10.既成事実はいりません。
「そなたは私の側室となった」
「はい?」
何となく、そんな気はしていたけれど……やはり、ルークの口からはっきりと聞くと、驚いてしまった。
――― 何で!? 何で私を側室に? どう見ても、女に不自由はしていないよね? さっぱりわからない。
自慢じゃないが、花の容姿は十人並みだ(本当に自慢じゃない)。自分の容姿で誇れる所と言えば、腰までのサラサラな真っ直ぐの黒髪と肌の色が白いくらいで、色白で七難隠して十人並みというわけだ。
驚いて固まっている花を見て、満足そうに笑ったルークだった。
「側室と言っても、本当の側室を望んでいるわけではないから安心しろ。まあ、抱いてほしいと言うなら、抱いてやるが?」
「結構です!!」
驚きから立ち直った花は、続いたルークの言葉をキッパリと拒絶した。
それにまた、楽しそうにルークは笑う。
――― くそ! 人をからかって楽しんでる!! やっぱりいじめっ子だ!
……まあ、元々バカボンとも目を瞑ってするつもりだったから、やれと言われれば出来ますよ?
というか、寧ろ目を開けていたい! この超絶美系のあんな姿や、あんな顔を見てみたい!! でもそれは、ただの好奇心なだけだから。
やっぱり乙女としては愛する人としたいんです。あのバカボンにだって、きっと何らかの愛情を持てるだろうと思ってたからだし。何らかの愛情をね……無理だったけど。
「まあ、表向きだけとは言え、私の側室になるからには色々と苦労をすると思う。これらは、それに対する対価だと思ってくれ」
そう言って、ルークはドレスや部屋を手のひらで指し示す。
――― 対価ねえ……。
「ここは後宮の中ということですよね?」
「ああ」
「では、私はこれから、他の皆様方とのドロドロ泥仕合をしなければならないんですね?」
ニッコリ微笑んで、花は言ったが。
「いや、その必要はない。ここには、そなた以外の妃はいないからな」
その言葉に花は目をむく。
――― ええ!? こんな美形の皇帝に一人もお妃様がいないの?……それって、まさか……。
「いや……別に私は不能でもなければ、男色家でもない」
「え? 何で私の考えてた事がわかるんですか!?」
「考えてたんだな」
「う」と言葉に詰まった花に、ルークは嘆息して続けた。
「私は人に触れられるのが好きではない。特に女に触れられると虫唾が走る」
――― そ……そこまで言うか。でもまあ……。
「要するに、周りに牽制するためなんですね?」
「ああ」
そこまで聞いて花は次の質問をするか、少し躊躇した。あれだけ飲んだのに喉が渇き、紅茶を口に含む。
そうして勇気を出すと続けた。
「で、私は命を狙われる可能性があるんですね?」
その言葉に二人は驚嘆した。
花に護衛をつけたのは、もちろんその可能性が十分に考えられるからだ。だが、本人に指摘されるとは思いもよらなかった。
「念の為だ」
「念のため……」
花は考え込むように呟く。
「私の護衛をして下さるのは、ジョシュとカイルの二人だけですか?」
「……怖いか?」
護衛を増やして欲しいとの発言だろうかと、ルークは訊いた。
「いえ……いえ、それはやっぱり怖いですけど。ただ、命を狙われるかも知れない私の護衛となると、一日中ずっと付かなければいけないですよね? それなのに二人だけというのは、彼らの負担が大きいんじゃないですか?」
かなり的を射た質問には、今までずっと黙っていたレナードが答えた。
「もちろん、二人だけだと到底無理だ。ただ、急な事だったので、身辺のしっかりしている者を選ぶ時間がなくてな。とりあえず、あの二人は間違いないので騎士団から急遽選出したんだ。もちろん、セレナとエレーンについても保証はできるから安心してくれていい。」
――― 騎士団……あの二人は騎士なんだ。と、言うことは昨日の二人も騎士か……おお! なんだか、かっこいいなぁ。もちろん剣士っていう響きもワイルドでいいけどね。でも騎士って言うと、高潔な感じでいいな。
「これから早急に選出するから、問題はないよ」
花はまったくどうでもいい事を考えてしまっていたが、続くレナードの言葉に我に返る。
「お手数をおかけ致します」
そう言って頭を下げた花に、レナードは苦笑する。
「いや……寧ろ、こちらの都合で、危険に晒してしまう事を謝らなければならない。すまない。ルーク、お前も謝れ」
しかし、ルークはレナードの言葉を無視して話を戻した。
「実際、そなたに護衛が付くのは昼間だけだから……六人もいれば十分だろう」
「えっ? 昼間だけですか?」
――― 普通、夜の方が危険じゃないのかな?
紅茶で喉を潤しながら、考えた花だったが、その疑問にルークはニヤリと笑って答えた。
「夜は私と寝るのだから、必要ない」
ブフッー!!
花は口に含んだ紅茶を、今度は盛大に吹き出した。……目の前に座る、ルークに向かって。