1.面倒くさがりも程々に。
初めて小説を書きます。拙い文章で申し訳ありません。
ただただ、自己満足の内容なので、深い心理描写などない、ご都合主義の話であることをご了承ください。
――― 『吾輩は猫である』……違うな……正確には『私は猫かぶりである』かな。
小泉花は自宅の居間にあるソファに腰掛け、大層な装丁のA四判の一枚の写真を見ながら心の中で呟いた。
――― っていうか『花』って!! 今時、『花』って名前はどうなの!? 世間には可愛い名前が溢れ返ってるというのに、『鼻』って!! あ、変換間違えた。でも、まあ……お兄様の名前の『太郎』、弟の『次郎』よりはマシかな……お父様のネーミングセンスが最悪なのは確かだけど。
手元にある写真を凝視したまま、次から次へとまったく関係ない思考を巡らせる花の耳に父の声が入って来た。
「まあ……少し花よりは年上だが、誠実な方だと聞き及んでいる。家柄も申し分ないし、何より将来はあの桜庭グループの総帥だ。花は今以上に何不自由ない生活ができるぞ」
嬉々として言う父の顔を窺いながら花は口を開いた。
「……それで、お会いするのはいつなのでしょうか?」
――― 少しって!! 少し年上って!! 十八歳年上は少しですか?
「今度の日曜日だ」
「そうですか……でもお父様、私はまだ学生ですし、あと二年も卒業までありますが? それにできたら海外に留学したいとも考えております」
――― 今度の日曜って……私の都合は丸無視なの!?
「先方は大学卒業までは待って下さるそうだ。留学は……諦めろ。留学などしなくても好きなように海外へ旅行に行けばよいではないか」
「……わかりました」
――― 結婚は決まり!? それもそうか、桜庭グループと縁故関係ができれば小泉商事も安泰だもんね。この様子だと、結婚式の日取りまで決まってるんじゃないの? というか、今以上に何不自由ない生活って……今、不自由だらけなんですけど!! 何が一番不自由してるかって……そう、それは『愛』!!
ベタすぎるってことはわかってますが、愛が欲しいわけです。『真実の愛』ってやつが。別に、恋人からの愛を求めてるわけじゃない……ただの『家族愛』でいいのに。娘として両親には大事にされてるし、確かに物質的に不自由したことはないけど。まあ、うちは元華族の所謂『旧家』というやつで、曾祖父の代からの事業も上手くいってるお金持ちってやつだから。幼稚舎から大学までは名門のお嬢様学校とやらに通わせてもらい『箱入り』に育ててもらいました。でも、十八歳も年上の『これ』に売り渡すのかと思えば、『愛』っていうより『投資』でしたね、はい。
花は手元の写真に視線を落とし、嘆息した。
それに気付かなかったのか無視しただけなのか、花の父親はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、「会社に行ってくる」と言って、居間から出て行ってしまった。
「いってらっしゃいませ」
花は立ち上がり父親を見送ると、持ったままだった写真……見合い写真を釣書と共に小脇に抱えて居間を出た。すると父親を見送った母親が心配そうな視線を向けてきたが、気づかないふりをして部屋に戻り、大学用の通学カバンを取り上げると急いで玄関を飛び出した。
――― 心配はしても、夫に逆らってまでの行動はしないか……『母親の愛』もそんなものですよね。
「行って参ります!」
少し投げやりな口調になってしまった。
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「で、これなの?」
「そう、それなの」
花は大学のカフェテリアの一つのテーブルに座り、向かいに座る唯一と言っていい親友の立花沙耶の端的な質問に端的に返した。
二人の間のテーブルには今朝、父親から渡された見合い写真と釣書が広げられている。
「身長百七十一センチってあるけど……どう見ても百七十センチないと思うけど……ってか、百六十五センチあるかどうか怪しくない?」
「まあ、シークレットブーツ履けば私よりは背が高く見えるんじゃないかな?」
「……花がヒール履かなければね」
花の身長は百六十四センチである。
「禿げてるし……」
「まあ、桜庭グループの重役なんて気苦労が多いんじゃない?」
「……太ってるし……」
「まあ、ストレスで食べすぎたのかもね?」
「しかも、三十八歳って……例え外見が悪くても桜庭グループの跡取りってだけでいくらでも女が寄ってきそうなのに、未だに独身って性格やら他にもかなり問題があるんじゃない?」
「もう! 沙耶ったら!! さっきから酷いことばっかり言って!! 例えチビでハゲでデブの三重苦でも……ううん、三重苦だからこそ性格はいいはずだよ!! じゃなきゃ人間としてどうよ? って話だもん。やっぱ性格が一番大事だよ、うん。未だに独身なのはきっと忙しすぎて婚期を逃したてたんだよ!!」
「いや……あんたの方がよっぽど酷いこと言ってますけど……まあ、それはいいけど。その言い様だと本気でこの話受ける気なの?」
「受ける気っていうか、断るの面倒です」
「いやいや、面倒ってあんた! 一生の問題だよ!? これとキスできるのか!? セックスできるのか!?」
「……目を瞑ればできると思う」
「バカだ……ここにバカがいる」
「私は音楽があれば、それでいいの。これと結婚してもきっと音楽は続けられるから」
「そもそも、結婚相手のことを『これ』って呼んでる時点で問題だと思うけど……あんたはホント音楽バカって言うか……あ、やっぱりバカなのか……しかし……これはないでしょ? 花なら音楽が続けられる結婚相手なんていくらでも見つけられるでしょうに」
「でも、お父様からのお話だからもう決定事項だと思う。逆らうの面倒だから。音楽に関係する以外の面倒は引き受けたくない」
「あんたの面倒くさがりも大概だよね……面倒だからいい子ちゃんを演じてるんだもんね」
「いい子ちゃんでいると楽だから。嫌な事があっても、心の中で悪態ついとけばスッキリするし。まあ、家族も先生も友達も上っ面の私しか見てないってことだよね。あ、沙耶は違うよ? 唯一本心を語れる心の友だもん」
「心の友って……まあ、あんたの心の中にはブラック花が棲んでるよね。上手に猫かぶってるけど……みんなこの猫かぶりに騙されてるよね」
「いやいやいや、羊の皮を被った女豹の沙耶さんには負けます」
「女豹かよ……」
「あら、女豹さん。次の授業が始まりますわよ。私は第三ピアノ室ですのでこれで失礼致しますわ。ごきげんよう♪」
「……猫かぶり姫め」
そうして二人はそれぞれのレッスン室へ向かった。
二人とも音楽科のピアノ専攻の三回生である。恐らく面倒くさがりな花でもこのエスカレーター式の大学に音楽科がなければ、父親を説得して音楽科のある大学へ外部受験したであろう。それほどに音楽は花にとって大事なものだった。