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12.面会謝絶です。

 

 ――― ピアノどころか、楽器がないなんて……。

 

 驚愕の事実に、花はしばらく呆然としてしまった。

 

 ――― うおいっ! 話が違うっつうの!! 責任者呼べー!!

 

 心の中で叫んでも責任者がでてくるわけではないのだが、叫ばずにはいられない。

 真っ青になって黙りこむ花を心配して、レナードが声をかけた。

 

「ハナ、顔が真っ青だが、大丈夫か?」

 

「……はい……ちょっと驚いただけです。大丈夫です」

 

 力のない声で、花は返事をした。

 そんな花の様子を見ていたルークが提案した。

 

「ハナ、楽器がほしいのか? なら一度、楽師たちを招いてやる。その後、手に入るように手配してやろう」

 

 その言葉に花は驚く。

 

「本当ですか?」

 

「ああ。まあ、すぐにとはいかないが。近いうちに呼び寄せよう」

 

 ――― ルーク……優しいところもあるんだ。例え裏があるとしても、背に腹は代えられない。ここは恩を買ってあげよう。

 

 何気に失礼な事を思いながら、花はお礼を言った。

 

「ルーク、ありがとうございます」

 

「寵姫の願いを叶えてやるのは、皇帝として当然だ」

 

 そう言ってニヤリと笑う。

 

 ――― やっぱり裏があったか……。

 

 そう思いながらも意地の悪いルークに戻ったことに、花は安堵していた。

 

「ルーク、そろそろ……」

 

「ああ、そうだな」

 

 レナードの言葉にルークが頷き、立ち上がる。

 

「では、ハナ、私は執務に戻る。だが、今宵は早めに来るので食事を共にしよう」

 

 そう言って出口へと向かう。

 

「え? もう?」

 

 聞きたいことはまだまだあり、思わず本心から言葉を洩らしてしまった。

 それに再びルークがニヤリと笑う。

 

 ――― うわっ!! なんか屈辱。

 

 悔しがる花だったが、ルークの次の言葉に驚く。

 

「わかっているとは思うが、部屋を出る時は必ず護衛を連れるように。あと、王宮を見て回りたければ、ジャスティンに案内を頼めばいい。ジャスティンにはもう会ったな?」

 

「はい……? 後宮から出ていいんですか?」

 

「当然だろう? 別に私は、そなたを閉じ込めておくつもりはない」

 

 この国の後宮は、日本の大奥とは違うらしい。

 

「それから、恐らくこの後、次々と面会の申し込みが舞い込むだろうが、嫌なら断ってかまわない。まあ、王宮をまわっていてもきっと次々と声は掛けられるだろうが、それはジャスティンが上手く対処するから、案ずる必要はない」

 

「面会の申し込みって……どなたから?」

 

「大臣や貴族や……まあ、腐った連中だ」

 

「ああ……なるほど」

 

「――まあ、そなたなら、上手く(あしら)いそうだがな」

 

 そう言ってルークは出て行ってしまった。

 レナードが「すまない」といった風に苦笑してルークに続く。

 それに入れ替わり、セレナとエレーン、ジョシュの三人が戻って来た。

 

 ――― さて、これから、どれほどの醜い権力争いになるのか……。

 

 花は深く溜息を吐いた。

 正直、面倒くさい。

 今まで、猫をかぶっていい子ちゃんでいたのも、できるだけ煩わしい人間関係を避けるためだったのに、面倒事に巻き込んでくれたルークに腹が立つが、しょうがない。

 花には、この世界に他に行く当てなどないのだから。ルークの元を飛び出しても、野垂れ死ぬのが落ちだ。生きる為に、体を売らなければならないかもしれない。それを考えれば、ここに置いてくれるだけでも感謝しなければならない。例え利用されても。

 

 ――― まあ、いっか。

 

 花の座右の銘は「川の流れのように」だ。流れに身を任せてしまえばいい。

 

 

  **********

 

 

 セレナとエレーンが用意してくれた昼食を食べ終わった頃、青鹿の扉が叩かれた。

 どうやら早速、面会の申し込みらしい。

 ここの後宮は、妃の出入りも自由な上に、皇帝以外の男性が出入りする事も許されている。大奥とは大違いだ。

 花は少し考え、面会を断るように申しつけた。「これから、王宮を見てまわりたいので」との理由をつけて。

 ひとまずジャスティンの対応を見てから、花も対応を考えようと思ったのだ。そうして、ジャスティンが迎えに来るわずかな時間にも、何人もの面会の申し込みを断ることになったのだった。

 

 

  **********

 

 

 先ほど『王宮見学ツアー』から帰って来たところだったのだが、花は腹を立てていた。

 ジャスティンの案内で王宮をまわっていると、出てくる出てくる、偶然を装って大臣やら貴族やらがワラワラ、ワラワラ色々な角から湧いてくる。

 そして、皆一様に驚いた振りをする。

 

「おや、初めてお目にかかりますな。いったいどちらの姫君でしょうか?」

「このような美しい姫君にお会い出来るなんて光栄です。是非、お名前をお聞かせ下さい」

 

 とか、なんとか。それにジャスティンが、一様に答える。

 

「こちらは昨日、『青鹿の間』に入られた、ハナ様でございます」

 

 それに続く形で花は完璧な淑女の仕草で挨拶をする。

 

「花と申します。よろしくお願い致します」

 

 そして、ニッコリ。それ以上は口を開きません。

 

「どちらから、いらしたのですか?」

「お父君はどなたですか?」

 

 とにかく花の素性が知りたくてしょうがないらしい。

 それに花は「ふふふ」と笑って答えるだけ。そうしてる間に、適当にジャスティンが遇ってくれる。

 だが恐るべし、貴族の情報網。

 いつの間にやら花が素性を明かさないことが回ったらしく、『素性を明かさない=明かせない』と解釈したらしい。要するに、身分が低い――あの人たちの言うところの『下賤の身』と思ったようだ。

 そうして、段々と「偶然に」出会う人たちの態度が変わって来た。

 初対面のはずなのに、花に対する態度に明らかに侮蔑が含まれるようになってきたのだ。

 それも態度だけではなく、言葉にもそれが表れるようになった。

 

「いったいどのようにして陛下を誑かしたのか……」

「下賤の身であさましい」

 

 等など。ジャスティンには聞こえないように、すれ違いざまに投げかけてくる。

 正直に言えば、「馬鹿らしい」の一言に尽きる。

 

 しかし、花が腹を立てているのはそんなことではない。

 国の中枢にいるあの人たちが、自分の出世と保身にばかり力を注いでいるのが見えてしまったからだ。

 今、ユシュタールは崩壊の危機にあるというのに。

 ルークが気の毒でならなかった。

 それでも、そんな愚かな人ばかりではない、と思いたい。

 先ほど、本当に偶然に出会ったらしい人。政務長官のセインは真っ直ぐに花を見つめ、言葉を紡いだ。

 

「陛下がご側室をお迎えになられ、非常に嬉しく思います。これで少しでも陛下の愁いが晴れればと願うばかりです。ハナ様、どうか陛下を癒して差し上げて下さい」

 

 この言葉には、花も真摯に頷いたのだった。

 


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