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120.再会と別れ。


「やあ、アンジェリーナ。久しぶりだね? それに君の纏う気は変わらず美しいな」


 ノックの後、不機嫌そうに入って来たアンジェリーナを見た王太子は、ソファでくつろいだまま声をかけた。


「ええ、お久しぶり。貴方も変わらないわね? でも……不思議だわ。貴方は転移も出来ない程に魔力は衰えているはずなのに、なぜ姿は衰えないのかしら?」


「……鋭いね。まあ、神の思し召しとでも言うのかな?」


 言いながら手ぶりで王太子は向かいのソファを勧める。

 素直にそのソファへと腰を下ろしたアンジェリーナは、綺麗な顔に侮蔑の色を浮かべて王太子を睨み付けた。


「神ね……よく言うわ。それならいっその事、その無様な布切れを取って民に本当の姿を見せたらどう?」


「それは駄目だよ。神の御子はその手に在る力の強さ故に、儚くなければならないんだから」


「神の御子だなんて……。貴方達はそんな世迷言で民を騙し、自ら国を滅ぼそうとしているんじゃない」


「アンジー、それは神への冒涜だよ」


 アンジェリーナを愛称で呼ぶ王太子の、窘めるような穏やかな口調の中に冷たい響きを感じ取ったアンジェリーナは唇を噛みしめた。

 だが、気持ちを落ち着けるように一度大きく息を吐くと、再び口を開いた。


「ディアンと話したそうね?」


「そりゃ、話ぐらいするさ。僕はサンドルの王太子で彼はこの国の宰相なんだから」


「……これ以上、あの子達にかまわないでちょうだい」


「それは無理と言うものだよ、アンジー。彼らは立派なサンドルの後継者なんだ。しかも彼はあれほどの完璧な血をもって生まれてきたんだから。これで君の裏切りの罪も消えるのかな? だけど完璧すぎるのも困ったものだよ……。まさかレナード君のような子まで生まれるとはね」


「失礼な事を言わないでちょうだい。レナードは素晴らしい子だわ。そしてディアンにとってかけがえのない存在なのよ。貴方とティノとは違ってね」


 アンジェリーナの怒りを滲ませた言葉を聞いて、王太子は楽しそうに唇を歪めた。


「ああ、君は兄上を嫌っていたよね? だから婚約していながら、別の男――ユース侯爵の許に逃げ込んだわけだ」


 鋭く棘のある王太子の揶揄に、アンジェリーナは膝の上に置いた両手を強く握り締めた。


 アンジェリーナは生まれた時から、現王太子の双子の兄であるセレスティーノ・サンドル――ティノの正妃となる事を定められていた。

 しかし、公務で王国に訪れたユース侯爵と出会った瞬間恋に落ち、アンジェリーナは大胆にも行動に移したのだ。

 それは当時、世界中を騒がせた一大醜聞となった。

 このままマグノリア帝国とサンドル王国の戦に発展するのではないかと懸念する者も多くいたのだが、結局はサンドル王家が渋々ながら引き下がり、事態は沈静化した。

 神の血を重んじるサンドル王家にとって、同じく神の血を受け継ぐユース侯爵は尊重すべき相手であったからだ。


「……確かに私はティノが嫌いだったわ。だけど貴方の事はもっと嫌いだった。それで逃げたのよ、貴方の妃となるのが嫌で!」


 アンジェリーナに痛烈な言葉を投げかけられた王太子は一瞬唇を引き締めたが、再び口を開いた時には穏やかな笑みを浮かべていた。


「なぜ僕の妃になると? 君が婚約していたのは兄上じゃないか」


「貴方がティノをその手にかける事はわかっていたもの。そうなれば私はそのまま貴方の妃となる。そんな忌まわしい事を受け入れられる訳ないじゃない。そして貴方はやっぱりティノを殺めたわ」


「何をバカな事を。兄上はマリサク王国との戦で死んだんだよ。――運悪くね」


「あの戦は貴方が――貴方達が引き起こしたものだわ。そして『運悪く』ティノは亡くなって、貴方は神の御子として崇められるようになった。これはもうサンドルの呪われた伝統と言うべきものね」


「……アンジー、じゃあ君の言う事が正しいとして、君はそれをわかっていながらユース侯爵の庇護の下で高みの見物をしていた訳だ。ずいぶんご立派だね?」


 その言葉にアンジェリーナは青ざめ、僅かに震えながらも毅然として続けた。


「私は……あの人を心から愛していたわ。彼も私の事を愛してくれた。だからこそ、あの子達は生まれたのよ」


「愛ねぇ……。弱い者ほどすぐにその言葉を口にするけれど、それで全てが免罪されるとでも?」


 王太子はそう問いかけると、突然身を乗り出してアンジェリーナへ詰め寄った。


「アンジェリーナ、君は少々勘が鋭すぎたね。だけど君が自身の宿命から逃げ出したばかりに、この世界が辿るべき運命に歪みが生じてしまった。その代償を払うのは君ではなく、君の息子達……そして、お優しい皇帝陛下なんだよ」


 目の前に迫った王太子を見て、アンジェリーナは何かに気付いたようにハッと息を呑んだ。

 その美しい顔はすっかり色を失くしている。


「……ディオ、貴方は――」


「それ以上、母に近付くなよ」


 必死で言葉を絞り出そうとするアンジェリーナの震える声は途切れ、レナードの冷たい声が割り込んだ。


「……どうやら、この王宮ではノックもなしに突然部屋に押し入るのが常識らしい」


 アンジェリーナのすぐ後ろに現れたレナードへ、王太子はゆっくりと顔を向けて呆れたように呟くと、再びソファに身を預けた。

 レナードは今しがたの厳しかった表情が嘘のように、爽やかな笑顔で謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありません。久しぶりに母に会えると知って、礼儀も忘れて飛んできてしまいました。母が恋しい年頃ですので」


 明るいレナードの笑顔に部屋の空気が途端に和らぐ。

 顔色の戻ったアンジェリーナは、背後に立つレナードへとその美しい顔を向けた。


「……レオナルド、それはちょっと気持ち悪いわ」


「ええ!? そこは母親として受け止めてくれてもいいでしょう!?」


 眉間にしわを寄せるアンジェリーナに、レナードは強く反論した。

 そこから始まった賑やかなやり取りを聞きながら、王太子は皮肉気に唇を歪める。


「……久しぶりの再会なら、親子水入らずで楽しみなよ」


 王太子の嫌味が込められた言葉を、レナードは素直に受け止めて朗らかに笑った。


「殿下、ありがとうございます。さあ母上、行きましょう」


「ええ、そうね。……では、ディオ……さようなら」


 レナードの手を借りて立ち上がったアンジェリーナは、くつろいだままの王太子を見下ろして別れの言葉を口にした。


「――さようなら、アンジェリーナ」


 立ち去るアンジェリーナの背に王太子は別れを告げ、アンジェリーナの為に扉を開けたレナードへと声を掛けた。


「ところで、君達はいつまで仲良しごっこを続けるつもりだい?」


「……」


「レナード……」


 心配そうにするアンジェリーナを一旦外で待機する近衛に預けると、レナードは扉を閉めて王太子へと向き直って答えた。


「飽きるまでだよ」


「へえ? じゃあ、僕も同じ血族のよしみで仲間に入れて欲しいな」


 王太子の弾んだ声に応えるように、レナードは爽やかに微笑んだ。


「勘違いするなよ。俺が許すのはルークとディアンだけだ」


 その優しい笑みとは逆に、レナードは冷然とした言葉を王太子へと投げかけて出て行った。


「――みんな冷たいな……」


 独り呟いた王太子へ、ガーディが闇から滲み出るように姿を現して問いかける。


「後悔なさっているのですか?」


「いいや、全く。反則技は僕の常套手段だからね」


「……」


 楽しげな声で王太子がきっぱりと否定するのと同時に、近衛の二人が室内へと戻る。

 いつの間にかガーディは再び姿を消しており、部屋には王太子と近衛の三人だけが残されたのだった。




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