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100.それは杞憂です。

 

 長椅子にルークと並んで座った花は一度大きく深呼吸をすると、バルコニーから落ちて神様に拾われてからこの世界に届けられるまでの全ての事を話した。

 それほど長い話ではなかったが、最後まで何も口を挟まずに聞いていたルークはその後も暫く黙ったままだった。


「ごめんなさい、ルーク」


「なぜまた謝る?」


 再び謝罪の言葉を口にした花に、ルークは眉を寄せた。


「今まで黙っていて、ごめんなさい」


 あの時――『神様』の事を初めて口にしたあの時のルークはとても苦しそうに見えて言えなかった。

 だけどその後もずっと言えなかったのは怖かったから。

 本来なら、花の寿命はバルコニーから落ちた時に尽きるはずだったと神様は言っていた。

 いくら花に『癒しの力』があっても、所詮は神様の意思で生かされているにすぎないのだ。

 この世界で曖昧な存在の自分が怖い。

 そして、ルークに嫌われる事が何よりも一番怖い。


 怯えたように俯く花の頬をルークは両手で包んで顔を上げさせると、そのまま震える唇へ唇を重ねた。

 それはとても優しく、緊張にこわばっていた花の体と心はふわりと解れていく。

 しかし、やがて唇を離したルークは目を細めて悲しそうに微笑んだ。


「ハナの判断は間違っていない。もしあの時その話を聞いていたら俺はハナを……傍に置いたりはしなかっただろうな。だから感謝している」


「ルーク……」


 今またルークは苦しそうに見える。

 その苦しみを取り除きたくて、でもどうすればいいのか分からないままにルークへと伸ばした花の手は引き寄せられ、そのまま強く抱きしめられた。

 ルークは花の柔らかな頬に口づけるように唇を寄せてかすれた声で囁いた。


「ありがとう」


 それはとても小さな、小さな声。

 だが、その言葉は花の心に深く沁みていく。


 溢れる気持ちが言葉にならない。

 それでも伝えたい。

 強く強くルークを抱きしめて、強く強く想う。


 今までの世界で不幸だったわけじゃない、ただ全てを諦めていただけ。

 だけどこの世界でかけがえのない人に―― ルークに出会えた。

 ルークが存在してくれるだけで強くなれる。もう諦めたりなんてしない。

 今を精一杯生きていきたい、生きていく。


「私も……ありがとうございます。ルークが……ルークでいてくれて、この世界に存在してくれて、ありがとうございます」


 花の存在価値が世界を癒すことならば、いくらでも頑張れる。

 ルークの生きるこの世界さえ愛おしいのだから。


 苦しいほどの抱擁の中、それでもルークのあたたかい愛に包まれて強く決意した花にはどれくらいの時間が経ったのかはわからない。

 ただ優しい沈黙が寝室に流れていた。

 が――



 グゴゴオオオオ!!



「………」


「ハナ」


「はい」


「相変わらずお前の腹は雄弁だな」


「そうですね」


「食事にするか」


「そうですね」


 ルークは小刻みに肩を震わせながら顔を赤くした花に軽く口づけて立ち上がると、花の手を取り居間へと向かったのだった。



*****



「そういえば……」


 いつもよりかなり遅い時間の食事となったが、それでも食後のお茶を二人で楽しんでいた花は、ふと思い出したように口を開いた。


「どうした?」


「神様はすごくレナードに似ていました。レナードは神様を大人にした感じと言うか……」


 何気なく発言した花は、その事をすぐに後悔した。

 花の言葉を聞いた途端にルークが顔を顰めたのだ。


「あ、あの……ごめんなさい」


「いや、違う。花が謝る事じゃない」


 慌てて謝罪した花だったが、ルークは困ったように苦笑して、なぜか先ほどよりも更に顔を顰めた。


「ルーク?」


「ああ、まあ、その……レナードとディアンの家――ユース侯爵家の起こりはずいぶん昔のとある皇女の子が始まりとされているんだが……皇女はとても信心深く、祈りの間で毎日祈りを捧げていたらしい。そして、ある日………ユシュタルの御子を懐妊したと……」


「……はい?」


 ルークが言いにくそうに説明してくれたその内容に花は驚き呆気に取られた。

 が、それはまだ序の口だった。


「皇女は男の子を産み、その子がユース侯爵家の祖となったらしい。それに、レナードとディアンの母君であるアンジェリーナ殿のご実家――要するにサンドル王家だが、あそこも……とある信心深い王女が……」


「……神様の御子を御懐妊されたんですか?」


「――ああ」


「………」


――― うわー!! 何それ!? どっかの神話の全能神なみに節操ないんじゃ……神様なにやってんのよー!! いや、やることやって……って、ちがーう!!


 神様の知られざる実態というか、驚愕の事実を知ってしまった花の思考はどうにも落ち着きをなくして暴走しそうになる。

 黙ったまま苦笑いしか出来ない花を見てルークも同意するように頷くと、再び口を開いた。


「まあ、正直なところ俺は信じてはいなかったんだがな。特にサンドルは……」


 一旦言葉を切ったルークは大きく息を吐いた。

 そして続ける。


「王女が産んだのは男の双子だったらしい。そして、男子のいなかった王の後を一人が継いで王位に就き、もう一人は神官として生涯を過ごしたらしいが……『神の血を薄める事無かれ』と、近親婚を繰り返している。その為か、特に最近では子が産まれ難く、産まれても病弱な者が多い」


 実際に今現在のサンドル王国王太子も病弱で長らく神殿から出る事はなかったらしい。

 王太子の地位に就いたのも、双子の兄であった先の王太子がマリサク王国との戦で命を落としたからだ。

 サンドル王も床に臥して長く、病弱な王太子の為にも花を欲しいとほざくサンドル王家に激しい怒りが湧く。

 王太子の婚約者だったアンジェリーナを帝国は奪ったのだから、などと。


「……ルーク?」


 いつの間にか険しい顔になっていたルークを見て、花は心配そうに声をかけた。

 慌てて表情を緩めたルークは微笑むと、神の事を聞いてからずっと懸念していた事を口にした。


「ハナは……ユシュタルと直接会って大丈夫だったのか?」


「え?」


「ユシュタルに何もされなかったか?」


「ええ!?」


「ハナはかわいいからな」


「えええ!?」


 どうやら本気で心配しているらしいルークの言葉に花は悲鳴にも似た驚きの声を上げた。


――― 何これ!? なんなの!? 羞恥プレイなのぉ!?


「ユシュタルはどうにも手が早いようだ。ハナはかわいいから……危うかったんじゃないのか?」


「そそ、そんなわけないです!! 私なんて!! 滅相もございましぇん!!」


 舌をもつれさせながら苦労して花は否定したが、ルークはどうも半信半疑の様子だ。


――― いやいやいや、どう考えてもあり得ないから!! 皇女とか王女とか絶対美人さんだったんだから!! 私なんかを同列に考えないでぇ!! 神様は素通りでしたってばー!!


 自分で考えていて虚しいが、ルークはもちろんの事、アンジェリーナや他の貴族達を見てもみんな綺麗な顔ばかりなのだから仕方がない。

 激しく悶える花に、ルークは更に追い討ちをかける。


「もちろん、ハナが初めてだっ――」

「ぎゃあああああ!!」


 続くルークの言葉を予想した花は遮るように悲鳴を上げて立ち上がった。


「もう無理です!! もう耐えられません!! これ以上は我慢できないですぅぅ!!」


 顔を羞恥で真っ赤に染めた花は目に涙を溜めて叫びながらトイレへと駆け込んだ。



「……トイレか」


 花の奇行に納得したように一人呟いたルークはカップに残っていたお茶を飲み干して立ち上がると、居間を後にしたのだった。




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