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126.幸せになる方法。



「テレンス伯爵は控えめで非常に誠実な方だった。恐らく皇太子殿下の暴虐を諌めようとしたのではないか?」

「それで殿下の勘気を被ったのだろう」

「殿下はなんと惨い仕打ちを……」


「近衛達がフランツィスクス殿下に殉じたなどと、(まこと)なのだろうか?」

「皇太子殿下はご自身に忠誠を誓わない近衛達にご立腹なされたのでは?」

「それにしても、あれ程の力を持った近衛達を……」

「ああ、なんと恐ろしい……」


「そもそも、フランツィスクス殿下は本当にご自尽なされたのか?」

「殿下のご遺体は早々に神官達によって埋葬されたらしいが……?」

「ふん! 何が皇太子だ。ただの簒奪者(さんだつしゃ)ではないか! 殿下は立太子の儀もしていなければ、若草の太刀さえ佩刀していないのだぞ?」

「どうか落ち着いて! 滅多な事を言うものではありません!」

「そうですよ。もし殿下のお耳に入るような事になれば……」

「殿下はいったいどれ程の御力を有しておられるのか……。あの不気味な瞳。あの禍々しく光る金の瞳で睨まれると、もう恐ろしくて……」


 王宮内のそこかしこで囁かれる悪しき噂。

 それは更に悪意に満ちたものとなって国中へ、世界中へと広がっていく。

 やがて冷酷非道の皇太子を誰もが忌み、その側に近付く事を恐れたのだった。




**********




 窓から射し込む斜陽が朱色に染め上げる部屋の中で、ジャスティンは執務机の整理をしていた。


「――少し手狭じゃありませんか?」


 突然聞こえた声にもジャスティンは驚く事なく、柔和な笑みを浮かべて顔を上げた。


「殿下の侍従として仕えるには、ここが一番都合がいいですからね」


 手にしていた書類の束を一旦机に置くと、声の主――ディアンへと歩み寄った。

 ディアンは簡単に室内を眺めてから窓の外へ視線を移している。

 遠くに見えるなだらかな山の稜線が沈む太陽に照らされて暗い陰となり、黄金色に輝く街を飲み込もうとしているかのようだった。


「世界はこんなにも美しいのに、()した臭いに満ちている」


 呟いたディアンの顔には、見間違えようのない強い憎悪が浮かんでいる。


「――ディアン、あなたの怒りはよくわかります。しかし、どうか……殿下の為に抑えて下さい」


「庇う価値のある命だったのですか? なぜあれ程にルークが苦しまなければならないのです? ルークは全ての罪と責を一人で負おうとしています。当人は己の弱さから逃げる為に死という楽な道を選び、それさえもルークに押し付けようとしたのに!」


 ディアンの怒りは激しかった。

 その身の内にずっと抑え隠していた狂気が猛り、暴れ出しそうになる程に。


「それでも最後には、フランツ殿下はご自尽なされた。それを貴方達は見届けたのでしょう?」


「……私はルークの命令がなければ、この手で止めを刺したかったのですがね」


 実際、本気でそう思っていた。

 しかし、ディアンとレナードが南神殿に着いた時には、すでにフランツは自らその命を絶っていたのだ。

 神殿の奥殿に安置されていた遺体の胸には、折れた若草の太刀が握られていた。

 フランツは太刀を叩き折り、その折れた刃で胸を突いたのだと。

 その気高く潔い最期を知って尚、ディアンにはフランツが許せなかった。

 だがそこで、自分達以外にフランツを追っていた者達――テレンス伯爵の手の者達の存在を知り、急ぎ王宮へと引き返した。

 あの時、形にならずに消えた厭な予感に激しく胸が騒いだのだ。


「私は……フランツ殿下への怒りで目が眩み、愚かにもルークの決意に気付きませんでした」


 自分の判断の甘さが招いた結果に、ディアンは顔をこわばらせた。

 その背をジャスティンが慰めるように軽く叩く。


「……今度の事では皆が傷付き、怒り、悲しんでいます。だからこそ、強くならなければ。この先に訪れる苦難の時――その時こそ殿下を支えられるように」


 強く言い切ったジャスティンは、気を落ち着ける為に深く息を吐くと、柔らかな口調に変えた。


「それで、レナードは相変わらず?」


「……ええ、まだ怒っていますよ。未だにルークの――殿下のお側から離れようとしません。そろそろ殿下が音を上げるんじゃないでしょうかね?」


 ルークの力の暴走、仲間であった近衛の謀叛に何も出来なかったレナードは激しい自己嫌悪に陥った。

 そして驚くべき事に、すっかり心を閉ざしてしまったルークに向かって怒鳴りつけたのだ。


 ――お前がどんなに残虐非道の行いをしようと狂おうと、俺はお前を許すんだよ! お前を守るんだよ! だからお前が俺を守ろうとするな! それがわかるまでお前の側から離れないからな!! バーカ!!


 と、八つ当たり全開で。


「あれ程に情熱的で、子供じみた啖呵は初めて聞きましたよ」


 その時の事を思い出して楽しそうに笑うディアンに、ジャスティンは安堵して微笑むと、懐から何かを取り出した。

 ディアンへと差し出されたそれは、黒い艶やかなペン。


「ジャスティン、これは……」


 驚くディアンにジャスティンは頷いた。


「ええ、以前あの方から頂いた物です。このペンは特別な物ですし、ずっと大切にしてきたのですが、やはり道具は使ってこそですから。あなたの方が上手く扱えるでしょう?」


 ディアンは一瞬のためらいを見せたが、ジャスティンの言外に含む意味を察して、素直に受け取った。


「――ありがとうございます」


 意志の強い眼差しをジャスティンへと向けて礼を言うと、ペンをそっと胸元へと仕舞い、そのまま胸に手を当てて深く頭を下げる。


「ありがとうございます。――大切にします」


 そしてもう一度、ディアンは誓いの言葉を口にするように、強く感謝の意を表したのだった。




**********




「――戻ったのか?」


 各国に送り込んでいる間諜から届いた報告を受けていたルークは、ディアンの胸元にあるペンに気付いて問いかけた。


「ええ、森に落ちていたらしく、ガーディがわざわざ拾い届けてくれたのですよ」


 答えたディアンは、顔をしかめたルークに向けて爽やかに微笑んだ。


「陛下、ご心配には及びません。アホはアホでしかないのですから」


「……そうか」


 ルークはそれ以上は何も言わずに再び執務に戻った。

 ここの所、昼間は軍議などに追われて通常の業務が後回しになり、今日もかなり遅い時間になっている。

 そしてようやく細かい雑務まで終わらせ、ルークが青鹿の間に飛ぶと、やはり花は起きて待っていた。


「ハナ」


 長椅子で本を読んでいた花はルークに声をかけられてビクリと肩を揺らした。

 そして慌ててクッションの下に本を隠すと、顔を赤くしながら微笑んだ。


「こ、こんばんは、ルーク」


「……」


 怪しい花の言動を気にする事はやめて、ルークは立ち上がった花に近付き抱き寄せた。

 しかし、顔だけでなく、見上げる花の目が赤い事に気付いて眉を寄せる。


「ハナ、目が赤い……泣いていたのか?」


「え?」


 心配して発した言葉にうろたえる花を見て、更にルークは眉を寄せた。

 そこで花が今日、シェラサナードと面会した事を思い出す。


「まさか、姉上に何か言われたのか?」


「ええ!? ち、違います!! シェラサナード様はもうもう! 鼻血ものの素敵な小姑さんでした!! これは……さっきすごく大きなあくびをしたからです!!」


「……そうか」


「そうです」


 どうにか納得してくれたらしいルークに、ホッとした花はぎゅっと抱きついた。

 今日、シェラサナードに聞いたルークの過去は、花の想像以上に辛く、悲しいものだった。

 幼い時の誓いも忘れてたくさん泣いた花の目は赤く腫れ、みんなに心配をかけないようにとシェラサナードに治癒してもらったものの、気がつくと涙が溢れてくるのだ。

 それでも潤んだ瞳でルークを改めて見上げた花は、再び頬を染めて微笑んだ。


「――すごく綺麗です」


「……何が?」


「ルークの瞳です。いつも太陽のように輝いていて、月のように優しくて……大好きです!」


 花は勢いよく答えると恥ずかしそうに顔を伏せて、もう一度ぎゅっと抱きついた。

 この先のルークにはたくさん幸せになって欲しくて、まずは花の幸せの気持ちをたくさん伝えようと思ったのだ。


「ハナ……」


 そんな花に、その言葉に、息苦しい程にルークの胸は詰まり、募る想いを上手く言葉にする事が出来なかった。

 ただ少しでもこの切ない想いを和らげて欲しくて、ルークは花の柔らかな頬に手を添えて上を向かせる。

 そして――。


「あ! そうだ。ルーク、長椅子に座りましょう!」


「……」


 何かを思い付いたらしい花の明るい声が上がった。

 花はルークの腕から逃れてすぐ後ろの長椅子に座ると、ぽんぽんと隣を叩く。


「ルークもここに座って下さい」


「……」


 何も言わずに黙って従い隣に座ったルークを見て花は首を傾げた。


「……ダメですね。ルーク、もう少し向こうに座って貰っていいですか?」


 そう言いながら、花は反対側に腰をずらしている。


「……」


 そして、やはり何も言わずに従ったルークを見て花は嬉しそうに笑うと、今度は自分の膝を叩いた。


「ルーク、ここに頭をのせて下さい」


「ハナ、それは……」


「膝枕です」


「……だな」


 困惑するルークに構わず、花はまだ膝を叩いている。


「どうぞ?」


「……」


 どこか諦めた様子で膝に頭をのせたルークを、花はとても楽しそうに見下ろした。

 喜ぶ花を見るのはルークにとって嬉しいのだが、長椅子では少し狭苦しい。

 それに……。


「……腹の音がよく聞こえる」


「ええ!?」


 ルークの呟きに花は驚き顔を赤くした。


「き、ききょ、今日はご飯がすごく美味しくて食べすぎてしまったから……。お腹の音とは盲点でした。お騒がせして、すみません」


「いや……」


 余計な事を言ってしまった為に落ち込んだ花を見て、ルークは急ぎ話題を変えた。


「それで、この後はどうするんだ?」


「え? この後?……この後……」


「……」


 どうやら花にとっては思いも寄らなかった質問らしい。

 ぶつぶつ呟きながら花はごそごそと手探りして先ほど隠した本を取り出した。


「ちょっと待ってて下さいね?」


 そして真剣な顔でルークに声をかけ、本を開いて読み始める。

 だが、ルークは真上に広がった表紙を目にして言葉を失った。


「……」


 それは、『 彼を癒す七つの方法 ~これで彼も毎晩元気!~ 』と大きく銘打たれた本。

 もはや何をどこから突っ込めばいいのかルークにはわからなかったが、一つだけ確認しておく事にした。


「……ハナ」


「はい」


「その本はどうしたんだ?」


「アンジェリーナ様に勧めて頂いたんです」


「……そうか」


 どこか脱力した様子で応えたルークは、花が読み終わるまでお腹の音を聞きながら、おとなしく待つ事にした。

 アンジェリーナとは一度きっちり話をつけた方がいいなと思いながら。




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