94.応答せよ。
「リカルド……そなたは何をどこまで知っている?」
二人きりになった会議室は急にその広さを増した様に思われるほどに、ルークの冷たい声が静寂の中によく響いた。
「フランツィスクス殿下がサンドル王国で匿われ、生き延びられてからセルショナードに現れるまでに何を為されていたのかを述べられる程には」
「……姉上は、そなたに何を語られたのだ?」
「――さあ、それは……母上の言葉はまるで詩のように曖昧で、まともな意味を成さないものが多かったので。ですが、殿下の生存は一つの鍵となりました」
母の予言についてルークが触れた事に僅かに動揺しつつも、リコは正直に答えた。
「どのような?」
「それを申し上げる前に一つ確認したいのですが……陛下はハナが一体何者なのかご存じなのですか?」
「……いや」
ルークの返事を聞いたリコは驚いて目を見開いた。
「何者かもわからないのに傍においたのですか?」
「それが問題なのか?……では、そなたは知っているのか?だからセルショナードでハナを助けたのか?」
「――いいえ、それは私にもわかりません。最初はただ母の言葉に半信半疑ながら従ったにすぎないのです。母は『闇夜で迷うマグノリアの小鳥を助けて』とだけ。それがハナの事なのかどうかも確証のないままに。ですが――いえ、とにかく確かにハナが何者かは問題ではない。問題はハナの力です」
「………」
核心に迫ろうとするリコの言葉にルークは黙り込んだ。しかし、リコは焦燥も露わにルークへと詰め寄る。
「陛下、あなたにはわかるはずです。私の中に未だ残るハナの力が。私に施されていた父上の呪を解いたのは、この力です。これは『癒しの力』などという生易しいものではない。恐らく、たった一滴にもならない程の僅かなハナの血……それが私の中で力となり父上の――父上程の力を持つ者の呪を解いてしまった。そればかりか、枯渇しかけていた私の魔力を解放された『器』いっぱいに満たしてしまったのです。その力はハナの歌声どころではない」
真っ直ぐに見つめるリコの眼差しの強さに、ルークは思わず目を逸らしてしまった。
ルークも以前から薄々は気付いていたのだ。
だが確信したのは、あの――セルショナードから戻った花に口づけた時、その口腔内にあった傷を舐めた時だ。かすかに滲んでいた花の血は力となり、無理をした為に魔力の消費が激しかったルークを一瞬で癒してしまった。
それは花の精神の中で感じた光にも似てとても心地よく、そしてあまりに強いものだったのだ。
その事実にルークは慄然とした。
しかし、不安そうに見上げる花に気付いて、慌てて全ての感情を抑えて取り繕いはしたのだが……。
「ご心配なさらなくても、私はハナに口づけ以上の事はしておりませんよ」
「……わかっている」
苦笑するリコの声に我に返ったルークは、顔を顰めて答えた。
「その口づけさえも、指輪を作り出すまでです」
その言葉にルークは訝しげな視線をリコへと向けた。
「あの時――父上の呪に苦しんでいた時、ハナは私に………噛みついたんです」
「……は?」
「ハナは私の胸元に――」
「いや……ちょっと待ってくれ……」
思わずルークはリコの言葉を遮ってしまった。
今聞いた言葉が信じられない。というか出来れば信じたくない。
「――苦しみのあまり掻きむしって出来た傷からどうも……ハナの唇に滲んでいた血が私の体内に入った様ですね」
「……何をやってるんだ、ハナは……」
「………」
「………」
花を理解するのはやはり無理だと悟ったルークの諦めを含んだ呟きを最後に、その場には微妙な沈黙が落ちた。
が、気を取り直したらしいリコは、再びその眼差しに強い意志を宿してルークを見据えた。
「とにかく……ここ最近の王宮での騒動は私も聞き及んでおります。いよいよ、あの――サンドルの王太子が動き出したと」
ルークもまたいつもの様に感情の窺えない無表情な顔に戻っていた。
「私が言える立場ではありませんが、間違ってもハナが奪われる様な事があってはなりません。もしあの力の事が洩れる様な事があっては……」
リコの言葉によって引き起こされた醜く渦巻くさまざまな感情を、ルークは固く目を閉じて抑え付けた。
そして再び開いたその瞳は凍りそうなほどに冷たいものだった。
「サンドルの血か……」
「全ての始まりも、そして終わりも」
吐き捨てる様に呟いたルークの言葉に、リコは母の最期の言葉を以って応えた。
そうして二人の話し合いは、途中からディアン達を交えて深夜にまで及んだのだった。
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「ハナ、先に休んでいろと言ったはずだが」
夜もかなり深まった頃、まだ起きて書物机に向かっている花を見てルークは眉を寄せた。
だが、ルークの言葉を気にした様子もなく、花は振り向いて微笑んだ。
「もうそんなに遅い時間ですか?……絵の練習に夢中になっていたので気付きませんでした」
花の手元には何かの図鑑らしき物と描きかけの……何かがあった。
「……そうか」
それを覗いたルークは毒気を抜かれたような声で小さく頷くと、立ち上がった花を抱き寄せた。
しかし、ルークはそれきり何も言わず、右手を花の頬に添えてジッと見下ろすだけ。
「ルーク?」
不思議に思って呼びかけた花の頬を、ルークはいきなりつまんだ。
「ふょっ!?」
驚く花を無視して、ルークはそのまま黙り込んでしまう。
「……………リゥーク、いたいでひゅ」
暫く我慢していた花だったが、さすがにジワリと痛みだしたので抗議の声を上げた。
すると、ルークはハッとして慌ててその手を離した。
「ああ、すまない……」
謝罪の言葉を口にしたルークは、赤くなった花の頬を優しく撫でながら治癒魔法を施すのだが、何故か花を見つめたまま再び黙り込んでしまった。
「……ルーク、大丈夫?」
常ならぬ態度のルークに、花は心配になって問いかけた。
「ハナ……」
「はい」
交渉が上手くいかなかったのだろうか? 何かよくない事が起こったのだろうか? と、花は覚悟を決めてルークに返事をしたのだが。
「何をやってるんだ、お前は……」
「え?……あれ? 私ですか?」
呆れた様に呟くルークの問いが突然すぎて、その意図がわからない。
「ええ……」
訳がわからないまま、それでも一生懸命に答えを考えていた花をルークは抱き上げた。
「ルーク!?」
「もう休むぞ」
「ええ!? 私の答えは――」
結局、花の答えはルークの唇に塞がれ、何が何だかわからないまま花は朝を迎える事になったのだった。