地味魔法少女、何もしてないのに敵組織が猫アレルギー撲滅財団になった
「いいか少女よ、選ばれし者よ。 世界を救う刻が来たのニャ!」
放課後の路地裏。
夕暮れの街に響いたのは、印象に残りにくい薄い声だった。
高校生の水泡は硬直した。
「だれ?」
声の主を探して視線を下げる。
そこにいたのは、小汚いキジトラの野良猫だった。
「…えっ、猫?」
「フッ、我は聖なる導き手。 お前を魔法少女にスカウトしに来たニャア」
「待って、なんで猫がしゃべってんの?」
「問題ニャい」
「問題しかないでしょ!」
ヤレヤレと言わんばかりの気配が、猫から漂う。
「我の声はお前にしか聞こえん。 他の者には普通の猫の鳴き声に聞こえてるのニャ」
そのとき、通りすがりの女子高生が猫に気づいた。
「わ、猫ちゃん!」
「ニャ~ン♡」
彼女がしゃがみ込むと、キジトラは可愛い声を出して、差し出された手にスリスリした。
ひとしきり猫をなで回した女子高生が去る。
「…、二重人格?」
「否、営業努力ニャ!」
「大変なのね…」
それでもミナワは、『魔法少女』という言葉に少しだけ胸を躍らせてしまった。
子供のころ、テレビで見た魔法少女。
華やかなフリルのドレス。
キラキラ輝くステッキ。
可愛い変身ポーズ。
そして、豪快な必殺技。
「世界のためなら…私、魔法少女になる!」
「契約成立ニャン!」
猫が前足を掲げる。
「唱えよ! マジカル・チェンジニャ!」
ミナワは猫に続いて『マジカル・チェンジ』と唱えて、目を閉じた。
光のエフェクト、舞い散る花びら、アップテンポで躍動感あるシンフォニー。
そして――。
「これが…私の、魔法少女の姿!」
ミナワはゆっくり目を開け、自分の身体を見下ろした。
紺色のブレザー。
指定のチェック柄スカート。
いつもの通学用スニーカー。
ずっしりと肩にかかる教科書の重さ。
「…? ……?? 何が変わったの?」
「左腕ニャ」
見ると、左腕に紺色の腕章が巻かれていた。
ブレザーと全く同色。
変身前からそこにあったと言われても信じるほど、違和感がなく地味だった。
「腕章? なんで!?」
「その腕章の内側を見るニャン」
ミナワが腕章をめくる。
白い裏地に、油性ペンで雑に『まほうしょうじょ』と書いてあった。
「内側!? 誰にも見られないじゃない!?」
「敵に見せぬためニャからな」
「じゃあ何のために書いたの!?」
「魔法少女である証だニャ」
「敵に見せられないなら、証明できないじゃん!」
猫は満足そうに尻尾を振った。
「これこそがお前の魔法――『万物融和』ニャア」
「名前だけは強そう!」
「周囲のどんなものにも溶け込める、超絶優れものニャン」
猫がエッヘンと胸を張る。
「…それだけ?」
「ああ」
「攻撃魔法は?」
「ニャい」
「飛べる?」
「飛べニャい」
「魔法少女の概念、一から勉強しなおしてこいや!」
◇
数日後、町に悲鳴が響き渡っていた。
「やめろおぉぉ! 我が家の親父をちゅ~るの容器にするなー!!」
「黙れ人間! 全世界は猫ちゃんのためにある! そこのジジイは動きが遅すぎだ! 猫様がちゅ〜るを待てずにガブガブ噛んじゃってるだろ! 早く絞り出さんかーーッ!!」
街中を、怪しげな男たちが猛ダッシュしている。
手にはそれぞれ、特大のちゅ~る、キャットタワー、猫ちぐらなどを振りかざして、大暴れしていた。
「我々が保護してやるぞぉぉ!」
「安心しろ! 三食カツオ節付きだ!」
さらには公道に勝手にフェルトマットを敷き詰め、人間の交通網を麻痺させている。
「ひえっ、ヤバい奴ら!」
ミナワは慌てて路地裏へ逃げ込んだ。
しかし、路地裏こそ猫のたまり場。
敵の戦闘員らしき男たちがウジャウジャ湧いていた。
「隠れる場所がない!」
ミナワは近くにあった壁際で、清涼飲料水の自動販売機に姿を変えた。
――シュン。
次の瞬間、男たちが走りこんできて、自販機の前に陣取った。
「猫ちゃんを見失ってしまった…、んっ? こんなところに自販機あったか?」
「自販機の下は猫ちゃんスポットだ。 確認が必要だな」
ゴツい戦闘員たちが一斉に自販機の足元を覗き込む。
(やめてぇぇぇ! 自販機の隙間を覗かれてるだけなのに、なんかものすごく嫌!!)
やがて敵たちは諦め、自販機を背もたれにして話し始めた。
「まあいい、ここで作戦会議だ」
(えっ)
「本日の野良猫スポット一斉摘発は順調、路地裏の五匹は確保を完遂した」
「残る猫ちゃんは、明日午後五時に本拠地へ移送する」
(本拠地!?)
「今回の搬入口は、第三公園裏の地下通路だ」
(公園に地下通路!?)
「合言葉は、『ちゅ~るは一日二本まで』だ」
(聞いた! 本拠地に入れる!!)
「よし、喉が渇いたし何か飲むか。 ちっ、五千円札しかねぇ」
一人がポケットから紙幣を取り出し、投入口へと差し込んできた。
(えっ、やばいやばい! 自販機なんてやったことないんだけど!!)
「冷たい緑茶にしておくか~」
(これ、どこから出せばいいの!?)
男がボタンを押した瞬間、テンパりまくってパニックのあまり、適当なところからブツを吐き出した。
ガコンッ!
「ん? …シジミ汁!?」
「ぶはッ、どんだけ押し間違えてんだ」
「いや、そんなはずは! なんだこの自販機!」
焦った男が商品パネルを見た。
そこにはズレた印字で『たか~い』と表示されていた。
「…『たか~い』? おい見ろ、『あたたか~い』じゃなくて『たか~い』って書いてあるぞ!」
(しまった! 『あた』がどっかに行った!)
「なにっ!? しじみ汁一本で五千円も取る気か!? ボッタクリ自販機じゃねえか!」
「返金しろー!」
(返金の仕組み知らないんだけど!!)
自販機を使った男が、釣銭レバーを激しくガチャガチャする。
(やめてーっ! そこお腹だからっ!)
必死にカバンから財布を引っ張り出し、返却口の隙間から小銭と紙幣を押し出した。
「なんだ、返ってきた。 ぴったり四千八百五十円だな」
(私の四千八百五十円!)
男たちは首をかしげながら去っていった。
ミナワは自販機の姿のまま、静かに決意した。
(二度と自販機になるものか!)
◇
翌日、ミナワは第三公園裏へ向かった。
もちろん、魔法で壁になったり、ゴミ箱になったりする必要はない。
そこにいた人に声をかける。
「今日からボランティアに来ました」
「はい、ありがとうございます。 合言葉をお願いします」
「『ちゅ~るは一日二本まで』」
「『昨日よりかわいい』。 はい、では研修を受けていただく前に、ボスを紹介しますね」
普通に通った。
そして敵の本拠地は、思っていたより普通だった。
猫たちが思い思いに日向ぼっこするサンルーム。
清潔な猫用トイレの多数設置。
複雑な組み合わせの巨大キャットタワー。
そして大量の猫。
「ワー、ネコチャンカワイイナァー」
ミナワはエプロン姿で空気を読んだ。
「君が今日から入るボランティアかね?」
「はい! よろしくお願いします」
「ではボスに挨拶してもらおう」
案内された先には、重厚な玉座に座る眼光の鋭い大男。
その膝の上には、あのキジトラがいた。
小汚さがすっかり消え、別猫のような毛艶になっていた。
猫はミナワを見ると鳴いた。
「ニャ~ン♡」
(営業モードだ)
「聞け、我が配下たちよ」
ボスが立ち上がり、猫を抱き上げる。
「我々『デストロイ』の目的はただ一つ!」
猫の頬を撫でると、猫がゴロゴロ喉を鳴らす。
「世界中の猫ちゃんを、人間の魔の手から救い出す!」
「おおおおお!」
部下たちが歓声を上げる。
「これこそ我らの! 極限猫ちゃん保護計画だ!」
ボスが猫を抱きしめる。
「おおおおお!」
感動的な空気。
――そのとき。
「ハックションッ!」
「…?」
ボスの鼻が赤い。
「ボス?」
「…なんでもない」
「ボス、目が赤いし、鼻水が…」
「なんでもない! ップシュン! なんでもないと言っている!」
抱きしめている猫が鳴く。
「ニャ~ン♡」
「ハックション!!」
ボスの顔がさらに赤くなる。
「ボス! まさか!」
ボスは猫を抱きしめる。
「私は…猫ちゃんを愛している!」
「はい!」
「この程度の鼻水! 目のかゆみごときで!」
「はい!」
「猫ちゃんへの愛が――ハックション!!」
くしゃみ直撃の衝撃で、猫が飛び上がった。
「シャーーッ!」
そしてボスの顔面を一撃。
「あばぶっ!?」
猫はミナワの足元へ逃げてきた。
ボスは呆然と猫を見つめる。
「…、猫ちゃんに拒絶された」
「違います。 アレルギーです」
「同じことだ! 私は猫ちゃんのために生きてきた!」
ボスの目から涙がこぼれる。
「なのに! 猫ちゃんは私に触れることすら許さないっ!」
ミナワは思わず口を挟んだ。
「いや、猫は何も考えてないと思いますけど」
「黙れ! 猫ちゃんの気持ちが分からぬ者に何が分かる!」
「いや、あなたも分からないですよね?」
「……」
ボスはしばらく黙り込んだ。
そして静かに立ち上がる。
「決めた」
部下たちが息を呑む。
「我々『デストロイ』は…本日をもって解散する」
「「「えええええええ!?」」」
「そして生まれ変わる!」
ボスは涙と鼻水を拭った。
「猫ちゃんアレルギー撲滅財団だ!」
「「「ボスーーーーーッ!!」」」
なぜか部下たちが号泣する。
「未来の猫ちゃん好きたちを、私のような悲劇から救うのだ!」
「はい!」
「猫ちゃんを愛する者が、猫ちゃんを抱ける世界を作る!」
「はい!」
「医学で猫ちゃんと人類の未来を!」
感動の嵐。
その片隅で、ミナワは呆然としていた。
足元ではキジトラが毛づくろいをしている。
「私、何もしてないんだけど」
猫がミナワを見上げる。
「フッ。 お見事だ、魔法少女よ。 戦わずして悪の組織を壊滅ニャせるとは」
「どこが!? 勝手に転職しただけじゃん!」
「世界に平和をもたニャした」
「私の魔法少女生活、自販機になっただけで終わりっ!?」
「それも立派な魔法少女の戦いだニャン」
「絶対違う!」
ミナワは左腕の腕章をめくった。
内側には相変わらず、『まほうしょうじょ』と書いてある。
「…これ、誰にも見せる機会なかったんだけど」
「ニャ~ン♡」
猫が鳴いた。
「お前はもういいよ!!」
こうして世界は、猫アレルギーによって救われた。
なお、彼女の魔法少女としての功績を知る者は、最後まで誰一人いなかった。




