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109.古典的活劇。

 

 ルークに手を引かれて戻った大通りは、様々な商品が並べられた露店とそれを眺めたり買い求めたりする客などで溢れ返り、花は再び胸躍る興奮にその瞳を輝かせた。

 この日は幸いなことに薄い雲が空を覆ってはいたが、真冬とは思えない程に暖かく穏やかな日和で、外を歩くのも全く苦にはならない。


「このまま露店を見て回るか? それともどこか別の場所に行ってみるか?」


「露店を見たいです!」


 それからルークと見て回った露店には食料品や日用雑貨、果ては護身用の武器や何だかよくわからない物まで売っていて冷やかすだけで十分に楽しかった。

 その中で、地球では中国で発達してアジアに広まった螺鈿(らでん)細工の小物を置いてあるお店に花は目を止めた。


――― どちらかというと、この世界って西洋っぽいけどこんな物もあるんだ。……って、うわっ……高いなあ。


 表示された値段を見て思わず品物を置いた花に、店主がニコニコしながら声をかける。


「お客さん、これは東国のカラカングから仕入れた品ですからね。珍しくて値が張りますが、それだけの価値はあるものですよ。ご主人に買って頂いたらどうですか? ねえ、ご主人?」


「ああ、もちろんだ。ハナ、どれがいい?」


「ええ? でも……あの、私……」


 店主は花の指輪を見て、その背後から守るように立っているルークを夫と判断したようだった。

 だが花は『ご主人』と言う言葉に戸惑い、更に値の張る物を買ってもらう事にためらってしまった。


「でも……さっきもご飯をごちそうになったばかりで、いえ、それを言うならそもそも衣食住を保証してもらってて、幸せで、贅沢で、それに、えっと、だから……」


 顔を赤くしてうろたえる花を見てルークは苦笑した。


「ハナは俺の妻だ。妻を養うのは夫として当然だから何も気にする必要はない。それに幸い俺は……」


 そこで言葉を切ったルークは、今度はニヤリと笑って花にだけ聞こえるように囁いた。


「恐らく世界一の金持ちだから心配するな」


「ルーク……」


 花の心を軽くするために、普段なら絶対に口にしないような言葉を冗談っぽく添えてくれたルークの優しさが嬉しくて、おかしくて、笑いが込み上げてくる。


「……お客さん、どれにします?」


 痺れを切らしたような店主の声に我に返って、花は慌てて商品を選び始めた。

 そして両手のひらサイズの小物入れを手に取る。


「それにするか?」


「あ、はい。……あの、すごく図々しいお願いをしてもいいですか?」


「もちろん構わないが、何だ?」


 花の願いなどいくらでも叶えてやるのにと思いながら、ルークは言い淀む花を促した。


「あの……セレナとエレーンにも何かお土産に買ってもいいですか?」


 たったそれだけの願いに拍子抜けしたルークは噴き出した。


「それだけか?」


 サイノス中の店の物を買い占めたって構わないのに花は酷く申し訳なさそうにしている。

 もっと我が儘を言って欲しいくらいで、ルークは更に促した。


「せっかくだから、もっと買えばいいだろう?」


「え?」


 花自身の為に選んだ物とよく似た小物入れを二つ選んでいた花は驚いたように手を止めた。

 店主はルークの言葉にホクホクと微笑んで待っている。

 花は一瞬困惑したようだったが、ふと何かを思い付いたような顔をしてルークを見上げた。


「ルークもレナードにお土産を買いますか?」


「……何の為に?」


 レナードはルークが王宮にいない為に起こるかも知れない万一の事を考えて、王宮に残っている。


「あ、ディアンにも?」


「……だから何の為に?」


「渡さないんですか?」


「絶対に有り得ないな」


「……そうですか」


「……」


 なぜかガッカリした様子の花を見て僅かに心を動かされたルークだったが、やはりこれだけは譲れなかった。

 あの二人に何かを贈るなど、気持ち悪くて仕方がない。

 そうして二人は螺鈿細工のお店を後にして、また人々の流れに乗って通りを歩きだした。




 ちなみに、その頃のレナードはと言うと……。


「へっくしょいっ!!」


 と、盛大にくしゃみをしていた。


「おや、レナード、風邪ですか? そういう場合は水を張った風呂に氷を入れてしばらく浸かり、その後に裸で踊るとすぐに治るそうですよ」


「治るか!! ガキの頃じゃあるまいし、そんな嘘はもう信じないからな!! そもそも、俺が風邪なんてひくわけないだろ!?」


「ああ、バカは――」

「魔力が強いからだ!!」


 昔の事を思い出したのか、レナードは怒りながらディアンから書類を引っ手繰ると、さっさと自分の執務室へと戻って行ったのだった。




*****




「ルーク、あれは何ですか?」


 しばらく大通りを進んだ所で見かけた露店に花は興味を引かれてルークに尋ねた。

 そこには色とりどりの液体が大きな透明の瓶に入れられて並んでおり、まるで子供の頃に一度だけ乳母の美津とその息子さんに連れて行ってもらった花火大会の屋台にあったかき氷屋を思い出す。


「ああ、あれは――」


 花の背を押して、店へと近づきながら説明しようとしたルークの言葉は途切れてしまった。

 先ほど食堂で絡んで来た男が二人の前に立ちはだかったのだ。

 気が付けば、ルークと花は柄の悪い男達に取り囲まれている。

 男はニヤニヤと優越に顔を輝かせてお決まりの文句を口にした。


「よお、兄ちゃん。さっきはよくもやってくれたなあ?」


「ルーク……」


 心配そうに見上げる花をルークは抱き寄せて安心させるように微笑んだ。


「大丈夫だ」


「はい」


 その言葉に花は大きく頷いて微笑み返した。

 花にとってはルークと一緒にいれば不安に思う事などないのだが、ただこの状況に別の心配をしていたのだ。


――― なんというか、あまりにも古典的なセリフを言ってるけど……このまま本当に古典的な展開になるのかな? この人達、大丈夫かな?


 十人程の屈強な男達に取り囲まれているというのに怯えた様子もなく、二人の世界になんだか浸っているようなルークと花を見て、男は苛立ったように声を張り上げた。


「聞いてんのか!? てめえ、ふざけんな!!」


 怒鳴り散らした男は近くにあった露店に置いてある樽を蹴飛ばした。

 それは花が興味を引かれたお店で、その店主らしきおばさんと、誰かの悲鳴が上がる。

 花は男の酷い行動に腹が立ったが何も言わず、ギュッとルークの服を掴んだ。

 ルークは慰めるように花に回した手でその細い腰をポンポンと叩くと、盛大に溜息を吐いて、あいていた右手を軽く振った。


「ここじゃ、他の者に迷惑がかかるから場所を移そう」


 その言葉に厭な笑いを見せた男は他の者達に指示を出し、二人が逃げ出せないように距離を詰めた。


「逃げ出そうったって、そうはいかねえからな。だが、確かにここじゃあ面倒だ。付いて来い!」


 そうしてルークと花は、男の先導で路地裏へと向かった。



「ここらでいいだろう」


 狭い路地裏を抜けて振り向いた男がそう告げた場所は、建物と建物の間に挟まれて人目に付かないような何かの資材置き場だった。

 そして男の言葉を合図に、今まで黙っていた柄の悪い男達が野次を飛ばし始める。


「ホントに女みてえな綺麗な兄ちゃんだな、おい」

「俺、兄ちゃん相手なら有り金全部出してもいいぞ」

「出たよ、こいつの変な趣味が!!」

「まあ、どっち相手にでも商売が出来らあ」


 下卑た笑いでその場が包まれる。

 それを聞いていた花はポツリと呟いた。


「悪漢に狙われるのはルークの方でしたね……」


「……」


 花にとっては当然というべき男達の態度で、何気なく口にしただけなのだが、ルークにとっては花の言葉にどう反応すればいいのかわからなかった。

 と、そこへ食堂での男――どうやらこの無法な集団の頭目らしい男が怒鳴りつける。


「てめえら、いい加減にしろ!!」


 途端に男達は口を閉ざした。

 ルークが簡単に見ても頭目の魔力は意外と強く、街の警備兵を上回るようだ。


「俺を馬鹿にした事はぜってえ許せねえ。痛え思いさせてやったら、どっかに売り飛ばしてやる! それに隣の嫁さんも良く見りゃ可愛いじゃねえか。この女も……」


 勢いよく捲し立てていた男の声は急に弱まっていく。

 不思議に思った男達が視線を向けると、頭目は顔を真っ青にしてガタガタと震え出していた。


「お頭? どうしたんすか?」


 しかし、問いかけた男達も次第に力を失くし、膝をついて苦しそうに呻き始めた。

 ルークの抑えていた魔力が頭目の言葉を聞いて途端に怒りを帯び、その体から滲み出しているのだ。


「……ルーク?」


 花には魔力の事はさっぱり感じられなかったが、ルークが怒っている事だけはわかった。

 今度はルークを心配して見上げた花の不安そうな瞳に、ルークは慌てて気を落ち着かせた。


「ハナ……せっかく街へ出て来たと言うのに、嫌な思いをさせてすまない」


 僅かに顔を顰めて困ったように笑うルークを見て、花は大きく首を振った。


「私はルークと一緒にいられるだけで幸せですから、大丈夫です」


 相変わらず二人だけの世界にいるルークと花を邪魔する者はもはやいない。

 ルークは花を強く抱き寄せると、そのまま柔らかな唇に口づけた。

 それは置かれている現状にそぐわない程に深く、長く、激しい。


「ル、ルーク! 人前ではダメです!!」


 ようやく唇を離したルークに花は真っ赤になって抗議したが、ルークは微かに笑って首を傾げた。


「そうか?」


「そうです! だって……あれ?」


 恥ずかしそうに周りを見回した花は驚きの声を上げた。


「だ、大丈夫で――」

「大丈夫だ」


 先ほどまで二人を取り囲んでいた男達が地に倒れ伏している。

 怪我をしているようには見えないが、全員意識がないようだった。


「皆、酒の飲み過ぎだろう。時間を無駄にしてしまったから、さっさと戻ろう」


「でも……このまま放っておいていいんですか?」


 何かの魔法かとは思いつつ、呼吸はしっかりとしているようなので深く追及する事は止めてルークを信じることにした花だったが、このまま放置しておくとまた悪事を働いて誰かに迷惑をかけるのではないかと心配になる。

 ルークは後ろに振り返ると、すぐに花へと向き直り頷いた。


「ああ、大丈夫だ。すぐに警備兵が駆け付ける」


「そうですか……。あの、それじゃあ、先ほどのお店に戻ってもいいですか?」


 ルークの言葉に安堵した花は、樽を蹴飛ばされてしまったおばさんが心配になってお願いした。

 二人の完全な巻き添えで商品を駄目にされてしまったのかもしれないのだ。


「では行こう」


 もう一度強く花の手を握り締めたルークの手を、花もまた強く握り返して、二人はおばさんの店へと戻る事にしたのだった。




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