番外編.メレフィスの災難。
「なあ、聞いたか!? リリアーナさんがまたやっちまったって!!」
まだ少年と言ってもいい程の年若い数人の集団の中に、銀色の瞳を持った少年が楽しそうに走り込んで来た。
その顔は浅黒い肌が赤く見えるほど、興奮に染まっている。
「ああ、契約主をまたヤッちゃったんだろ?」
集団の中では年長の若者が冷静に応え、そこから皆が好き好きに話し始める。
「もうこれで何人目になる?」
「そもそもリリアーナさんが魔宝に宿る事自体無茶なんだよ」
「だよなー」
「俺らの中でもリリアーナさんは最凶の……いや、最強クラスの力を持つのに、人間の為に力を使うなんてもったいないよ」
「でも確か、進んで立候補したって聞いたぜ?」
「ああ、それはリリアーナさんらしいっつうか……俺らもある意味ありがたいっつうか……」
「リリアーナさんに勝る力を持つ奴なんてあんまいないしなぁ」
「アポルオンやメレフィスだって力では勝ってるけど、迫力で負けてるし」
「いや、迫力で言ったら勝てる奴なんていないって」
「だよなー」
などと、楽しそうにおしゃべりに興じる彼らの姿は皆一様に浅黒い肌に漆黒の髪、その髪から覗くくるりと巻いた角、そして銀色の瞳という男性魔族特有のものだった。
ここは果ての森の『心央』と呼ばれる場所。
魔族達は森から一歩でも外に出ると掟に縛られ、その魔力を削ぎ落されたように力を弱めるが、森ではその力を遺憾無く発揮できる。
よって、好きなように森の中を転移できる為、住まう場所もそれぞれで普段は集団で行動する事もないのだが、たまにこの『心央』ではこうやって情報交換などが行われていた。
「そろそろ強制送還になったりするのかな?」
「それで長老たち集まってるのか?」
「じゃあ、新しい娘が選ばれるって事か?」
「あの魔剣は女の子しか受け入れないからなぁ」
「そんな!! アイニーが選ばれたらどうしよう!?」
「え? お前アイニーの事が好きだったのか?」
「でもアイニーって……」
「いや、それを言うなら女の子はみんな……」
今日、特に若者たちが集まっているのは、魔族の長老達が久しぶりに寄合を行っているからだった。
そこにもう一人、若い魔族が声を上げながら駆け寄って来た。
「お~い! 長老達が集まれってさ!!」
その言葉に、皆が顔を見合わせる。
「え? 俺ら? リリアーナさんの後任の事じゃなかったのか?」
誰かが上げた疑問の声に答えられる者は当然その場にはおらず、不思議に思いながらも皆が長老達の許へと転移して行ったのだった。
*****
「双剣に!?」
「そういやそんなもんもあったなぁ」
「まだ決まっていなかったのかよ……」
あらかたの若者達が集まった所で始まった最長老からの説明は、その場に大きな動揺をもたらした。
双剣と呼ばれる一対の剣に宿る者が長らく決まらず、今回強制的に決める事になったのだ。
「やだよ、俺。なんで人間の為になんか働かなきゃならねんだよ!」
「バーカ! そんなん、みんな一緒だっつうの!」
「誰か立候補しろよ~」
口々に不満が上がる中、長老の一人がポツリと呟いた。
「掟じゃから仕方ないのう」
その言葉を聞いた途端、皆は黙り込んでしまった。
『掟』には逆らえない。
それは魔族達の血に浸み込んでいる絶対的な存在である。
「では……どうやって決めるんですか? 双剣ということは、我々から二人選出しないといけないんですよね?」
暫く続いた沈黙を破って一人の若者が挙げた問いは誰もが知りたい事だった。
皆が答えを求めて最長老へと注目する。
最長老は「コホン」と一つ咳払いをして、厳かにその言葉を口にした。
「クジ引きじゃ」
「……え?」
「クジ引きで決めるんじゃ」
「………」
長老達が寄り集まって決めた結果がクジ?とは誰もが飲み込んだ言葉だった。
**********
次の日、長老達や他の者達が見守る中、公正にクジ引きは行われた。
といっても、その結果はすぐに出る事になったのだが。
一人の若者――ロタンと言う魔族が、「私は『残り物には福がある』と信じているので、残った物がいいです」と、用意された棒形式のクジを持つ係を引き受けた。
そこへ「んじゃ、俺いっちば~ん!!」とアポルオンがクジを引き、見事に『頑張れ!』と書かれたクジを当てたのだ。
それには長老達も慌てふためいた。
なにしろ、当たりを引いたのが当代随一と言われる程の力を持ったアホ―― アポルオンだったからだ。
ただの魔宝ならばそこまでの問題にはならなかったかも知れないが、今回の魔宝は双剣である。相対する剣に力の差を生じさせてはならない。
よって、もう一人の魔族は必然的に決まった。
「……メレフィス……本当に、本当に申し訳ないが……引き受けてくれぬか?」
最長老は皺だらけの顔を引き攣らせてメレフィスへと乞うた。
若い娘達からは悲鳴が上がっている。
尊敬する最長老の頼みを断れるわけもなく、メレフィスは黙って頷き了承の意を表すと、そのままアポルオンの許へと向かった。
「おかしいな~。一番乗りは福があるはずなんだけどなぁ~?」
と、ブツブツ呟いていたアポルオンは、近付いて来るメレフィスに気付いてニカッと笑う。
「あ、メレフィス! 災難だったなぁ~。でも、これからもよろし――ギャッ!! いてぇって!! ヤメ……!!」
アポルオンをタコ殴りにするメレフィスを止める者は誰もいなかった。
メレフィスの気持ちは痛い程にわかる……以前に、いつもの光景であるからだ。
「……なあ、お前アレわざとだろ?」
悲鳴を上げているアポルオンを横目に、難を逃れた若者の一人がロタンにこっそりと尋ねた。
「ああ、だってアポルオンなら絶対一番に引くだろ? しかも他より飛び出てるクジを」
「驚くくらいにア……単純だからなぁ、アポルオンは」
それを聞いていた他の若者達も会話に加わる。
「でもアポルオンはア……単純だけど悪い奴じゃないぜ? ちょっと申し訳ないっつうか、なんつうか……」
「確かにアポルオンはいい奴だよ。ア……単純だけど」
皆がアポルオンへ同情を示し、ロタンは困ったように笑って弁明を始めた。
「アポルオンには悪い事をしたけど……アポルオンに決まれば必然的にメレフィスが選ばれる事はわかってたからな。アポルオンの暴走を止める事が出来るのもメレフィスしかいないし……」
「確かに二人とも俺らとは段違いに力が強いけど、メレフィスだっていい奴だぜ?」
一人が訝しげに眉を寄せて呟いた。
そこへロタンと仲の良い若者が何かに思い当たったように声を上げた。
「ああ、そうか! お前、アイニーの事好きだから――!!」
「バッ! でかい声出すなよ!!」
慌ててロタンはその者の口を塞いで当たりを見回したが、集まっている若者達以外には聞こえた様子もなく、ホッとして若者の口から手を放した。
「なるほどな、アイニーはメレフィスに惚れこんでるからなぁ」
他の若者が納得したように呟き、また別の若者も続く。
「それを言うなら、女の子はみんなメレフィスの事が好きだろ?」
「確かにメレフィスはかっこいいもんな……しゃべらないけど」
「それがまたクールだとか何とかって女の子達が……」
「………」
憧れの混じったメレフィスを評する言葉はなぜか徐々に小さくなり、そして皆は無言でアポルオンの方に視線を向けた。
メレフィスはいつの間にかいなくなっており、アポルオンは女の子達に囲まれている。
「アホのバカ! あんたのせいでメレフィス様が遠くに行っちゃうじゃない!!」
「どうしてくれんのよ!! このアホ!!」
「メレフィス様にこれ以上迷惑かけたら、その鼻の穴からあんたの足りない脳みそを掻き出してやるから!!」
メレフィスがいる時には決して見せる事のない剣幕で女の子達はアポルオンを詰っている。
そして、アポルオンは中央に大人しく正座してうなだれていた。
「かわいいなぁ~アイニー」
「………」
うっとりと呟くロタンを、皆が驚いたように振り向き見た。
ちなみに「脳みそ」発言がアイニーのものである。
「ま、まあ、でも……アポルオンとメレフィスには悪いが、強力なライバルが減ったという事で……」
「あ、ああ……」
ロタンと仲がいい若者の言葉に皆が同意するように頷いた。
魔族は超実力主義である。
一夫多妻はもちろんのこと、多夫一妻だって可能なのだ(正確に言うなら婚姻制度そのものもないが)。
「……ロタン」
「なんだよ?」
皆の視線が自分へと集まっている事に怯んだロタンは思わず後じさったが……。
「 グッジョブ!! 」
「……へ?」
恋と戦争に手段は選ばず――皆の心が一つになった瞬間であった。
その後、アポルオンとメレフィスは若者達に盛大に見送られて旅立ったのだった。