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115.ゲームの勝率。


「あのさあ、気配消して他人(ひと)の部屋でくつろぐのやめてくれる?」


 サンドル王城の客間の一室に夜も更けてから帰って来たザックは、その応接間で優雅にお茶を飲んでいる男に声をかけた。

 だが、男は振り返りもせずに左手を挙げて軽く振る。


「おかえりなさい、ザック殿」


「ああ、ただいま」


 呑気に応えたザックが向かいのソファへと腰を下ろすと、男はニヤリと笑って問いかけた。


「それで、今日こそ運命の女性に出会えたんですか?」


「聞くなよ、バカ野郎」


「駄目だったんですね」


 ザックは常に『運命の相手』と言うものを探している。

 それはセルショナード王城の人間なら誰でも知っている事であり、今ザックの目の前に座る男も当然知っていた。――セルショナードの人間ではないが。


「で、あんたはセルショナードの政務官じゃなかったか?」


「さすがによく覚えていらっしゃる。正確には前宰相補佐官の書記業務担当、ドルー・ベルストンとして働いておりました」


「んじゃあ、今は何て言うんだ?」


「ケヴィン・アーテスと。この国の政務次官補の下で庶務を……まあ、要するに雑用係ですが」


 その言葉にザックは珍しく困惑したように眉を寄せた。


「いやいや、ちょっと待て。あんたは確か……王や俺達がマグノリアに向けて発った時にはセルショナード王城にいたはずだ。あれからまだ三カ月(六十日)程しか経ってないぞ? それで何でそこまでサンドル王城内部に入り込んでんだよ」


「もちろん、協力者が数多くいるからですよ。ディアン様は潜入するにも下男ごときでは許してくれませんから」


 そう答えて、ケヴィン(仮)は楽しそうに笑った。

 ディアンはケヴィン(仮)のような実働部隊だけでなく、後方支援をする為の人物を各国に数多く潜ませている。ただ間諜を送り込むより、そのような者達を長い間誰にも気付かれる事なく潜入させている事の方がよほど難しいのだが、実際にディアンがどれ程の人数を潜入させているのかはルークでさえ把握していない。


「あなた方を見送ってからは、すぐに次の指示が来るだろうと退去する準備はしていたんですがね。意外と遅く、あの時より一カ月後にサンドル王城に潜れと指示が来たんですよ。しかし、今回は少し手間取ってしまい、このようにお待たせする事になってしまいました。申し訳ありません」


本気(マジ)かよ……」


 ザックは思わず呟いた。

 自分達がセルショナードを発ってから一月後と言う事は、ザックがマグノリア王宮でディアンから魔ペンを預かった時には、まだこの男に指示も届いていなかったという事だ。


「あんた……上司に恵まれてないな……」


「そうでもないですよ。これは一種の遊戯(ゲーム)ですから。ディアン様が指示される無理難題を無事に達成できれば私の勝ち。ディアン様に勝ちを誇れるのは楽しいですからね」


「だが失敗すれば?」


「ええ、死にますね。運良く生き延びる事が出来ても、ディアン様に負けを認めるくらいなら、私は迷わず死を選びますよ」


「類は友を呼ぶってやつか……。それにしても、サンドル王国とはついてないなあ。負ける確率が高いんじゃないか?」


 呆れ半分、楽しさ半分といった様子のザックの問いに、ケヴィン(仮)は更に笑みを深めた。

 それはディアンにとてもよく似た笑みである。


「セルショナードも大変でしたよ? 前王の魔力は他国の王に比べて飛び抜けていましたからね。リカルド殿下――いえ、現王に施されていた呪や予言については、情けない事に結局知る事ができなかったのですから。しかも、クラウスが現れてからは更に厳しくなりましたし……。まあ、ディアン様からの指示は王城でしばらく過ごせと言う事でしたので……。ですが、せめてセルショナード軍の急襲くらいはお知らせしたかったんですがね」


「ふ~ん。そりゃ、お疲れさんでした。ところであんた、そこまで俺に話していいの?」


 その問いにもケヴィン(仮)は笑みを崩すことなく、何かを含んだ様子で頷いた。


「……それで、今回は俺を巻き込んでまであんたは陽動してる訳だが、勝てそうなのか?」


「勝率は一割弱といった所です」


「おいおい……」


「ご心配なさらなくても、ザック殿の勝率は十割ですよ。今ここで、ディアン様から預かった物を私にお渡しになって何も知らなかったふりをなさればね」


「ええ? 俺もあの陰険宰相にちゃんと勝負して勝ちてぇんだけど? ゲームに乗るにはどうしたらいいんだ?」


「……預かった物をお持ちになってそのまま『果ての森』へと向かって下さい。そうすればザック殿の勝率は二割に下がり、私の勝率は二割に上がります」


「なんだ、二割もあるのか。んじゃ、乗った。王も好きにしろっておっしゃってくれてるしな~」


 ずいぶん機嫌を良くしたザックを見て、今度はケヴィン(仮)が呆れたように溜息を吐いて立ち上がった。


「では、よろしくお願い致します。ああ、それと……アホペンにディアン様からの書面を読むには、一度火で軽く炙った後に水に浸して、しばらく裸で踊っていれば隠された文字が浮き出て来ると伝えて下さい」


 そう言って去りかけたケヴィン(仮)にザックは慌てて問いかけた。


「なあ! あんたの本当の名前は何て言うんだ?」


「……次にお会いした時にはきちんと名乗りますよ」


 その返事が聞こえた時には、すでにケヴィン(仮)の姿はなかった。

 転移した訳でもないはずなのに、あっという間に消えてしまった事がザックの興味を益々掻き立てる。


「――にしても、裸で踊るのはねえだろ……。まあ、面白いから、そのまま伝えようっと」


 一人呟いたザックは、浮かれた様子で楽しそうに旅仕度を始めたのだった。




**********




 ルークが『虚無』を圧してから十数日――ザックがサンドル王城から姿を消してからは二十日が経過していた。


「これでセルショナード以外の国……当のサンドル王国を入れて、六王国からになりますか……」


 ルークの執務室で苦々しげに口を開いたのはセインだ。

 先ほど届いたターダルト王からの親書は、今まで届いた各王からの物とほぼ同じ――数十年に及ぶ皇帝の美挙を褒め称え、感謝の意を表した内容であり、万謝の為に王の名代として王女を遣わせるとあった。

 要するに、王女を皇帝の妃に出来ればとの願望がはっきりと窺えるのだが、それはいつもの事なので問題ではない。

 執務室に集まっている皆が顔を曇らせている原因は、最後の文面『サンドル王国王太子を受け入れられては如何だろう』にあるのだ。

 それは、(へりくだ)りながらも花と王太子を面会させるべきだと強く進言していた。

 今までずっと花を自国へと招き入れようと画策していた各国王家は、ここへきて突如方針を変えたらしい。


「……なあ、こいつらは一体何を期待してるんだ?」


 訳がわからないと言った様子のレナードの問いに、ディアンが爽やかに微笑んで答えた。


「ユシュタルの御使いと言われるハナ様と、神の御子とほざく王太子の馬鹿げた夢恋物語でしょう」


「なんだそりゃ!?」


 あまりの驚きに顎が抜けそうなほど口を開けた弟を見て、ディアンが不快そうに顔をしかめる。


「レナード、その顔でそのバカ面は止めて下さい」


「あ、ああ、すまない」


 慌てて口を閉じ、素直に謝罪の言葉を口にしたレナードに満足したのか、ディアンは再び微笑んで続けた。


「まあ、要するに王達は陛下の圧倒的なお力が恐ろしいのですよ」


「今更……」


「ええ、本当に今更です。陛下が魔王の如き存在でいらっしゃるのは以前から何も変わっていないんですがねぇ」


「いやいや、それは本人を前にして言う事じゃないだろ」


 本人を前にして堂々と魔王に例えるディアンを窘めながらも否定はしないレナードだったが、当の魔王――ルークは気にした様子もなく無表情のまま無言を通していた。



 各王家にしてみれば、皇帝によって国土を質に取られていた状態からようやく解放されたと安堵したのも束の間、今まで『虚無』へと注いでいた強大な力を皇帝が自由に出来るようになった事に気付いたのだ。

 しかも、その皇帝の側には『癒しの力』を持った花がいる。

 やはりこのまま帝国の下に服するしかないのかと嘆く王の耳に虚言を囁く者がいた。


『ユシュタルの御使いである娘は、神の御子であられるサンドル王国王太子殿下の許へ遣わされると神官長様は宣託を受けておられたそうです。それがどう言う訳かマグノリア皇帝の許へと……。先のセルショナードの暴挙はどうやらユシュタルの御使いである娘――ハナ様を王太子殿下の許へと送り届けようと少々先走り過ぎた結果のようです。残念ながらそれも、現セルショナード王に阻まれて成す事は出来ませんでしたが……』


 この言葉を、王達は「なぜ今頃になって」と疑う事もなく縋る思いで信じた。

 もしサンドル王国王太子が花と結ばれるのであれば、皇帝の脅威はなくなる。

 花が王太子を癒せば、王太子はマリサク王国との戦でみせた『神の御力』と言われる程の力を難無く有する事が出来るはずだと。


 『神の御力』は恐らく皇帝の強大な力に対抗できる唯一の力になるだろうが、『救済の力』であるが故に各国にとっては脅威に成り得ない。

 しかし、その力は代償を必要とする。

 過去にもサンドル王国が苦難に陥った時には必ず神の御子と呼ばれる王子達がその力を以って王国を救って来たのだが、その為に常に代償を払って来た事もよく知られていた。

 それは現王太子も例外ではない。

 だからこそ、『癒しの力』を持った花が現れたのだ。


 王達は都合よくそう思い込んだ。

 本当ならば、『虚無』の暴走からも王太子が救済してくれるはずだったのだと。

 ユシュタルの御使いと言われる娘もサンドルの王太子に会えば、その間違いに気付くはずだと考え、最近側に置くようになった魔術師の言うがままに親書を(したた)めたのだった。




「ディアン、あいつはまだ生きているのか?」


「はい。――ひょっとすると今回も私が負けるかもしれませんね」


「そうか……」


 今まで沈黙を守っていたルークの突然の問いにもディアンは動じることなく答えた。

 ルークとディアン、レナード以外には何の事かさっぱりわからない問答ではあったが、他の者達――セインとグラン、そしてランディは考え込むように口を閉ざしてしまったルークを静かに見守った。

 

「――あいつの勝率を上げる為にも……サンドル王国の要請を受けよう。このまま拒み続けていても埒が明かない」


 ルークの決断に皆が一瞬息を呑んだが、すぐに厳しい表情に改めて大きく頷いた。


「陛下、ハナ様の護衛はどうします? 人数を増やしますか?」


「いや、これ以上増やしてハナを怯えさせたくはない。私の力にも余裕があるし……」


 レナードの問いに答えていたルークは、途中でなぜか苦渋の選択を迫られたような顔をセインへと向けた。


「セイン、あいつが今どこにいるかわかるか?」


 今度の「あいつ」は誰の事か全員がわかったようで皆が僅かに顔をしかめ、セインは気まずそうに咳払いをして答えた。


「未だに戻って来ない所をみると、恐らくハナ様が我が家の養女になられたとの情報が届かない場所でしょう」


「……森か」


「森ですね」


「あいつはまだ探しているのか……」


 呆れたように呟いたルークは再びセインへと問いかけた。


「あいつを呼び戻す事は出来るか?」


「……出来ない事はないですが……問題が一つ」


「何だ?」


「あの子が妹をとても欲しがっていたのはよくご存じでしょうが……」


「ああ……」


 セインの言葉にディアン以外の誰もがどこか遠い目をした。

 ランディなど、何を思い出したのか酷く顔色が悪い。

 その中で、セインは非常に言い難そうに続けた。


「ラルフとハロンが妻のお腹にいた時に――いえ、もちろん性別はまだ分からなかったのですが……「妹に手を出そうとする野郎がいたら、そいつの××を××して××してやる」と、それはそれは楽しそうに笑ってよく言っておりました」


「……」


――― やる。あいつなら誰が相手でも絶対にやる。


 皆が強く確信すると同時に思わず想像してしまい言葉を失くしたのだが、ディアンだけは相変わらず爽やかに微笑んでいた。


「彼がハナ様の護衛に付くならこれほど安心な事はないですし、やはり呼び戻してもらいましょうか?」


「いや……無駄にレナードを犠牲にはしたくない」


「え!? 何で俺!?」


 驚き焦るレナードに、ルークは当然だろうと言った視線を向けた。

 それからは切迫した状況にも関わらず、どこか和やかな雰囲気で今後についての話し合いが始まったのだった。




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