エルサーナ叙事詩 〜普通の人びとの物語〜 第2話 ルーラ様のささやかな挫折
ルーラ教の教えによって治める国、アイラン独立国。
この国は一体何のために存在しているのだろう。
三年前、この国の三代目教主となった時、ルーラは、そう思った。
この国は、二十二年前に建国された。
初代教主。ルーラと同じ名を持つ祖父によって。
その頃、ルーラ教の信徒は爆発的に増えていた。
その数年前から、帝国は天災が相次ぎ、世の中の景気は悪くなっていた。
三百年弱前に、草原地帯を除いた世界を、ラグーン帝国が統一して以来、歴史的にみて五本の指に入るのではという程度に、帝国内には不穏な空気が流れた。
その時代背景の中、国教をはじめとした既存宗教を批判するルーラ教。
そして身分制度の廃止を唱える思想が帝国内に広がり、その信奉者を増やした。
それに対し、帝国政府はアイラン地方を、ルーラ教の教えを元に治める独立国。
アルトハープ地方を、身分制度の廃絶、平等思想を元に治める独立国とする、と決定した。
この帝国政府の決定については、ルーラ教も、平等思想一派も、いきなりそうきたか、というのが本音であった。
だが、この決定、自信がないので、お断りいたします。というわけにはいかない。
帝国政府の決定に謝意を述べ、独立国が発足した。
一方、帝国政府にとっては、してやったりである。
この決定を最終的に承認したのは、先代の皇帝、ナル・フレデリックであった。
フレデリックは、帝国が世界を統一してから三百年弱。領土を割譲し別の国家の独立を余儀なくされた皇帝はいない。予はラグーン帝国史上、最も愚劣な皇帝と後世、呼ばれることになるであろう、との言葉を残した。
だが、この言葉の裏には、自らの懐の深さを誇る心情が込められていたことは言うまでもない。
世間もこの言葉に飛び付き、喧伝した。
帝国史上最も愚劣な皇帝、という言葉は、第七十一代皇帝、ナル・フレデリックの代名詞となった。
むろん、フレデリックが狙っていたとおり、賞賛の念を込めて。
その後、ルーラ教の教義の中で先鋭的であった部分、国教をはじめとした既成宗教の批判は、徐々に矛を治めていった。
景気はよくなり、人びとの生活は昔の豊かさを取り戻し、帝国の在り方に対する先鋭的な批判は、人びとの共感を呼ばなくなったのである。
教義のその部分を取り下げてしまえば、ルーラ教は、単に、この世界の豊かさをそのまま受け入れ、心の中の道徳律にしたがって、この現実の世界を大切に生きていきましょう、という言わば、ごく当たり前の、生き方の指針を示しているに過ぎない。
この教義で、独立国を保っていく意味があるのか。当然、そういう思潮が生まれてきたが、何といっても、一応、名君と言われている先の皇帝、フレデリックの、その代表的な業績である。
このままでいいだろう、というのが帝国の意向であった。
そして帝国民だろうが、アイラン独立国民であろうが、そのことによって暮らしの内容が変わるわけではない、
別にどうでもいい、両国民のほとんどがそう思っていた。
さて、ではアルトハープ独立国はどうだろう。
何といっても、その主張は、貴族階級、聖職者階級、騎士階級、一般民、奴隷階級と分かれる、帝国のその身分制度の撤廃である。
この主張は確かに大きな波紋を呼び、独立国発足前には、熱狂的な賛同者も生んだ。
アルトハープ独立国。そこは身分のない世界。独立国発足時には、アイランに数倍する国民が誕生した。
その思想に共鳴するごく一部の人物を除いて、貴族、聖職者、騎士階級で、アルトハープ国民となる者は、ほぼいない。
アルトハープ独立国は、一般民と奴隷階級の人たちの国。しかもアルトハープでは、このふたつの階級についても、もう身分呼称による区別はない。
だが、奴隷階級については、その階級である人びとの意識は、その階級であることを誇っている人のほうが、むしろ多数なのであった。
それは、帝国に奴隷階級が誕生した歴史的由来に関係がある。
およそ八百年前に都市国家として誕生したラグーンは、その後約五百年かけて草原を除く世界を統一したわけであるが、その過程において、原ラグーン民族に対して、特に大きな抵抗を示さず、ほぼ平和裡にラグーンに服属した民族、その庶民は一般民となった。
が、統一事業の中で幾度かの激しい抵抗、激しい戦争の末、敗れてラグーンに服属した民族もある。
それらの民族は服属後、奴隷階級とされた。
即ち、奴隷階級とは、歴史的にみて、強大なラグーン帝国に対して、英雄的な戦いを挑み敗れた民族の子孫であることの証しなのである。
今、帝国において、一般民、奴隷階級は、経済的な得失はない。奴隷階級が差別される、ということもない、
奴隷階級という呼称の廃止は、歴史的に、帝国政府から何度も提唱されたが、当の奴隷階級の人びとがこれを肯じないのであった。
景気が戻り、人びとの暮らしが再び豊かになると、アイラン同様、アルトハープ独立国も、その存在意義に対して、疑義がもたれた。
身分制度の廃絶。その言葉に共鳴する人はたしかにいた。
貴族、聖職者、騎士階級には、それなりの特権もある。が、それに伴う義務、儀礼はあったので、一般民、奴隷階級の大多数の人は、己のその身分に自足していたのである。
アルトハープ独立国が、今に至るもそのまま続いているのも、アイランと同様の理由、先代皇帝の代表的な業績であるから、なのであった。
ルーラが三代目教主になったとき、何かインパクトのある教義を新たに提唱し、アイランの存在意義を明確にしよう、そんなことを思ったこともあった。
が、結局、何も思い付かなかった。
別に今のままでいいか。無理しても、ろくなことにはならんだろう。
三代目教主ルーラ。
今は、そう思っていた。




