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96.三人寄れば文殊の知恵。

 

 冬のこの時期は夕の刻を回るとあっという間に陽が傾き、薄い闇が空を覆い始める。

 薄暮の街を、王宮にある自室から眺めていたジャスティンは現れた気配に気付き、いつもの柔和な笑顔を浮かべて振り向いた。


「忙しい所、呼び出して申し訳なかったね」


「いえ、こちらこそ遅くなりまして申し訳ありません」


 微笑んで応えたディアンは窓辺まで歩み寄ると、ジャスティンの隣へと並んだ。

 そして暫く黙ったまま、二人で目の前に広がる美しい景色を眺めた。ゆらめく斜陽が、まるで炎に包まれているかのように街を緋色に染め上げている。


「――ジャスティンはクラウスを……やはりクラウスはフランツィスクス殿下だとお思いですか?」


 やがて口を開いたディアンの顔にはいつもの笑みは浮んでいない。


「……少なくともあれは、私の存じ上げる殿下ではありません」


「……そうですか」


 たったそれだけの短い問答を交わすと、二人は再び窓の外へと視線を戻した。

 そんな静かに流れる時間の中、これ以上の沈黙が耐えられないとでも言うかの如く、ジャスティンの執務机の上に大事に置かれている魔剣がカタカタと音を立てた。


「ああ、すまなかったね。リリアーナ、出ておいで」


 その言葉を聞いて光輝きパッと現れたリリアーナは、いつものようにジャスティンに絡みついて唇を尖らせた。


「んっもう、うち待ちくたびれてしもうたわぁ」


「悪かったね、リリアーナ。まだレナードは来ていないけれど、いいかい?」


 そしていつものようにテキパキとリリアーナのなめらかな手足を自身から剥がしながら、ジャスティンは問いかけた。


「あん♪ もうっ……まあ、メレフィスはあとでもええしぃ。ディアン、久しぶりやなぁ? 相変わらずうち好みの真っ黒な気やわぁ」


「お久しぶりです、リリアーナ嬢。あなたも変わらずお美しいですね」


「そんなん当然やわぁ。でもディアンの気をもらえたらもっと綺麗になれるのになぁ……」


 艶っぽい流し目を送るリリアーナにディアンは爽やかに微笑んで返す。


「残念ながら私はこの後も予定が詰まっておりますので、代わりにこの中身を差し上げましょう」


 ディアンがそう言って差し出したのは、プルプル震える一本の黒いペン。

 それを見たリリアーナはフンっと鼻を鳴らした。


「アホがうつるから、それはいらんわ」


「おや、それは残念ですね。これに用があると伺ったものですから、てっきりやっと引き取って下さるのかと思いましたのに」


「ごめんなぁ。それとこれとは別やわ」


 申し訳なさそうにディアンに謝罪しながらも、リリアーナはその黒ペンを受け取った。


「と言う訳で、あんたに用があるんや。はよ出てきぃや」


 しかし、リリアーナの呼び掛けに応える様子もなく、黒ペンは沈黙する。


「ふうん? いつの間にこんな生意気になったんやろ。まあ、ええわ……十、九、八、――」


 なぜかカウントダウンを始めたリリアーナの声に呼応して、アポルオンが慌てた様子で輝き現れた。


「ひ、久しぶりだな! リリアっぐガぁあああああ!!」


 引き攣った笑みで挨拶をしようとしたアポルオンの声は途中で悲鳴に変わる。


「ほんまに久しぶりやなぁ? あんたのアホな顔を踏むんも。いつからあんたみたいなアホな坊やがうちを待たせるくらいに偉くなったん?」


 リリアーナは自身の履いた艶やかに黒光りする皮のブーツ、そのピンヒールでアポルオンの顔を踏みつけながらなまめかしい笑みを浮かべた。


「ズズズズビバ、ズビバゼ……」


「はあぁ? 聞こえんわぁ」


 アポルオンの謝罪らしき言葉も聞こえない? ようでリリアーナは踏みつけている足に更に力を入れる。


「ズ、ズビバゼン、デジ、ダ!!」


「リリアーナ、それくらいにしてあげなさい」


 困ったように眉を寄せて声をかけたジャスティンに、リリアーナは顔を輝かせて振り向くと、アポルオンからようやく足を離してそのまま抱きついた。


「いやん♪ ジャスティン様ったら、ほんま優しいんやからぁ」


「はいはい、ありがとうございます。で、リリアーナはアポルオンに用事があったんでしょう?」


 また絡みついたリリアーナの手足をジャスティンは微笑みながらほどく。


「あんっ♪……まあ、そうなんやけどぉ。アホにって言うかぁ……」


 珍しくリリアーナは言葉を濁すと、一部始終を楽しそうに見ていたディアンへとチラリと視線を向け、踏まれた箇所を押さえながらのそりと起き上がるアポルオンを見て、またディアンへと視線を戻した。


「なんでしょうか?」


 リリアーナの視線に気付いたディアンがいつもの暗黒笑顔を浮かべて優しく問いかける。


「んーっと……なあ、ディアンはアホと契約してあげへんの?」

「ありえません」


「リリー……」


 リリアーナの言葉に即答するディアンと、感極まった様にリリアーナを見つめるアポルオン。


「リリアーナ、いったいどうしたのですか?」


 ジャスティンは今までにないリリアーナの発言に驚いたようだ。


「うん……うちが口出す事やないってのは当然わかってるんやけどぉ……でも、アホの顔色悪いやろ?」


「………」


 リリアーナの言葉を聞いたジャスティンとディアンはアポルオンを振り向き見たが、その浅黒い肌の顔色はよくわからない。

 が、いつもより若干、魔力が弱いような……気はする。

 アポルオンはリリアーナが自分を心配してくれている事に驚き、ポカンと口を開いてアホ面を晒していた。


「契約もせんと、このままここにいてもアホはどんどん弱って、そのうち消滅してしまうで?」


「おや、それは興味深い話ですね。理由を伺っても宜しいですか?」


「ディアン様……」


 ディアンの声は本当にただの好奇心から知りたいといった調子なのだが、アポルオンは感動のあまり目に涙を溢れさせた。


「あの剣が……あのセルショナードの王が持つ剣が本来の力を取り戻したからなぁ。うちら魔族にはきついわ。力のない魔物やったらあっという間に消滅してしまうくらいや。うちやメレフィスはちゃんと契約に従ってここにおるから平気やけど、アホはなぁ……」


 人間との契約を持たない魔族が森から出る事は本来許されない。

 それはヴィシュヌがユシュタルより授けられた剣――封魔の剣を手に人間を脅かす魔族を討ち破った時より定められた掟。

 しかし、長い年月を経て、剣はその効力を失いかけていた。

 それが、リコが手にした事によって再びその力を取り戻したのだ。

 封魔の剣は掟を破る者達を――押しかけ魔族のアポルオンを戒める。


 魔族に伝わる話をリリアーナから聞いたディアンは、慈愛に満ちた笑みを浮かべてアポルオンに向き直った。


「ディアン様……あの……」


「なるほど……やはりあなたはアホで間違いないと言う事ですね」


 期待した言葉とは少し違うが、それでもついに契約を決意してくれたのだろうかと、ディアンへとアポルオンは駆け寄ろうとした。

 が、その目の前に突如レナードが現れた。


「すまない! 遅くなってしまった!!」


「ぎゃ!! 突然現れんじゃねえ!! 少しは空気読めよ!! このバカレナード!!」


「な!? お前に空気読めとか言われたくないわ!! このアホ魔族が!!」


 そして始まったいつもの低次元な争い。


「うるせえ!! お前なんかリリーに喰われちまえ!!」


「バッ――!!」


「ちょっとぉ、うちを巻き込まんといてや。それにレナードのは、うちには毒にしかならんから無理やわぁ」


「え……」


「ブハッ!! 振られてやんの!!」


「ア、アホか!!」


「――レナード、アポルオン、もうそれくらいにして下さい」


 いつまでも終わりそうにない醜い諍いに呆れたジャスティンが、大きく溜息を吐いて止めに入り、やっとその場が治まった所で、ディアンが嬉しそうにレナードに話しかけた。


「レナード、アポルオンは遂に自然に還るらしいですよ? メレフィスに最期のお別れをさせてあげましょう」


「いいえ!! ディアン様、俺は森へなんて帰りませんからね!!」


「いや……そういう意味なのか? それ……」


 状況は今ひとつ理解できなかったが、それでも二人の言葉が食い違っている事だけは理解できたレナードだった。



*****



 その後、魔族達をジャスティンの執務室に残して、レナード、ディアン、そしてジャスティンはその隣室で彼らを待っていた。

 契約を交わした魔宝に宿る魔族は契約主からあまり離れては、その姿を現す事が出来ないらしい。

 そんな魔族達が主に無理をさせてまで話し合わなければいけない事は何なのか、気にならない訳ではなかったが、追求する事はしなかった。

 レナードもジャスティンも己に仕えてくれる魔族を信用している。

 例えそれが、創世の時代には人間と対立していた存在だったとしても。


「――ああ、確かにここの所は『森』近くの魔物の出現がないらしい。先程、その報告が届いたんだが……そうか、ヴィシュヌの剣か……」


 セルショナードの宝剣の事を聞いたレナードは納得したように呟いて黙り込んだ。

 確かに、リコの佩いていた剣からはとても強い力を感じたが、それがアポルオン程の力を持った魔族にまで影響を及ぼすとは思ってもいなかった。

 この先、アポルオンをどうするつもりなのか気にはなるが、ディアンの考えている事がさっぱり読めないレナードは結局考える事を止めた。ディアンはいつも大きく間違えた手段を取るが、結果を間違えた事は今まで一度もないのだから。

 やがて、ノックもなしに部屋の扉が大きく開くと、リリアーナが飛び込んで来た。


「お待たせやわぁ、ジャスティン様。わがまま言うてごめんなぁ?」


「いいえ、構いませんよ」


 またまた絡みついたリリアーナの手足を優しくほどきながらジャスティンは柔和に微笑んで応えた。


「ディアン様!! 俺は絶対、死んでもディアン様から離れませんからね!!」


 リリアーナの後に入って来たアポルオンの迷惑な宣言に、ディアンは爽やかに微笑んだ。


「そうですか? では、まず死んでみましょう」


「ちょちょちょっ!! ちょっと待って下さい!!」


 その右手に氷塊のようなものを浮かび上がらせたディアンを見て、今度は傍から見ても分かる程にアポルオンはその顔色を悪くして後じさった。


「ディアン!! ここでそれを発動させるな!!」


「………」


 慌てるレナードに無言のメレフィス、それを呆れた様子で見るジャスティンとリリアーナと、あっという間に部屋は騒がしくなる。

 が――


 ハッと魔族たちが何かに気付いて、急にその姿を消した。

 と同時にレナード、ディアン、ジャスティンは、王宮の異変を感じ取った。

 そこに王宮を揺るがす程に大きな音が鳴り響く。

 しかし、三人はまるで金縛りにあったかの様に身動きが出来ず、その場に留まるしかなかったのであった。




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