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117.信じる者は救われる。


「う、嘘だろ……俺の俺様が負けるなんて……魔族恐るべし……」


 先程、アポルオンの裸踊りを見たザックは、なぜか打ちのめされたように四つん這いになって嘆いていた。


「いや、待てよ……。ひょっとして「こんにちは」って時には意外と……? ああ、そうだ。そうに違いない! 俺はそう信じる!」


「なあ、何さっきからブツブツ言ってんだ? そんな所で地面に向かって挨拶なんてしてないで、早く進もうぜ?」


 服を着たアポルオンの焦れたような言葉に、ザックはようやく体を起こして立ち上がった。


「ああ、悪かったな。にしても進むったって、どこに? やっぱ最初に『虚無』に飲み込まれた森の『果て』にでも行くのか?」


 『虚無』が突如として暴走を始めた時、わずかにその地を飲み込まれてしまった森はサンドル王国にある。

 その為にディアンは自分へと魔ペンを託したのだろうとザックは思っていたのだが……。


「ん? それは無理だぞ。森の『果て』なんて俺達魔族でも行った事ないからな。ていうか、どうやっても行けないもんなんだよ。まっ、面倒だから爺ちゃん達に訊く」


「そうなのか? で、爺ちゃん達ってのは?」


「長老の爺ちゃん達の事だ。たぶん何か知ってるだろ」


「どこにいるんだ?」


「『心央』だ」


「『心央』? それって遠いのか?」


「いいや、転移すりゃすぐだよ。んじゃ、お前は俺について来いよな!」


 淡々と続いた問答の後に無邪気に笑って転移しかけたアポルオンを、ザックは急いで引き止めた。


「ちょちょ、ちょっと待ったー!!」


「なんだ?」


「気付けよ、俺の魔力に。今ほとんどねえだろ? 森に入ってからさっぱりだ。こんな状態で転移なんて出来ねえよ」


 掟を破って森から出た魔物達がその力を欠くように、人間もまた森では力を欠く。

 その上、森では殺生も禁じられている為に、『不可侵の森』の最奥へと人間が辿り着き『至極の宝』を手にする事は非常に難しいのだ。


「あ、ホントだな。でも『心央』へは転移じゃなきゃ行けないぞ? 歩いてはどうやっても無理なんだよ。転移でならどこからでも行けるんだけどなあ」


「……それって、あの陰険宰相は知ってたのか?」


「ああ、もちろん。この前、訊かれた時にちゃんと答えたぞ。ようやく俺に興味もってくれたんだな~。それでディアン様に「たまにはアホも役に立つものですね」って言って貰えたんだよ」


「マジで、ついでだったのかよ……」


 目を細めて幸せそうに語るアポルオンの言葉を聞いたザックは、小さく呟いてがっくりと肩を落とした。

 そんなザックとは逆に、アポルオンは大きく胸を張る。


「しょうがねえなあ、ここまで俺様を連れて来てくれた礼に、今度は俺様が連れて行ってやるよ!」


「俺様って言うなよ、俺の心の傷が開くだろうが……。にしても、連れて行ってやるってあれか? 二人同時に転移するって事か?」


「ああ」


「まさかお前も出来るとは思わなかったが、さすが魔族だな……」


「ああ、森でならな。見てわかんないか? この俺様の満ち溢れる魔力が!!」


「……それはどうでもいいが……。あれだよな、同時にってことは皇帝がハナ様をこう、抱いて……」


 思い出すようにお姫様抱っこの仕草をしたザックの言葉は途中で止まった。


「なんだよ?」


 訝しげにするアポルオンにザックは嫌そうな視線を向ける。


「俺……されるより、する方が……」


「何が?」


「俺がお前を抱く方がいい!」


「何言ってんだよ!? 触れてれば別にそこまで密着しなくてもいいんだよ!!」


「あ、なんだ。そうなのか?」


「当たり前だ!!」


 かなりホッとした様子のザックに、アポルオンはふてくされて答えた。

 しかしその後、しばしの沈黙が落ちる。


「なあ……」


「なんだよ?」


「触れるって、手でも繋ぐのか?」


「それがどうかしたのか?」


「……」


「んだよ?」


「いや……改めて男と手を繋ぐってのもなんかな……」


「お前さっきから何考えてんだよ!! じゃあ、小指同士ででも繋ぐのか!?」


「いやいやいや、そっちの方がかなり怪しいだろ……」


 素直に腕を掴むなりなんなりすればいいのだが、なぜか変に考え過ぎて先へと進めない二人だった。


「――やっぱ、手を繋ぐか……」


「お、おう……」


「……」


 どうにも気まずい空気が二人の間に流れていたところへ、第三者の呆れた声が割り込んだ。


「お前ら何をさっきから付き合い初めの恋人同士みたいな会話してんだ? 気持ち悪いぞ」


 声の主は銀色の瞳を持った魔族の若者。


「お? おお、ロタンか。久しぶりだな!」


 呑気に再会の挨拶をするアポルオンに、悲鳴染みた甲高い声が突き刺さる。


「やだ! あんたにそんな趣味があったなんて!! メレフィス様はご無事なんでしょうね!? 何か仕掛けてたなら許さないんだからね!!」


 猫のような尻尾の毛を逆立ててアポルオンを睨み付ける魔族の娘を見たザックは、その瞳を輝かせた。


「うおー! 見つけた! 俺の運命の相手!! そっかー、俺の相手は魔族のお姉さんだったのか! お姉さん、お名前は何て言うんですか?」


「ア、アイニーだけど……」


 ザックの勢いに押されたようにアイニーは尻尾をびくりと揺らして素直に答え、その様子を見たロタンの気が途端に激しい怒りに染まった。


「テメー! 人間の分際でアイニーに話しかけんじゃねえ! 見るんじゃねえ!! って、無視すんじゃねえ!!」


 圧倒的な力の差を前にしてもザックは意に介した様子もなくアイニーに続けて話しかけ、またアイニーも初めて人間と接したからなのか、上手く対処できずに問われるまま答えている。


「で、アイニ―さんは恋人とかいるんすか?」


「今はいないけど……」


「マジで!? 俺も今いないんですよ~。これはもう運命っすよね!?」


「え? えええ……」


 その様子を見ていたアポルオンが不思議そうに首を傾げた。


「あれ? お前……姫さんの侍女にも同じこと言ってなかったか?」


「ああ、彼女も間違いじゃなかったさ。ただ、彼女には別に運命の相手がいたってだけだよ!」


「……バカだろ、お前」


 アポルオンに呆れた様子で返されたザックは、かなりの衝撃を受けたように呆然として呟いた。


「うわ……アホにバカって言われたよ……」


「誰がアホだよ!?」


「お前だろ」


 ザックの言葉に怒りを見せたアポルオンだったが、その場の者達全員に肯定されたのだった。

 いつの間にかザックとアポルオンの周囲にはロタンとアイニーだけでなく、多くの魔族達が集まっている。


「お? みんな久しぶりだな!! 何百年ぶりだっけな!? えっと……うん、まあ、久しぶりだな!!」


「……」


 先程のやり取りをすでに忘れた様子のアポルオンに誰もが何も言わなかった。


「おお、これだけ魔族が集まると壮観だな!」


 ザックは辺りを見渡して感嘆の声を上げたが、魔族から発せられる不穏な気を察してか、すぐに困ったように笑った。


「ありゃ? なんか俺、招かれざる客って感じ?」


「あれだよ、お前がきっと空気を読めないからだな!」


「うわ……」


 今現在、この場の空気を読めていないアポルオンの言葉に、ザックは酷く残念そうな顔をした。

 とそこへ、魔族達の間から数人の年老いた魔族――長老達がゆっくりと現れた。


「おお! 爺ちゃん達、久しぶりだな!……って、なんかちょっと顔ぶれが違う? ああ、みんな年だったからか。ところでさあ、森が『虚無』に飲み込まれようとしてるのになんでみんな何もしないんだ?」


「……」


 あまりにも軽いアポルオンに呆れてなのか、皆やはり何も言わない。

 その中で、長老達の一人――最長老である年老いた魔族がしわがれた声で答えた。


「我らはただ、神の御言に従うのみ。よって我らが為すべきは傍観。じきに我らは(いにしえ)の契約より解き放たれ、掟に縛られる事もなくなるのじゃ」


「――神が現れたのか?」


 今までどこか軽薄さが漂っていたザックの纏う気が厳しいものへと変わり、真剣味を帯びた声で最長老へと問いかけた。

 その気配に魔族達は身構える。


「……人間よ、そなたには答えなど必要ない。そなたは今ここで朽ち果てる運命なのじゃからの」


 鈍色(にびいろ)の目をぎょろりとザックへ向けて答えた最長老の言葉を合図に、魔族達は殺気を漲らせて一歩、二歩とザックへと距離を詰めていく。


「ちょっ、待てよ! 何言ってんだよ! こいつは何もしてねえだろ?」


 驚いたアポルオンがその背に庇うようにザックの前へと立った。


「おいおい、アポルオン。いいって、お前まで巻き込んじまう」


「どくんじゃ、アポルオン。いくらお前とて、わしら全員を相手にして勝てるわけがなかろう」


 ザックの言葉にも、最長老の言葉にもアポルオンは大きく首を振った。


「なんでだよ!? 俺たち確かに人間を嫌ってたけど、むやみやたらと害してきたわけじゃねえじゃん!! 森へ迷い込んで来ても今まで関与した事もねえのに、何でこいつだけそんな――」

「その人間は神の存在を脅かす。我々は神に仕える者として、その人間を排除せねばならぬ。さあ、アポルオン、そこをどきなさい」


「俺は神なんて知らねえ!! 俺が仕えるのはディアン様だけだ!!」


 アポルオンを優しく諭すように告げた長老の一人に、アポルオンは烈火の如き怒りを発散させた。

 その切れるような鋭さを持った気は、大きく空気を揺らして魔族達を怯ませる。

 側にいたザックもさすがに堪えた様子を見せながら、それでもアポルオンに笑いかけた。


「なあ、もういいって。俺はお前を森へと連れて来た。それで仕事は終わりだし、ゲームに負けたって事だ。お前にはやる事があるんだから、俺にかまう事はねえよ」


「かまうに決まってんだろ! お前がここで死んじまったら、やる事も何もねえ! 間違いなくディアン様に怒られちまう!! 俺がこのまま捨てられちまったらどうすんだよ!?」


「ええ!? 俺じゃなくてそっちの心配!?」


 珍しく素で突っ込んだザックだったが、新たに現れた気配に気付いてそちらへと向き直った。


「――さすがは当代随一と言われるほどの魔族ですね。本能に従って契約も成されないまま、彼の君にそれほどの忠誠心を抱き、仕えるとは……」


 それは予想通りのよく知った人物の声ではあったのだが、その姿を見たザックは訝しげに目を眇めた。


「お前……ガーディか?」


「お久しぶりです、ザック殿。お元気そうで何よりです」


「それは嫌味か? 俺、今すげえヤバいよな? まあ、それよりもお前の目、なんか色変わってない? それに……」


「ああ、これは森が私に力を与えてくれているのですよ」


「ふ~ん、ずいぶん人間離れしてるんだな。で、結局お前って何なの?」


 ザックの言葉にガーディは一瞬悲しそうに目を細めたが、すぐにいつもの余裕を滲ませた笑みを浮かべた。


「そう言えば、まだ正式に名乗った事はありませんでしたね。私はサンドル王国の王太子であられるエヴァーディオ・サンドル殿下の近侍、ガーディリステ・ローデスと申します」


「なんだ、やっぱサンドルか。なんの捻りもねえな。そんで彼の君ってのは、マグノリアの陰険宰相の事か?」


「んだよ! お前らさっきから俺抜きで話進めんな!! それにお前! 彼の君って何だよ!? まさかお前、ディアン様に仕えようなんて思ってんじゃねえだろうな!?」


 ガーディを真っ直ぐ指さして怒りを見せるアポルオンに、ガーディは柔らかく微笑んで答えた。


「もちろん、そのようなつもりはありませんよ。我が君は王太子殿下お一人ですから。しかし……そうですね、簡単に申し上げるならば、本来『神の御子』として立つべきは我が王太子殿下ではなく、ディアン・ユース卿であるはずなのです。それは王太子殿下もご存じですし、当然ご本人もよくご存じのはずですよ」


「……どう言う事だよ?」


 ザックは怪訝そうに眉を寄せ、アポルオンも訳がわからないといった顔をしている。


「あの方があなたを頑なに拒んでいるのは己に流れる血を認めたくないからなのか、それとも代償を払うのが怖いのか……。まあ、要するにあなたがあの方にそこまで惹き付けられるのは神に一番近い存在だからなのですよ」


「な、なんだよ、それ……。じゃあ、ルークだって……」


「あのマグノリアの皇帝では我々の神には成り得ません。――さあ、おしゃべりはここまでにしないと。我々は神の御心のままに行動しなくてはなりませんからね」


 わずかに傷付いた表情のアポルオンにガーディはきっぱり告げるとその場から下がり、魔族達が再び距離を詰め始めた。


「……アポルオン、お前もういいからどっか行けよ」


「何言ってんだ、バカ!! ディアン様はディアン様なんだ!! 神なんて関係ねえ!! だから俺はここに残るからな!!」


「……本当にアホなんだな、お前……」


「誰がアホだよ!?」


「だからお前だろ」



 それからしばらく後――森は厭な血の臭いに満ちていた。

 

「くそっ! なんでアポルオンは人間なんか庇ったんだよ!!」


「……庇うだけで、一度も俺達に抵抗しなかったな」


「アポルオンだけじゃねえよ、人間だって……」


「俺達は……何をやってんだよ……」


「――ああ、もう胸糞わりい! 俺はもう行くからな!!」


「じゃあ、俺ももう行くわ……。くそっ!!」


 魔族の若者達は嘆きの言葉を落とし、酷く悔しそうな苦い表情のまま次々と去って行った。

 そしてその場には、静寂だけが残されたのだった。




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