらりと傾いだ体をルークがしっかりと抱きとめる。


「……神……さま?」


 確かに目を覆っていた布を取り去った王太子は、花が覚えている通りの神様の姿なのだ。

 しかし――。


「あれはハナの知る神ではない。兄上がお呼びした通りの名を持つ、禍々しい存在なだけだ」


「ルーク……」


 戸惑い混乱する花の思考を読んで、ルークは静かに告げた。

 花は今まで王太子だと思っていた人物――クラウオスの愉快そうに細められた紅く滲む金色の瞳を見つめた。

 わからない事ばかりの中で、わかった事が一つある。


――― そういう事だったんだ……。


 涙に滲む世界を締め出すように、花はかたく目を閉じた。

 その耳に、クラウオスの気だるげな声が聞こえる。


「君達人間は愚かにもずっとユシュタルを唯一神として信じ、崇めてたんだよね? だから僕の存在を知るのはほんの一握りの者達だけ……。僕はね、僕という存在を自覚した瞬間から、同じく存在するユシュタルを憎んだんだよ。――創造と破壊、光と闇。相反するものが、僕達の(さが)だから仕方ないのかな?……にしても、君まで気付いていたとはね。えーっと、なんだっけ? ルカ……まあ、ルカ君でいいか。でさあ、さっきから君ってずいぶん失礼だよね?」


 つらつらと語るクラウオスの口調は軽いものだったが、纏う気は急激に鋭さを帯び、花にもわかる程に圧力を増していく。

 ルークは守るように花に回す腕に力を込めると、淡々と応えた。


「王太子と名乗る人物はエヴァーディオではないとアンジェリーナ殿が気付かれた。それで……リカルドから聞いた姉上の最期のお言葉と考え合わせれば、今までの忌まわしき全ての事が符合する」


「ああ、そうか……。アンジェリーナと言い、クリスタベルと言い、これだから勘の鋭い女は嫌いなんだ。僕の遊びをことごとく邪魔してくれるんだよね。――あの時、アンジェリーナが逃げ出さなければ出来損ないの君達でなく、完璧なサンドルの子が滅びを求めて世界はさっさと終わるはずだったのになあ」


 残念そうにぼやくクラウオスの言葉が、切れそうな程に張り詰めた闇の世界に響く。

 そこに、珍しく険を帯びたザックの声が上がった。


「じゃあ……予言者を狂わせ、王を狂わせたのは? クリスタベル様に呪を施したのは?」


 その問いにフランツがわずかな反応を見せたが、答えたのはやはりクラウオスだった。


「君達の国にはあの忌々しい剣があったからねえ。ヴィシュヌの七宝なんて馬鹿げた捏造品の中であれだけは本物だった。それでサンドルの――僕の血もなかなか浸透しなくて目障りだったからさ。王に関しては僕の力を持ったフランツが直接出向かなければならないほどだったし。でも、クリスタベルへの呪は僕じゃないよ? あの預言者と呼ばれていた魔術師さ。彼女は王の事が好きだったんだよ」


 ようやく知った真相に顔をしかめて黙り込んだザックから、クラウオスはルークへと得意げな顔を向けた。


「嫉妬、不安、恐怖。これらの感情はどんなに人が希望を持とうとも、消し去る事の出来ない闇の部分だからね。そこにちょっと悪意の種を植え付ければ、人はそれをすぐに芽吹かせて大きく育てる。ルカ君のお母さんだってそうさ。君を孕んだ不安、周囲からの妬み、肉親からの期待、それらに耐えられなくなって恐怖の種を大きく育てて狂っちゃった」


「ルーク……」


「大丈夫だ」


 悪意の種は今も毒を含んで蒔かれている。

 だが、ルークは心配する花を見下ろして穏やかに微笑んだ。

 それでも高まる緊張に誰もが身構えていたのだが、相変わらず空気を読めないアポルオンがある事を思い出して口を開いた。


「なあ、ザック。お前、あいつから貰ったあれ、どうしたんだ?」


「へ? あれ?……あ、ああ! そういや、そうだったな。どこにやったっけ? えーっと……」


 アポルオンに問われていつもの調子に戻ったザックは、ぶつぶつと呟きながら懐を探り始めた。

 それを皆が怪訝そうに見つめる。


「……あれ?」


 状況に全くそぐわない態度のアポルオンとザックのお陰で、わずかに弛んだその場の空気にホッとして、花の疑問が思わず口をついて出た。


「そうそう。ハナ様ってば、聞いて下さいよ~。私ね、マジで死にそうになったんすよ。アポルオンも隣に寝転んで動かないしで、あと少しで死ぬな~って時に、ヴィートって奴が通りがかりましてね? んで、治癒魔法を施してくれたお陰で助かったんですよ。すごいですよね? あいつ人間なのに森に馴染みすぎ」


「……」


 ザックからヴィートの名が出た途端、今までとは違った不自然な沈黙が漂い始めた。

 しかし、ザックはお構いなしに続ける。


「どうにか起き上がれる程度には回復して、礼を言おうとしたら、あいつが「甘い匂いがする」ってんで、そういや娼館で貰った糖菓子を巾着に入れっぱなしだったなあって……お、あったあった」


「……」


 結局、懐ではなく、腰に下げたその巾着からザックが取り出したのは、先ほどルークが割った鏡とよく似た鏡。


「ヴィートって、青い鳥が集めてるって言う、幸せの甘い蜜を求めてずっと森で暮らしているくらいに甘いものが好きらしいんすよ。で、糖菓子をあげたら、代わりにこれくれたんすけどね? 何をどう間違えたのか、青い鳥と勘違いして捕まえたって。お菓子な奴ですよね? あ、今のシャレですよ? と言う訳で、今回の勝負は引き分けって事にしてくれたら嬉しいんですけど?」


「……」


 ニカッと笑うザックの手元にある碧い鏡を、誰もが黙って見つめた。――アポルオンだけは盛大に笑っていたが。

 そんなザックとアポルオンの底抜けに明るい笑い声の中に、ぽつりと小さな声が紛れて落ちる。


「あいつか……」


 それは、ルークでもディアンでもなく、苦々しい表情のフランツのものだった。




王太子 → クラウオス(創世神の双生神)

クラウス → フランツ(ルークの兄)

ガーディ → ディオ(サンドル王太子)


が、本当の正体です。ややこしくて、すみません。

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