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地味魔法少女、何もしてないのに敵組織が猫アレルギー撲滅財団になった

作者: 紫のカラス
掲載日:2026/09/20

「いいか少女よ、選ばれし者よ。 世界を救う刻が来たのニャ!」


放課後の路地裏。

夕暮れの街に響いたのは、印象に残りにくい薄い声だった。

高校生の水泡(ミナワ)は硬直した。


「だれ?」


声の主を探して視線を下げる。

そこにいたのは、小汚いキジトラの野良猫だった。


「…えっ、猫?」


「フッ、我は聖なる導き手。 お前を魔法少女にスカウトしに来たニャア」


「待って、なんで猫がしゃべってんの?」


「問題ニャい」


「問題しかないでしょ!」


ヤレヤレと言わんばかりの気配が、猫から漂う。


「我の声はお前にしか聞こえん。 他の者には普通の猫の鳴き声に聞こえてるのニャ」


そのとき、通りすがりの女子高生が猫に気づいた。


「わ、猫ちゃん!」


「ニャ~ン♡」


彼女がしゃがみ込むと、キジトラは可愛い声を出して、差し出された手にスリスリした。

ひとしきり猫をなで回した女子高生が去る。


「…、二重人格?」


「否、営業努力ニャ!」


「大変なのね…」


それでもミナワは、『魔法少女』という言葉に少しだけ胸を躍らせてしまった。

子供のころ、テレビで見た魔法少女。

華やかなフリルのドレス。

キラキラ輝くステッキ。

可愛い変身ポーズ。

そして、豪快な必殺技。


「世界のためなら…私、魔法少女になる!」


「契約成立ニャン!」


猫が前足を掲げる。


「唱えよ! マジカル・チェンジニャ!」


ミナワは猫に続いて『マジカル・チェンジ』と唱えて、目を閉じた。

光のエフェクト、舞い散る花びら、アップテンポで躍動感あるシンフォニー。

そして――。


「これが…私の、魔法少女の姿!」


ミナワはゆっくり目を開け、自分の身体を見下ろした。

紺色のブレザー。

指定のチェック柄スカート。

いつもの通学用スニーカー。

ずっしりと肩にかかる教科書の重さ。


「…? ……?? 何が変わったの?」


「左腕ニャ」


見ると、左腕に紺色の腕章が巻かれていた。

ブレザーと全く同色。

変身前からそこにあったと言われても信じるほど、違和感がなく地味だった。


「腕章? なんで!?」


「その腕章の内側を見るニャン」


ミナワが腕章をめくる。

白い裏地に、油性ペンで雑に『まほうしょうじょ』と書いてあった。


「内側!? 誰にも見られないじゃない!?」


「敵に見せぬためニャからな」


「じゃあ何のために書いたの!?」


「魔法少女である証だニャ」


「敵に見せられないなら、証明できないじゃん!」


猫は満足そうに尻尾を振った。


「これこそがお前の魔法――『万物融和(ステルス・フェイク)』ニャア」


「名前だけは強そう!」


「周囲のどんなものにも溶け込める、超絶優れものニャン」


猫がエッヘンと胸を張る。


「…それだけ?」


「ああ」


「攻撃魔法は?」


「ニャい」


「飛べる?」


「飛べニャい」


「魔法少女の概念、一から勉強しなおしてこいや!」


◇


数日後、町に悲鳴が響き渡っていた。


「やめろおぉぉ! 我が家の親父をちゅ~るの容器にするなー!!」


「黙れ人間! 全世界は猫ちゃんのためにある! そこのジジイは動きが遅すぎだ! 猫様がちゅ〜るを待てずにガブガブ噛んじゃってるだろ! 早く絞り出さんかーーッ!!」


街中を、怪しげな男たちが猛ダッシュしている。

手にはそれぞれ、特大のちゅ~る、キャットタワー、猫ちぐらなどを振りかざして、大暴れしていた。


「我々が保護してやるぞぉぉ!」


「安心しろ! 三食カツオ節付きだ!」


さらには公道に勝手にフェルトマットを敷き詰め、人間の交通網を麻痺させている。


「ひえっ、ヤバい奴ら!」


ミナワは慌てて路地裏へ逃げ込んだ。

しかし、路地裏こそ猫のたまり場。

敵の戦闘員らしき男たちがウジャウジャ湧いていた。


「隠れる場所がない!」


ミナワは近くにあった壁際で、清涼飲料水の自動販売機に姿を変えた。


――シュン。


次の瞬間、男たちが走りこんできて、自販機の前に陣取った。


「猫ちゃんを見失ってしまった…、んっ? こんなところに自販機あったか?」


「自販機の下は猫ちゃんスポットだ。 確認が必要だな」


ゴツい戦闘員たちが一斉に自販機の足元を覗き込む。

(やめてぇぇぇ! 自販機の隙間を覗かれてるだけなのに、なんかものすごく嫌!!)

やがて敵たちは諦め、自販機を背もたれにして話し始めた。


「まあいい、ここで作戦会議だ」


(えっ)


「本日の野良猫スポット一斉摘発は順調、路地裏の五匹は確保を完遂した」


「残る猫ちゃんは、明日午後五時に本拠地へ移送する」


(本拠地!?)


「今回の搬入口は、第三公園裏の地下通路だ」


(公園に地下通路!?)


「合言葉は、『ちゅ~るは一日二本まで』だ」


(聞いた! 本拠地に入れる!!)


「よし、喉が渇いたし何か飲むか。 ちっ、五千円札しかねぇ」


一人がポケットから紙幣を取り出し、投入口へと差し込んできた。

(えっ、やばいやばい! 自販機なんてやったことないんだけど!!)


「冷たい緑茶にしておくか~」


(これ、どこから出せばいいの!?)

男がボタンを押した瞬間、テンパりまくってパニックのあまり、適当なところからブツを吐き出した。


ガコンッ!


「ん? …シジミ汁!?」


「ぶはッ、どんだけ押し間違えてんだ」


「いや、そんなはずは! なんだこの自販機!」


焦った男が商品パネルを見た。

そこにはズレた印字で『たか~い』と表示されていた。


「…『たか~い』? おい見ろ、『あたたか~い』じゃなくて『たか~い』って書いてあるぞ!」


(しまった! 『あた』がどっかに行った!)


「なにっ!? しじみ汁一本で五千円も取る気か!? ボッタクリ自販機じゃねえか!」


「返金しろー!」


(返金の仕組み知らないんだけど!!)

自販機を使った男が、釣銭レバーを激しくガチャガチャする。

(やめてーっ! そこお腹だからっ!)

必死にカバンから財布を引っ張り出し、返却口の隙間から小銭と紙幣を押し出した。


「なんだ、返ってきた。 ぴったり四千八百五十円だな」


(私の四千八百五十円!)

男たちは首をかしげながら去っていった。

ミナワは自販機の姿のまま、静かに決意した。

(二度と自販機になるものか!)


◇


翌日、ミナワは第三公園裏へ向かった。

もちろん、魔法で壁になったり、ゴミ箱になったりする必要はない。

そこにいた人に声をかける。


「今日からボランティアに来ました」


「はい、ありがとうございます。 合言葉をお願いします」


「『ちゅ~るは一日二本まで』」


「『昨日よりかわいい』。 はい、では研修を受けていただく前に、ボスを紹介しますね」


普通に通った。

そして敵の本拠地は、思っていたより普通だった。

猫たちが思い思いに日向ぼっこするサンルーム。

清潔な猫用トイレの多数設置。

複雑な組み合わせの巨大キャットタワー。

そして大量の猫。


「ワー、ネコチャンカワイイナァー」


ミナワはエプロン姿で空気を読んだ。


「君が今日から入るボランティアかね?」


「はい! よろしくお願いします」


「ではボスに挨拶してもらおう」


案内された先には、重厚な玉座に座る眼光の鋭い大男。

その膝の上には、あのキジトラがいた。

小汚さがすっかり消え、別猫のような毛艶になっていた。

猫はミナワを見ると鳴いた。


「ニャ~ン♡」


(営業モードだ)


「聞け、我が配下たちよ」


ボスが立ち上がり、猫を抱き上げる。


「我々『デストロイ』の目的はただ一つ!」


猫の頬を撫でると、猫がゴロゴロ喉を鳴らす。


「世界中の猫ちゃんを、人間の魔の手から救い出す!」


「おおおおお!」


部下たちが歓声を上げる。


「これこそ我らの! 極限猫ちゃん保護計画だ!」


ボスが猫を抱きしめる。


「おおおおお!」


感動的な空気。

――そのとき。


「ハックションッ!」


「…?」


ボスの鼻が赤い。


「ボス?」


「…なんでもない」


「ボス、目が赤いし、鼻水が…」


「なんでもない! ップシュン! なんでもないと言っている!」


抱きしめている猫が鳴く。


「ニャ~ン♡」


「ハックション!!」


ボスの顔がさらに赤くなる。


「ボス! まさか!」


ボスは猫を抱きしめる。


「私は…猫ちゃんを愛している!」


「はい!」


「この程度の鼻水! 目のかゆみごときで!」


「はい!」


「猫ちゃんへの愛が――ハックション!!」


くしゃみ直撃の衝撃で、猫が飛び上がった。


「シャーーッ!」


そしてボスの顔面を一撃。


「あばぶっ!?」


猫はミナワの足元へ逃げてきた。

ボスは呆然と猫を見つめる。


「…、猫ちゃんに拒絶された」


「違います。 アレルギーです」


「同じことだ! 私は猫ちゃんのために生きてきた!」


ボスの目から涙がこぼれる。


「なのに! 猫ちゃんは私に触れることすら許さないっ!」


ミナワは思わず口を挟んだ。


「いや、猫は何も考えてないと思いますけど」


「黙れ! 猫ちゃんの気持ちが分からぬ者に何が分かる!」


「いや、あなたも分からないですよね?」


「……」


ボスはしばらく黙り込んだ。

そして静かに立ち上がる。


「決めた」


部下たちが息を呑む。


「我々『デストロイ』は…本日をもって解散する」


「「「えええええええ!?」」」


「そして生まれ変わる!」


ボスは涙と鼻水を拭った。


「猫ちゃんアレルギー撲滅財団だ!」


「「「ボスーーーーーッ!!」」」


なぜか部下たちが号泣する。


「未来の猫ちゃん好きたちを、私のような悲劇から救うのだ!」


「はい!」


「猫ちゃんを愛する者が、猫ちゃんを抱ける世界を作る!」


「はい!」


「医学で猫ちゃんと人類の未来を!」


感動の嵐。

その片隅で、ミナワは呆然としていた。

足元ではキジトラが毛づくろいをしている。


「私、何もしてないんだけど」


猫がミナワを見上げる。


「フッ。 お見事だ、魔法少女よ。 戦わずして悪の組織を壊滅ニャせるとは」


「どこが!? 勝手に転職しただけじゃん!」


「世界に平和をもたニャした」


「私の魔法少女生活、自販機になっただけで終わりっ!?」


「それも立派な魔法少女の戦いだニャン」


「絶対違う!」


ミナワは左腕の腕章をめくった。

内側には相変わらず、『まほうしょうじょ』と書いてある。


「…これ、誰にも見せる機会なかったんだけど」


「ニャ~ン♡」


猫が鳴いた。


「お前はもういいよ!!」


こうして世界は、猫アレルギーによって救われた。

なお、彼女の魔法少女としての功績を知る者は、最後まで誰一人いなかった。


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