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130.迫り来る影。


「ジャスティン様、王宮門がやつらによって完全に占拠されました!」


「逃げ遅れた者は?」


「おりません!」


「死傷者は?」


「死者0名、負傷者二十三名。うち重症者七名、軽傷者十六名です。重症者につきましてはいずれも命に別状はなく、現在は治癒魔法にて治療中です!」


「そうですか。ならば王宮門はそのまま捨て置いて構いません。引き続き、非力な者達を王宮から避難させる為に全力を尽くして下さい。わかっているとは思いますが、絶対に自分達の退路も確保しておくのですよ」


 報告に訪れた兵に落ち着いて指示を出したジャスティンは、また別の報告に耳を傾けた。


 ルークはジャスティンや近衛達を信頼して王宮を任せ、花の許へと飛んだ。

 その瞬間、世界に及ぼすルークの力は半減したが、それでも国境へはリコの力を借りて完璧な結界を施している。

 しかし、王宮に張った結界には綻びが生じ、その隙を突いて侵入したドイル達の私兵によって王宮内は怒号が飛び交う厭な喧騒に包まれていた。


「ジャスティン様! サルト伯爵の手勢が執務棟の入り口付近まで迫ってきております!」


「事務官達は?」


「まだ数十名残っているようです!」


「では、事務官達の避難を最優先に。私たちが守るべきは王宮ではありません、人命です。もちろんそれには貴方達も含まれているのですからね? 伯爵達の私兵は普通ではない。まともに相対せず、争いを出来るだけ避けて逃げ遅れた者達を安全な場所へ誘導して下さい。これは陛下からの厳命です。避難を拒む者達にもそう伝えて下さい」


 事務官達は職務に忠実な為になかなか退避命令に従わないのだ。

 だが中には、私兵達が狂ったように叫んでいる「フランツィスクス陛下の御為に!」と旗幟(きし)する言葉に戸惑い動揺している者もいるのだろう。

 ジャスティンも執務棟へと向かいかけたその時、また新たな報告が届いた。


「申し上げます! ハルンベルツ侯爵が宝物庫の鍵を強奪し、私兵らと共にそちらへ向っていると!」


「強奪? 鍵を管理していた者達は?」


 訝しげに眉を寄せたジャスティンに問われた兵は、悔しそうに俯いて答えた。


「ご命令通り抵抗せずに鍵を渡したものの、その後に突如攻撃を受け……。今は近衛兵によって治癒魔法を施されております」


「なんと卑劣な……」


「ジャ、ジャスティン様……」


 思わず吐き出されたジャスティンの声には静かな怒りが滲んでおり、その場の者達は青ざめて息を呑んだ。

 いつもの穏やかな姿からは想像も出来ない程に、ジャスティンの纏う気は刺すように冷たくなっている。


「ジャスティン、その気を引っ込めろ! 兵達が怯えてるじゃねえか!」


 突然割り込んだ剛毅(ごうき)な声にジャスティンは驚いた。


「ガッシュ大将! どうして貴方がここにいるのです? 国境の守りはどうしたのですか!?」


「んなもん、陛下とリカルド王の力が強すぎて俺達の出る幕はねえよ。それに俺の手下は優秀だからな! ここは良いから王宮に行けって言ってくれたんだよ」


「……手下って、どこのゴロツキですか? しかも、それは(てい)良く追い出されただけじゃないですか」


 ガッシュの言い様に呆れたジャスティンの気はいつもの柔らかさを取り戻していた。

 それを見てガッシュは豪快に笑う。


「俺が宝物庫に行くからお前は執務棟へ行け。事務官達もお前の言う事なら素直に聞くだろうよ!」


 提案と言うより命令に近い言葉を残して返事も聞かずに消えたガッシュを見送ったジャスティンは、溜息を吐きながらも心強い味方の登場に感謝した。

 そして目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。


『――宝物でも王宮でも玉座でも、欲するならいくらでもくれてやればいい』


 先ほどのルークは花を心配して焦り苦しんでいたが、それでもどうにか笑みを見せていた。


――― まだ大丈夫だ。きっと、きっとこのまま……。


 目を開けたジャスティンは厳しい顔つきに改めて、その場を見渡した。


「身命を賭すべきは一命のみ。――皆、陛下のお言葉を厳守して下さい」


 剣の柄を握り締め、小さく鳴いて応えたリリアーナと共に、ジャスティンは執務棟へと転移した。

 あの時の、リリアーナの言葉を自身に強く言い聞かせながら。




**********




「ハナ様、ご心配には及びませんよ。あれは宝鏡などと(うた)って人々の信仰を長い年月得ていましたが、実際は人々の心を侵す醜悪な物。壊してしまうのが一番なのですよ」


 鏡の割れた音を耳にして呆気に取られている花へ、ディアンは爽やかな笑みを向けた。


「はあ……」


 もう考える事を諦めた花には気の抜けた返事しか出来なかった。

 そこへ王太子が苦笑しながら口を挟む。


「醜悪だなんて酷いなあ。あれは人々の願いを叶える素敵な物じゃないか。願えば願う程に、祈れば祈る程に夢や希望、愛情といった心を代償とするだけで」


「――そして『神の御力』などと言った馬鹿げた願いには、その命までも削ると?」


 冷徹な声でルークに問われた王太子は、皮肉気に唇を歪めて更に笑う。


「君達人間はいったい神に何を期待しているの? 無償の愛? 崇高なる奉仕? 馬鹿馬鹿しい。神に縋れば何でも叶うと思うのは傲慢だよ。何事においても対価は必要だろ?……ああ、ひょっとして、それでもまだ希望を持ってた? それでディアン君は本物の神鏡を求めて、忠実なる下僕を森へと遣わしたのかな? 魔族達の崇める鏡の事を聞いて。だけどその結果は非常に残念な事になったね。あの魔族の坊やにしろ、セルショナードの騎士にしろ、無駄死にしてしまったんだから」


「え……?」


 今しがたの王太子の言葉が花には信じられなかった。

 聞き間違いではないのだろうかと、動揺する花を安心させるようにルークはその耳元で穏やかに囁く。


「大丈夫だ」


 その柔らかな声音に花の心は落ち着きを取り戻す。

 しかし、当のディアンはと言えば、酷く嫌そうな顔をしていた。


「残念な結果には違いありませんが……。どこがどう忠実な下僕なのか知りたいですね。あれほどに私の気持ちは伝えていたのに生きて戻って来るなどと、嫌がらせにしか思えません」


「え……?」


 今度はディアンの言葉が花にはよくわからなかった。

 どういう意味かと、訊き返そうとした花の後ろでルークは盛大に溜息を吐く。

 そして、遠くから聞こえる唸るような地鳴り。

 徐々に近づいて来るそれは、無数の足音であり、獣の雄叫びであった。


「ル、ルーク……」


 思わぬ気配に怯えてルークの腕にしがみついた花を、ルークは抱き上げた。


「大丈夫だ」


 ルークに優しく微笑みかけられただけで花の不安はすぐに消えたのだが、それにしてもと耳をよく澄ませば、聞こえる雄叫びは――。


「……モォ~?」


 不思議そうに呟いた花は、今度は目をよく凝らして近付いて来る無数の影を見つめた。

 それは中型犬ほどの大きさの真っ黒な獣の群れ。


「……牛?……黒毛和牛???」


 再び呟いた花は、もう一度しっかりと目を凝らしてその黒いモコモコの姿をはっきりと視界に捕らえ……。


「――って、ひつじー!?」


 驚き、と言うより突っ込みの声を上げた。


「ああ、アホ羊だな」


 諦めた様子で頷くルークの足下を黒い羊たちは「モォ~!」と鳴きながら走り去る。

 王太子やフランツ、そしてディアンの足下にも同様に、群れは駆け抜けて行く。


「で、でも……羊は『メェ~』って鳴きますよね?」


「いや、それは牛だろう?」


「えぇぇ……」


 モコモコ羊を呆然と見下ろしながら、花が口にした問いはルークにあっさりと否定されてしまった。――どころか、衝撃の事実を聞いて、花は久しぶりにここが異世界である事を深く実感した。

 先程までの緊迫した状況が嘘みたいに気の抜けたその場に、更に呑気な声が聞こえる。


「進め~! ほら、アポルオン号! もっと早く走らないと、お前の使い魔達は行っちゃったじゃねえか。使い魔に後れを取るなんてカッコわるー!」


「うるさい! あれは道を通す為に喚び出したんだから先に行っていいんだよ! 文句言うなら俺の背中から下りて自分で走れ! お前が重いんだよ!」


「……ああ、もう無理。俺はもう死ぬ。お前の仲間にやられた傷が疼いて仕方ねえ。魔族サイテー。俺とお前を差別しすぎだろ? 俺は瀕死の重傷、お前はかすり傷じゃねえかよぉ」


「誰がかすり傷だ!? 俺だって十分に酷い傷を負っただろうが! 人間のお前が森で助かっただけでも有難いと思え! そして俺様に感謝しろ!!」


「だから俺様って言うなよ! 俺の俺様に失礼だろ!?」


「………」


 使い魔だったらしい羊たちが消え去った後に、ぼてぼてと歩いて現れたアポルオンとその背に負われたザックを見て、誰もが言葉を失っていた。

 その中でディアンだけが、未だかつてないドス黒い笑みを浮かべていたのだった。




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