13.時間管理は正確に。
「陛下のお越しです」
ジョシュの声に、花は立ち上がってルークを迎えた。カイルと入って来たルークはジョシュに声をかける。
「ジョシュと言ったか……ここはもうよいので下がれ。ご苦労だった」
その言葉にジョシュは深々と頭を下げ、花に向き直る。
「ハナ様、失礼致します」
するとカイルも続けて挨拶をする。
「ハナ様、私もこれで失礼致します」
ハナは二人に微笑んで応えた。
「ジョシュ、カイル、今日はありがとう。またよろしくお願いします」
その言葉に二人はもう一度頭を下げ、出て行った。
花の貴婦人ぶりもなかなか様になってきた。「お母様のように、お母様のように……」と呪文のように唱えながら応対しているのだ。
ルークは先程のカッチリした服装とは違い、少しゆったりとした物を纏っていた。
食事が用意されたテーブルに勧めながら、花はルークをコッソリ観察する。
――― くそー。美形は何着ても似合うな。かっこいいぞ、コノヤロー!! それに比べて私は……。
花は小さく息を吐いて、夕刻の事を思い出した。
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花はセレナに紙とペンを用意してもらい書き物をしていた。ペンはインク式のものだが、慣れてしまえば大したことではない。
頭の中の『生まれた事を後悔させてやるリスト』が、今回一杯になった為、新たに『生まれた事を後悔させてやるリスト~ユシュタール版』を手書きで作成することにしたのだ。
書き出すのは、もちろん日本語で。
花は人の顔を覚えるのは得意である。ただ、名前を覚えるのは苦手であった。
その為、リストには『チビのチョビ髭侯爵』『金髪のハンプティ・ダンプティ大臣』など、花なりの名前が記されていく。
そうこうしているうちに夕の刻になり、セレナに「ハナ様、そろそろご準備を」と声をかけられた。
ちなみに、ユシュタールでは一日の時間は、地球と同じ二十四時間であるようだ。それは、花が腕時計をしていた為わかった事だが、少し違うのは時間区分が大雑把なことだ。
基本一日は、四時~十時を『朝の刻』、十時~十六時を『昼の刻』、十六時~二十二時を『夕の刻』、二十二時~四時を『夜の刻』と言い、四つに区分されるらしい。
ただこれは、一刻に六時間もあるので、さすがにもう少し細かい区分がある。それが『歩』と言い、『一歩』が二時間、更に細かい区分は『分』と言って、地球と同じようだが、『一分』が三十分になる。それ以下の細かい区分はない。
なので、地球時間で言う『十九時三十五分四十秒』をユシュタールで表現すると、『夕の刻』であり、細かく言うと『夕の刻、二歩、四分』と言う。
時間の待ち合わせをすると三十分も幅がある為、時間管理に厳しい日本人である花はさぞイライラすることだろう。
「そろそろご準備を」と言われて、思わず花は「いえ、私お料理は苦手で……」と呟いたが、準備するのは食事の事ではなく、花の事であった。
湯浴みをして、その後、香油で全身をマッサージされ、ドレスを着せられ、化粧をされ、髪を結われる。
正直なところ、裸を見られるのは恥ずかしいが、エステだと思えば開き直れて気持ちがいい。
ただ、なんというか……これって……。
「デザートは、わ・た・し♪」という、言葉がグルグルと頭の中を廻る。
――― いやいやいや、ありえないから!!
そう心で叫ぶのだが、セレナとエレーンは夜着の準備もしている。
「こちらの方が、ハナ様の白い肌に映えていいわよ」
「いえ、それよりもこちらの方が、可愛らしくてゆったりとして……それに、簡単に脱がされるようになってるんだから」
「それもそうね……」
とか、なんとか。
――― いや、脱ぎませんから!! 簡単でも脱ぎませんから!!
やはり心の中で叫ぶのだった。
そうこうしているうちに準備ができ、鏡の前に立ったのだが、なんというか……まあ、うん。『かわいらしい』と言う言葉が無難だろう。
十人並みは、十人並みなりに頑張った!!
例え、側で跪いて見上げている侍女服姿のセレナとエレーンの方が綺麗でも。
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「今宵のそなたも美しいな」
と、ルークに褒められたが、なぜだろう、無性に腹が立つ。
しかし、セレナとエレーンはその言葉に満足そうに頬を染めて頷いているし、このまま芝居を続けるしかない。
「ありがとうございます」
答えて席に着く。
そうして食事は始まった。
「王宮めぐりは楽しかったか?」
ニヤリとルークが笑う。恐らく、ジャスティンから報告がいっているのだろう。
「ええ、とても興味深くて……でも、とても大きくて、まるで迷路に迷い込んだようで、少し恐ろしく感じました」
貴族達の事を揶揄して言うが、それを聞いてルークはまたニヤリと笑う。
セレナとエレーンが控えている為に無難な会話が進んだが、あらかた食事が出そろった所で、ルークが二人に下がるように申しつけた。
二人が下がったのを見届けて、ルークは花に向き直る。
「さて、ではハナと、ハナのいた世界について知りたい」
それから、花は色々な質問をされた。
家族構成や花の社会的地位(これは、花の立ち居振る舞いからの疑問らしい)、地球の文明等々……。話せる事は正直に話したが、地球の文明については、恐らく説明を求められても上手く答えられる自信がなかったので、少し歪曲して説明した。
「文明は……ユシュタールとそう変わりはありません。ただ、決定的に違うのは魔法がない事です。私たちの世界では、魔法はおとぎ話の中にしかありません」
「魔法がない?……ではどのように生活しているんだ?」
「労働です。例えば、服が汚れれば、手を使って洗い、部屋が散らかれば、自分で動いて片付ける。そう言うことです」
「なるほどな……ここでの、魔力がほとんどない者達と似たような生活と言うことか」
そう呟いてルークは納得する。それに、花は質問した。
「人それぞれの魔力の差って、大きいんですか?」
「ああ、ほとんどない者達の方が多いな。魔法を使えても、せいぜいあの浄化魔法レベルだ。ある程度、魔力の強い者たちは役人や兵になる。それから、特に強い者たちは必然と王宮に仕えることになる」
「では、ここにいる人たちは皆、魔力の強い人たちって事ですか?」
「そうなるな」
――― ガーン! 益々、役立たず感がする……楽器もないし、本当に役立たずだ。この先どうしよう……。
黙り込む花にルークが声をかける。
「まあ、そう落ち込むな。そなたの事は私が必ず守ってやる」
「……」
――― キュンときた!! 今、すっごいキュンときた!!
ヤバいヤバい、このまま、この意地悪な皇帝陛下を好きになったら絶対、苦労する。気をつけよう。
そう固く心に誓った花は、ニッコリ微笑んで答えた。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。確かに力で襲われたら敵いませんので、その場合はルークや、ジョシュ、カイルなどの護衛の方に助けて頂かないといけませんが、それ以外なら上手く対処してみせます」
――― そして、生まれた事を後悔させてやる。
花は気付いていなかった。そう言った花が、ルークと変わらないくらいの意地悪な微笑みになっていることに。
それを見て、ルークはまたニヤリとする。
「それは頼もしいな。思う存分やってくれてかまわない。ところで……そろそろ、やめないか?」
「え? 何をですか?」
いきなり話が変わり、花はキョトンとして聞いた。
「その敬語だ。二人の時やレナードと三人の時は敬語をやめてくれ。俺もやめる」
ルークのその言葉に花は驚いた。上手く言えないが、なんだか懐に入れてもらえた気がした。
「――わかりました。というか、普段から割とこの喋り方なんですけど……頑張ります」
「頑張ることなのか?」
そう言って笑ったルークの顔は本当に楽しそうに見える。
――― ヤバい!! だからダメだって、私!! もう……気をつけなはれや!!
自分をなんとか叱咤した花だった。