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星の魔法使いと失われた王国

作者: 月詠沙羅
掲載日:2026/03/21

 その王国、アステリアでは、魔法は呼吸と同じくらい当たり前のものだった。

 空には巨鳥の翼のような形をした浮遊島が点在し、夜になれば星の精霊たちが銀色の粉を撒き散らしながら天の川を泳ぐ。

 しかし、そんな幻想的な美しさも、地上で暮らすリアにとっては遠い国の御伽話に過ぎなかった。


 リアは、王国の最果てにある「灰の村」で育った。

 かつては豊かな鉱山があった場所だが、今では精霊に見放され、枯れた大地と冷たい風だけが残っている。

 精霊に見放された地を王国が見放さないわけがなく、誰からも忘れ去られてしまったのだ。

 

 彼女は今、とある湖に来ていた。村のはずれにあるので少し遠いが、誰も知らない静かな場所。

 小さい頃から訪れている場所だった。


「……また、これか」


 リアは自分の手のひらを見つめた。

 彼女の指先から漏れ出るのは、透き通った青白い冷気だ。彼女は生まれながらにして、強力な氷属性の魔力を持っていた。この村を覆う寒波は、半分は気候のせいだが、もう半分は彼女自身の制御しきれない魔力のせいでもあった。

 そのせいで、村の人々からはあまりよく思われていない。リアの親は気にすることないと言っているが、簡単にそんなことできるはずもなく。


 彼女の容姿は、この荒れ果てた村では浮いていた。冬の陽光を反射するような金色の髪と、深い森を思わせる緑の瞳。

 しかし、その瞳には常にどこか陰りがある。

 彼女には致命的な弱点があった。


「……ここも、いられなくなっちゃうんだね」


 リアは神殿や聖なる泉に近づくと、まるで肌を焼かれるような激痛に襲われる。それは彼女の魔力が、純粋な光とは相容れない「夜の静寂」に近い性質を持っているからだった。

 彼女がいる湖は、昔は聖なる属性は感じられない場所だった。しかし、最近は聖なる属性の魔法効果が及んでいるのだろう。倒れそうなほどでもないが、気分は優れないように見える。

 ため息をつき、リアはその場所を離れた。


 その日の夜、事件は起きた。

 空から、ひと際大きな光の塊が、尾を引いて浮遊島の一つへ衝突したのだ。


 衝突の衝撃で、浮遊島から「何か」が地上へ落ちてきた。

 大きな騒動だったので、リアも外の様子を見に来ていた。それを見つけたのは、今朝訪れた湖だった。

 それは小さな水晶の破片のように見えたが、触れると心臓の鼓動のような振動が伝わってくる。

 もし今も鉱山から採れるものがあったら、このように綺麗だったのだろうか。そんなことを思いながら、破片のような物の正体を思い出そうとしていた。


「これは……星の精霊の核?」


 その瞬間、リアの脳裏に直接、声が響いた。


『失われた王国の門が開く。星を継ぐ者よ、天へ昇れ。さもなくば、この地は永久の氷に閉ざされるだろう』


 最初は恐怖で頭が埋め尽くされていた。彼女自身はあまり魔法を使うことがなく、直接声が響くなどありえないことなのだ。

 しかし、そんな暇はないと、彼女は自分自身を奮い立たせた。

 それはまるで、警告のようであった。リアの制御できない氷の魔力は、王国の均衡が崩れたことで暴走を始めようとしている。そんなことを意味しているかのような。

 もしこれが本当であれば、彼女が自分自身と両親、そして村を守る方法はただ一つしかない。空の上にある、今は亡き「始原の王国」へ行き、精霊のバランスを整えなければならないのだ。


 リアは決意した。

 魔法を上手く制御できなかったせいでボロボロになった杖を手に取り、彼女は浮遊島へと続く「風の回廊」を目指した。


 浮遊島への道は険しかった。

 第一の関門は、王国の守護騎士たちが守る「光の門」だ。そこには強力な聖属性の結界が張られている。

 リアはいつだってお呼びじゃない。軽蔑されるばかりで、追い払われてしまう。

 しかし、今回はそうはいかないのだ。


「止まれ! 汚れた魔力を持つ者よ、ここは通さぬぞ!」


 白銀の鎧に身を包んだ騎士が、光り輝く剣を向ける。彼女にとって、その剣が放つ輝きは毒に等しい。

 視界が白く霞み、呼吸が苦しくなる。


「どいて……。私は、この寒さを止めに行かなきゃいけないの」


 ここで立ち止まるわけにはいかない、そんな思いが彼女を動かしていた。

 歯を食いしばり、地面に手を突く。それと同時に、氷の礫が騎士を襲う。


「無駄だ! 氷など、我ら聖なる炎の前では——」


 しかし、騎士は驚愕した。

 リアの放つ氷は、単なる冷気ではなかった。それはあらゆる熱量を奪い去る「絶対零度」の盾

 聖なる炎ですら、その芯から凍りつき、音を立てて砕け散った。


「炎属性は効かない……? 違う、彼女の氷は『無』だ!」


 リアは苦痛に顔を歪めながらも、聖なる光の中を駆け抜けた。肌が焼ける感覚に耐え、彼女は空へと繋がる転送魔法陣へ飛び込んだ。


 辿り着いた「失われた王国」は、静寂に包まれていた。

 そこはかつて、星の精霊と人間が共生していた場所。しかし今では、強すぎる聖なる光が暴走し、生命を拒絶する白い廃墟と化していた。


 王国の中心にある「星の玉座」には、巨大な星の精霊が捕らわれていた。

 その精霊は、あまりに純粋な聖属性を持ちすぎていた。皮肉なことに、その「正義の光」が強すぎたために、地上へ届くはずの穏やかな魔力を遮断していたのだ。それによって、世界をアンバランスな状態に陥れている。


「誰か……この光を止めて……」


 精霊の悲鳴が聞こえる。

 リアは理解していた。自分のような「夜」の属性を持つ者だけが、この過剰な光を中和できるのだということを。


 しかし、玉座の周囲は、リアにとって最も致命的な「聖なる結界」の密度が最も高い場所だった。そんな場所に近づくのは、自殺行為ともとれるようなことである。 


「ぐ、あぁ……っ!」


 一歩進むごとに、金色の髪が逆立ち、緑の瞳から涙がこぼれる。皮膚からは煙が上がり、意識が遠のく。

 それでもリアは歩みを止めなかった。

 愚かだと言われるかもしれない。しかし、そんなことを気にしてなどいられないのだ。


「私は……氷の魔法使い。熱も、光も、すべてを凍らせて止めるのが私の役目!」


 リアは玉座に辿り着いた。一番聖なる属性が強い場所。しかし不思議なことに、辿り着くまでの様な深い苦しみは感じない。

 彼女は自分の全魔力を解き放った。


「凍れ……! 星の輝きさえも、一瞬の静寂の中に!」


 彼女の体から放たれた氷の奔流が、暴走する聖なる光を包み込んでいく。

 それはある人が見れば恐ろしいと言うだろうし、またある人がみれば美しいと言う様な、神秘的な瞬間だった。

 激しい光と、絶対的な冷気が衝突し、凄まじい衝撃波が王国を揺らした。


 意識が朦朧とする中、精霊の笑顔が見えた気がした。まるで、ありがとうとでも言う様な。

 リアは、こちらこそありがとう、という気持ちを込めて精一杯の笑顔を送る。

 その瞬間、暖かい光が彼女を包み込む。

 リアの意識はそこで途切れた。


 ……目が覚めると、そこには穏やかな夜空が広がっていた。

 浮遊島はゆっくりと回転し、地上には優しい星の光が降り注いでいる。村を覆っていたあの不自然な寒波は消え、代わりに春を待つ静かな冬の夜が訪れていた。


 リアは自分の手を見た。

 冷たかった指先には、今、かすかな温もりが宿っている。

 それは、最後に見たあの光のようで。


「……終わったって、ことだよね?」


 今回の件で彼女に聖なる属性への耐性がついたかと聞かれれば、そんなわけではない。しかし、世界に夜と昼があるように、自分の属性もまたこの世界に必要なピースの一つだったのだと、彼女は気づいていた。


 数日後、浮遊島の端に、緑の瞳を持つ金色の髪を靡かせた少女が見えた。リアはそこから地上を見下ろしていた。

 遠くで、灰の村の人々が、初めて見る美しい流星群に歓声を上げているのが見えた気がした。

初めて小説を書いたのですが、どうでしょう…

少しでも気に入っていただけたら嬉しいです。

2.3日以内に次回投稿予定ですので、そちらも見ていただけたらもっと嬉しいです!

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