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105.はじめてのお遣い。


「ふおっ!?」


 かすかな物音で目覚めた花は起き上がろうとして自分の姿に驚き、すぐに掛け布に包まって悶えた。


――― ぬほおおお!? なんで全裸!? っていうか、ここはどこー!?


「ハナ、大丈夫か?」


 身支度を整えていたルークは花の奇声に振り向くと、その様子に気付いて急ぎ寝台に歩み寄って花の額に手をやった。


「だだ、大丈夫ですけど!!」


「けど?」


 ルークは心配そうに眉を寄せている。


「わ、私、すっ、すすっ!! 裸です!!」


「……そうだな」


「こ、ここは青鹿の間ではありません!!」


「……そうだな」


「昨日からの……記憶がありません」


「……そうか」


 昨夜、晩餐の席でニコスと楽しく話をしながらカフィアを飲んだ所までは覚えているのだが、そこからの記憶がない。

 そんな自分が情けなくて花の気持ちは重く沈む。


「……体調は悪くないか?」


「はい……大丈夫です。ありがとうございます」


 落ち込んで俯く花の頭を慰めるように撫でながら問うルークの優しさに、余計居た堪れなくなったが、それでも花は掛け布に包まったまま姿勢を正すと思い切って尋ねた。


「あの……昨日の夜、私は何をしてしまったんでしょうか?」


「……いや、何も」


「え? でも……じゃあ、何で私は裸なんでしょうか?」


「……暑いと言って、自分で脱いだんだ」


「ええ!? じ、自分で!?」


「ああ」


――― ぬほおおお!! どど、どうしよう!! 私、ルークの前で全部脱いじゃったんでしょうか!? それは恥ずかし過ぎるうぅぅ!!


 ルークの前どころか、危うく大勢の前で脱ごうとした事を花が覚えていないのは幸いである。

 ちなみに全裸なのは、セレナ達が駆け付ける前に眠りながらも寝具の中で一人もぞもぞと脱いだからなのだが、もちろんそれも覚えていない。

 花はなんとか深呼吸をすると気を落ち着けて、もう一つの疑問を口にした。


「それで……ここはどこなんでしょうか?」


「……私の自室だ」


「え? ルークの?……どうしてここに?」


「……ハナ」


「はい」


「カフィアには微量だがアルコールが含まれている」


「はい……知りませんでした」


 ルークの話題転換には気付かず、花は悄然として答えた。

 成人するまで甘酒さえ飲んだ事のなかった花は、二十歳になったお祝いに初めて沙耶の家でお酒を飲んだのだが、乾杯からの記憶が全くなく、気付いた時には翌朝だった。幸い二日酔いはなかったのだが、沙耶に何があったのか訊いても答えはもらえず、ただ「お酒はもう飲まない方がいい」とだけ忠告されたのだった。

 その為、花はそれ以来お酒を避けてきたのだが、やはり沙耶の前でも脱いでしまったのだろうかと思い悩んだ。


「……今まで誰かと酒を飲んだ事があるのか?」


 昔の事を恥ずかしいながらも懐かしく思い出していた花は、ルークに問われて我に返った。


「え!?……い、いえ……あ、沙耶と――友達と一度だけ」


「……そうか」


 ルークは少しホッとしたような顔をして、花の頭を再び撫でた。


「次からは気をつけた方がいい」


「……はい。大変ご迷惑をおかけしました」


 花は寝台の上で正座したまま、深く頭を下げた。


「いや……とにかく、私はもう行かなければならないが、ハナはどうする?」


「え?」


「セレナが隣に控えてはいるが、青鹿の間まで連れて行った方がいいか?」


「い、いえ! 大丈夫です! セ、セレナがいてくれるなら。だから、あの……ルークはお仕事頑張って下さい」


「……わかった」


 これ以上の迷惑をルークにかけたくなくて、花は慌てて断った。

 ルークは花の言葉を聞いて僅かに苦笑を洩らしたが、その柔らかな唇に軽く口づけると今度は優しく微笑んで立ち上がり、消えた。

 一人ルークの寝室に残った花はしばらく悶々と落ち込んでいたが、なんとか気を取り直すと、じっくりと部屋の中を観察した。ルークの寝室は初めてで、なんだかドキドキする。

 だが今は使っていないせいか、かなり味気ないように思えた。

 それから花は掛け布に包まったまま起き出すと、ふと思いついてその場に屈み込み寝台の下を覗く。


「……当たり前か」


 何もない空間を見て一人呟いた花だった。

 その後、セレナに支度を手伝ってもらって青鹿の間に戻ったのだが、そんな花の姿を見た王宮の者達は驚きに目を見開いた。

 それもそのはず、妃が皇帝の自室で過ごす事など過去に一度も例がなく、この驚きの事実は瞬く間に王宮に広がり、やはり皇帝陛下にとってハナ様はそれほど特別なのだろうと噂される事になったのだった。




**********




 セルショナード王達一行がマグノリア王宮を発つその日、謁見の間では最後の会見が行われていた。

 とは言っても、それほど堅苦しいものではなく終始和やかに進み、そろそろ散会し出立という頃になってディアンがザックへと問いかけた。


「ザック殿はこのままサンドル王国へ向かわれるのでよね?」


「ええ、王の名代として挨拶に。あ、何か事付けとかあります? ついでなんで構わないですよ?」


「……」


 ザックの返答に誰もが突っ込む事を控え、その場に一瞬の沈黙が落ちた。

 特に親交があるわけでもないサンドル王国に『ついでの事付け』など頼めるわけがない。

 しかし、ディアンは爽やかに微笑んで頷いた。


「では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」


「……」


 その言葉に皆はゴクリと唾を飲み込む。

 ディアンから頼まれる事など厄介事以外はないだろうに、ザックは満面の笑みで応えた。


「もちろんいいですよ。いやあ、宰相殿から頼み事をされるなんて、ちょっとすごくないですか? ねえ、王?」


 リコは嬉しそうなザックからそっと目を逸らすと、ボソリと呟いた。


「そうだな。空から槍が降るかも知れん……」


「ええ? 私、別に誓約を破ったりなんてしてないですけど?」


 それだけ大変な事になるのではないかとうリコの揶揄もザックには通じない。

 ディアンはそんなやり取りを気に留めた様子もなく、胸元から魔ペンを取り出した。


「これをサンドル王国の王城まで持って行って頂けませんか?」


 ディアンの言葉と同時にペンは光輝き、いささか顔色の悪いアポルオンが姿を現した。


「ディアン様! 何でですか!? 俺の事捨てるんですか!? そんなの嫌です!! トイレ掃除でも何でもやりますから側に――っ!?」


 悲痛な声を上げて詰め寄ろうとしたアポルオンの額に、ディアンは勢いよく書面を叩きつけた。


「別にペンを手放す訳ではありませんよ。ただ……お前にしか出来ない事を頼みたいのです。詳しい事はそれに書いてありますから、後でしっかり読んでその軽い脳みそに叩き込んでおきなさい」


「ディアン様……」


 遂にディアンに認められたと感動している様子のアポルオンを横目に、ザックが確認する。


「ああっと……じゃあ、私はそのペンをサンドル王城まで運べばいいんっすね?」


「ええ、お願い致します。あともう一つ……」


 再びに爽やかに微笑んだディアンはザックに応えながらレナードへと視線を向けた。

 その気味悪い視線を受けたレナードは色々と諦めた様子で溜息を吐くと、用意するように言われていた物をザックへと差し出す。

 それはレナードの持つ魔剣と、かつては対であった元・魔剣。


「こちらも一緒に運んで頂けますか? サンドル王城で私の配下の者がザック殿に接触致しますので、その時に渡して下さい」


「あ、なるほど。確かにペンはともかく、王城に剣を持った者が入城するのは厳しいですからねぇ」


 納得顔でザックはレナードから剣を受け取った。

 ディアンは満足そうに微笑むと、涙ぐんで佇むアポルオンへと向き直る。


「アポルオン、それに書いてある事は少々難しいかも知れませんが、お前なら出来るはずです」


「はい!」


「もし危険を感じるような事があったら、迷わず飛び込むんですよ」


「はい!」


「期待していますからね?」


「はい!」


「……」


 ディアンの言葉に嬉しそうに頷くアポルオンをそれ以上見ていられなくて、その場の者達は窓の外に視線を移し、雲ひとつない空を眺めた。

 そんな微妙な空気には気付かずに、アポルオンはディアンを窺いながら恐る恐る口を開く。


「あの、ディアン様……俺が帰ってきたら、その……」


「ああ、そうですね。もし再び私の目の前に現れるような事があれば、是非私からお願いしたい事があります」


「ディ、ディアン様!!」


 感極まったアポルオンは手の中の書面をグシャリと握り締め、それを見て笑みを深くしたディアンへと飛び付いた。

 しかし、そんなアポルオンの額にディアンが持っていたペン先を突き立てると、「んがっ!?」との声を最後にアポルオンは輝き消えた。


「それではザック殿、このペンだけは、丁重に扱って下さいね?」


「もちろん、任せといて下さい」


 ザックが爽やかに微笑むディアンから魔ペンを受け取ると、それまで黙ってその様子を見ていたリコはゆっくりとルークへ向き直った。

 そのリコの腰にセルショナードの宝剣――ヴィシュヌの剣がない事に気付いている者は少ない。


「――陛下、どうか……よろしくお願い致します」


 謝辞を述べたリコの最後の言葉に、ルークは厳しい表情のまま大きく頷いた。


「――承知した」



 こうして、セルショナード王達一行は寒空の下、それぞれの目的地に向け二手に分かれて出発したのだった。




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