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冷遇公爵夫人は記憶喪失の夫との思い出作りに奔走する

作者: 第八水路
掲載日:2026/03/13


「これは、政略結婚だ」


 顔合わせからして最悪だった。  


「王命が下されたから婚姻は結ぶ。ただし、三年の期限付きだ。領地の経営が安定したら、俺は爵位を親族に譲り、軍の仕事に専念する。三年で離縁するから、お前はそれまでに公爵家の経営を立て直せ」


 そう告げると、私の夫になる男、アラン・シュルツハルト公爵は、さっさと部屋を出て行った。


 酷い話である。


 そもそも、名門シュルツハルト公爵家の領地経営が傾いたのが発端だったというのに。


 建国から続く、名門シュルツハルト公爵家の没落を食い止めるために、アラン様が公爵を継ぐと同時に、資産家の新興貴族スタンリー子爵家の令嬢との婚姻を結び、領地経営を立て直すようにとの王命が下された。

 

 商会から鉄道事業を興し、一代で巨万の富を築いたスタンリー子爵家には、年の離れた弟が産まれるまで、跡継ぎとして父親から長年にわたり英才教育を受けてきた優秀な長女がいた。

 弟が産まれたことにより跡継ぎから解放され、宙に浮いた長女に王家が目をつけたのだ。

 

 王命に逆らえるわけもなく、あれよあれよという間に、宙に浮いた長女である私、ミリア・スタンリーは、シュルツハルト公爵夫人となった。


◇◇◇


 アラン様は、王国でも有数の魔力の持ち主で、若い頃から王国軍に籍を置き、その膨大な魔力と卓越した剣技で、伝説級の魔物を数多く退治してきた国の英雄である。

 公爵を継いだ後も、王国軍の若きトップである第二王子の補佐としてのお仕事を続けられているため、王都にある軍の施設を生活の拠点とされている。

 

 もともと、シュルツハルト公爵家は、アラン様のお兄様であるレナード様が継ぐはずだったのが、不幸なことに疫病で帰らぬ人となってしまわれたため、次男であるアラン様が継ぐこととなった。 

 国は、領地経営能力のないアラン様のご両親を引退させ、アラン様へ嫁いだ私に、領地立て直しの責任を負わせたのだ。

 

 最悪の顔あわせの日から、アラン様は一度も領地に帰ってこなかった。

 婚姻誓約書にサインをしただけで結婚式もなかった。

 王都の大聖堂で式を挙げ、タウンハウスでガーデンパーティを開き、公爵領でお披露目パレードをするという計画は、はかなく消え去った。 王都で一番人気の憧れのデザイナーにウェディングドレスをオーダーするという夢も叶えられなかった。


 もちろん、初夜もなかった。

 初夜の日に夫婦のベッドに散らす、花びらの種類も決めていた。花粉が苦手かもしれないアラン様のために、花粉の少ない品種を選ぶという気配りも無駄に終わった。

 ナイトドレスなんて、初夜の恥じらいもありつつ、露出は多めで、絶対に殿方を喜ばせること間違いなしのものを、実家の商会のつてを辿って探しに探して手に入れたというのに。


 アラン様はちっとも帰ってこないけれど、領地の窮状は待ってはくれない。しかたなく私は領地経営に精を出した。

 

 莫大な持参金で、公爵家が抱えていた債務を帳消しにし、実家の協力を得て、シュルツハルト領まで鉄道を延伸させ、鉄道を使って領内の特産品を王都に運び、実家の商会の販売網を使って特産品を売りまくった。

 その結果、シュルツハルト公爵家の領地経営はV字回復を成し遂げた。


◇◇◇


 結婚から三年が経ち、領地の経営も安定してきた頃に、アラン様が公爵邸に運び込まれてきた。


 なんでも、辺境での魔物討伐の最中に、上司である第二王子をかばって魔物の攻撃を受けたそうだ。 


 日当たりのいい、当主の部屋で眠るアラン様。

 頭に巻かれた包帯が痛々しい。


 こんなに間近でお顔を拝見するのは初めてだけど、眠る姿も美しい。睫毛、私より長い。なんて羨ましいのだろう。


 軍で鍛えられた均整の取れた体。高くすうっと通った鼻筋。艶のある銀色の髪。

 今は閉じられている瞳の色は、澄み切ったコバルトブルー。


――美しき王国の氷の英雄――


 そんな呼び名を持つアラン様は、王国軍での上司でもある、金髪碧眼のキラキラ第二王子と並んだときなど、国中の女子が群れをなし、それを掻き分けて歩く様は、海が割れるようだったと言われている。

 

 そんなことを思い出しながら、じーっと美しいお顔を観察していると、アラン様の長い睫毛がふるふると震えて、ゆっくりと瞼が開いていった。

 わあ、やっぱり綺麗なコバルトブルー。吸い込まれそうだわ、などと感心していると、こちらを向いたコバルトブルーの瞳とぱちりと目が合った。


 アラン様は、まじまじと私を見つめて、開口一番。


「……お前は、誰だ?」 


 あれ? アラン様、もしかして妻のことをお忘れですか?


◇◇◇


 どうやらアラン様は、第二王子を庇った際に頭を強く打ち、その衝撃で記憶を失ってしまったようだ。


 医師に診てもらったところ、学生時代のことや、軍で働いていたことは覚えているが、公爵になったこと、結婚したことは覚えていなかった。

 

 つまり、ここ三年の記憶を失くしているらしい。

 

 うん。妻である私の存在は、アラン様の記憶から、すっぱり無くなっているというわけですね。


 日常生活を送るには問題はないけれど、しばらくは領地での療養を医師から勧められ、アラン様は屋敷に滞在することになった。


「アラン様、改めまして。あなたの妻、ミリア・シュルツハルトです」

「妻……俺は結婚していたのか?」

「はい。三年前に、私と王命で婚姻いたしました。あと、公爵もお継ぎになられています」

「結婚……公爵……」


 アラン様は、信じられないといった顔をしている。


「まあ、それもお忘れなのですね。いいのですよ、ゆっくり思い出してくだされば」


 妻としての慈愛に満ちた笑みを向けながら、私の頭の中には、ある計画が浮かび上がっていた。 


 結婚三年目の今。アラン様の記憶が戻れば、約束どおり離縁するのだ。

 どうせ離縁をするのなら、私も少しはいい思いをしたい。


 夫に愛された妻としての思い出が欲しい。

 たとえ、アラン様が記憶を無くしている間だけの、偽りの思い出だとしても。

 

 この三年間の対価として、それくらいは許されるだろう。


◇◇◇

 

「……本当に、こんなことを、君と俺はやっていたのか?」


 公爵邸の中庭での、三時のお茶の時間。 

 アラン様の膝の上に座る私。

 

 療養中でも毎日の鍛錬を欠かさない、アラン様の鍛え上げられた膝の上は安定感抜群だ。


「はい。三時のお茶の時間は、いつもアラン様は、私を膝の上に乗せていらっしゃいました」


 堂々と嘘を言い切る。

 こういうことは、曖昧に答えずに、はっきりきっぱりと断言するのが、相手に信じ込ませるテクニックだ。

 本来であれば、サロンで向かい合ってのお茶会から始めるべきだろうが、いかんせん私には時間がない。

 

 明日、突然アラン様の記憶が戻るかもしれないのだ。

 最短の手順で、最大量、二人の幸せな思い出が欲しい。少々強引でもしかたがない。


 公爵家お抱えのシェフが焼いてくれたクッキーを、アラン様の口元へと運ぶ。


「はい、あーん」

「…………」


 沈黙が長い。アラン様、お顔が赤いですよ。もしかして照れていますか?


「アラン様?」

「……本当に、俺は、こんなことを?」


 同じ事を二回聞いてきた。疑い深いのは軍で身についた習性なのだろうか。


「そうですよ。いつものことでしたよ。はい、あーん、してください、あーん」

「…………」


 さすがに三回目はなかった。

 観念したように口を開けるアラン様へ、クッキーを食べさせる。


 口に入れられたクッキーを、もぐもぐと仏頂面で咀嚼するアラン様。

 

 仏頂面も素敵!


 結婚してから一切顔を合わせることがなかったので、アラン様が見せてくれる表情は、私には新鮮この上ない。


 膝の上から至近距離で見る、アラン様のお顔は本当に整っていて、まるで彫刻のようだ。

 その綺麗なお顔の中でも、とびきり美しいコバルトブルーの瞳に、地味な令嬢が映っている。


 そう、私は地味な外見をしている。

 茶色のストレートの髪に、ヘーゼルの瞳。この国のほとんどの人間が持つ色だ。

 背は高くもなく低くもなく。

 顔立ちは、若い頃は王都の夜会で人気者だったという、お母様に似ていると言われることが多いので、美人の部類に入るとは思う。

 お母様は、金髪にエメラルドの瞳で華やかだけど、私は、お父さまの地味な色を受け継いでいるのだ。自分では気に入っているけれど。


 そんな、地味で家格も低い成金子爵家の令嬢が、眉目秀麗で高位貴族のアラン様と、政略とはいえ結婚して、膝の上でお茶を楽しんでいるなんて、この世の奇跡だろう。


 こんなに間近で見る機会は、今後一生訪れることはないだろうから、妻であるうちにしっかりと心の目に焼き付けておきたい。


「……俺のことを、見つめ過ぎでは?」

「そうですか? いつもこんな感じでしたよ。それに、アラン様も私のことを熱のこもった目で見つめてくれていました。それから、私のことはミリア、と」


 名前なんて一度も呼ばれたこともないのに、我ながらよくもまあ、次から次にスラスラと口からでまかせが出てくるものだ。

 お父様からは『ミリアは口から先に産まれてきた』と言われていたっけ。


「……ミリア」


 低音ボイスで呼ばれる私の名前……こ、腰にくる!

 凄いわ、美形は声まで美形なのだわ!

 

 動揺している場合ではないわ、いつも呼ばれている風を装わないと。

 平静を装い次のクッキーを手に取る。


「なんでしょうかアラン様? 分かりました、次のクッキーですね? はい、あーん」

「……」


 じとりとこちらを見て、諦めたように二回目のクッキーを口に入れて咀嚼するアラン様。


 まだ私の言うことを疑っていますね、なかなか手強い相手だわ。


 でも大丈夫。私は、幼い頃からお父様について、海千山千の商人たちと渡り合ってきたのですから。経験値が違います。まずは、こちらに敵意がないことを示すところから、こう、じっくりと懐に入っていく感じで……。


 そうして、慎重にアラン様を懐柔していった結果、アラン様は私にめちゃくちゃ懐いた。


◇◇◇


 懐いたアラン様は、基本的に私に四六時中べったりとくっついているようになった。


 歩く時は、後ろから私をホールドして一緒についてくる。

 正直歩きにくいし重い。なんならちょっとうっとうしい。

 身長差もあるので、アラン様はかなり身をかがめないといけない。

 おんぶおばけのように私におおいかぶさるアラン様。

 腰に相当負担がかっていそうだ。


「アラン様、この体勢はアラン様の腰にとって悪影響では?」

「ん。これも鍛錬だと思えば平気」


 そう言いながら、私の茶色の髪に顔をうずめてスーハーしている。


 やーめーてー。匂いを嗅がないでー! 


 恒例の三時のお茶会も、今ではアラン様のほうが私にお菓子を食べさせるのに積極的だ。


 「ミリア。はい、あーん」


 もぐもぐと、アラン様の膝の上に座ってクッキーを咀嚼する私。

 それを、嬉しそうに目を細めて見つめるアラン様。


 どうしてこうなった……。 


「ふふ、ミリアは口が小さいから、食べる姿が小動物みたいで可愛いね」 


 懐いたアラン様は、こんな地味な令嬢……今は妻である私になぜだかメロメロだ。


 自分で懐柔しておいて言うのも何ですが、チョロすぎないですかアラン様?


◇◇◇

 

――美しき王国の氷の英雄――


 婚姻の王命を受けてから、お父様が集めてくださった情報では、アラン様は超がつくほどの仕事人間で、魔物討伐で一年の大半を辺境で過ごされ、ほとんど社交の場に顔を見せることもなく、稀に参加した夜会では、終始無表情で辺りに人を寄せ付けないオーラを出していたそうだ。


 それは、顔合わせでのアラン様に対する私の印象とも一致する。

 顔合わせで見せたあの態度は、慇懃無礼で不遜で、愛想の欠片もなかった。


 そういえば、あの時、挨拶もされなかった。しかも帯刀したままだった。妻となる令嬢との顔合わせに帯刀してくるなんて、仕事のついでか。

 おそらく、記憶喪失前のアラン様は、人間嫌いの仕事人間だったのだろう。

 そんな人を、こんなにも妻にメロメロに仕立て上げてしまって大丈夫なのだろうか。


 アラン様の記憶が戻った時に、私の行いは許してもらえるだろうか。

 攻撃魔法によって一瞬で消されたりしないだろうか。

 今のところ一線は超えていないので、ギリギリセーフだと思っているけれど不安だ。


 そう、私たちは清い関係を続けている。いまも寝室は別々だ。

 いっそ、このまま既成事実を作ってしまうか? とも考えてみたけれどさすがに自重した。


 命は大事。

 

 なので、今日もせっせと思い出作りに邁進するのだった。


◇◇◇


 お忍びで街歩きもしてみた。

 二人で領民と同じの格好をして、領地の商業地区を歩いて回った。


 アラン様の庶民ルックは似合っていたけれど、どうしても高貴なオーラがにじみ出してしまい、とうてい一般人には見えなかった。

 

 ちなみに、地味令嬢の私の庶民ルックは完璧で、一瞬で街中に溶け込んでしまい、アラン様に見失われてしまった。


「ミリア、どこへ行った?」

「アラン様ー。私はここにいます!」

「どこだ?」

「こーこーでーすー」

「どこ?」


 やっと見つけられては、すぐに見失われるということを重ねること数回。


「ミリア、街中では手を繋いでおこう」


 という結論に達したアラン様に、そこからはずっと手を握られた。

 それも、五本の指と指とをがっちり絡めた恋人繋ぎで。


 ああ、剣だこのある、ゴツゴツとした大きな手の感触がたまらない……。

 

 このときばかりは、地味令嬢で良かったと、心の底から思った。


◇◇◇

 

 乗馬に観劇、夜景を見にも行った。

 夜は寒いからと、アラン様のマントの中にすっぽりとくるまれて夜空を見上げた時は、正直、夜景を見るどころではなかったけれど。


 中でもピクニックには何回も行った。

 

 行くのは決まって領都の外れの、湖畔のある静かな森の中。

 お抱えシェフお手製の、サンドイッチやデザートをかごに詰めて持って行った。

 

 ボートに乗ったり、花を摘んだり、のんびりと過ごす時間を私もアラン様も気に入っていた。


懐いてからのアラン様は、私が何を言っても即答してくれるようになっていて。


「アラン様、せっかくなので、摘んだお花で花冠を作りましょう!」

「作る」


 簡単に作り方を説明しただけで、器用に花を編んでいくアラン様。


 一緒に暮らしてみて分かったことだけれど、アラン様はとても学習能力が高く優秀だ。

 私が領地の帳簿の確認や書類の決済をしている横で、それを見ながらいくつか質問をしてきただけで、ほとんど理解してしまった。


「領地経営を教えたときにも思いましたけど、アラン様って理解力が凄く高いですよね」

「学校の成績は良かったぞ。ずっと軍にいたから使い道はなかったけどな」

「はー。顔も良くて、魔力も多くて、そのうえ頭もいいとか、どれだけ恵まれているんですか。私にも少し分けて欲しいです!」

「ははっ。そんなに恵まれてはいないぞ。父や母、家族からは忌み嫌われていたしな」


 花冠を編みながら、鼻歌を歌うようにアラン様は昔のことを語ってくれた。


 産まれた時から魔力量が多かったアラン様。

 もちろん、赤ん坊に魔力をコントロールできるわけもなく、魔力をまき散らして周囲を破壊して手が付けられなかったそうだ。

 身近に魔力持ちが少なく、魔力量の多いアラン様を怖れたご両親は育児放棄をした。

 公爵邸の離れに隔離されたアラン様は、乳母もつけられず、たった一人で荒れ狂う自分の魔力と対峙するしかなかった。

 離れで孤独な幼少期を過ごし、学校に通う年齢になると、王都の貴族が通う学校ではなく、魔力の高い子供を集めて教育する軍の施設に入れられた。

 施設を卒業すると、そのまま軍へ入隊したアラン様。その間、家に帰ることは一度もなかった。


 久しぶりの家族との再会は、お兄様の葬儀の時だったそうだ。


「俺は、この家では居ないものとされていたからな。父や母には『悪魔の子』と呼ばれて気味悪がられていたし」

「は? なんですかそれ。自分の子供にそんな酷いこと言うなんて信じられないです! 最低ですね! 小さな子供が魔力のコントロールなんてできないのは当たり前なのに!」

「両親には当たり前じゃなかったんだろう。だから隔離されて、さっさと施設に入れられたんだ」

「アラン様……」

「早々に軍の施設に入れられて返って良かったよ。魔力のコントロールを覚えられたし、俺の魔力の使い道もあったしな」


 私は、嫁いできてから一度だけ立ち入った、離れの建物のことを思い出していた。

 日当たりの悪い室内は薄暗く、家具や装飾品もほとんどなかった。

 床や壁には強い衝撃が加わった跡があり、グチャグチャに荒れていた。あまりの気味の悪さに、早々に退散して、それから二度と近づくことはなかった。

 

 あの離れの惨状は、アラン様の魔力暴走によるものだったのだ……。 

 ふと、アラン様の手が私の頬へ触れた。


「ミリア、どうした? なぜ泣いている?」


 いつの間にか涙がこぼれ落ちていた。

 不安そうな顔をしてアラン様が私の顔を覗いてくる。


 こんなにも優しい人なのに――


「っ、私だったら、絶対にアラン様を一人になんてしないです!」


 家族からの愛情をたくさん貰って育ってきた私には、幼いアラン様の心の内を想像することなど到底できない。

 けれども、あの離れの殺風景な部屋で、一人で過ごしていた幼いアラン様のことを思うと、胸が締め付けられる。


「私がその頃アラン様にお会いしていたら、アラン様をめちゃくちゃ大事にしてあげました! うちに連れ帰って、お父様とお母様にお願いして、アラン様をスタンリー家で一緒に暮らすように手配してもらうんです! そうして、毎日一緒に遊んで、お話もいっぱいして、美味しいものを食べて。暖かい部屋で一緒に過ごすんです! そこには悪い人は一人も居なくて、アラン様はみんなに大切にされるんです。そして幼いふたりは恋に落ちて、ある晴れた日に、アラン様が白い花冠と、四つ葉のクローバーで作った指輪を持って、私にプロポーズをしてくれるのです! それから小さな森の教会で動物たちに見守られながらささやかな結婚式を挙げて、それからそれから……」


 アラン様は、支離滅裂でよくわからない話を泣きながらする私に、呆れもせずに最後まで付き合ってくれた。


「ふふ、ミリアと子供時代を一緒に過ごせていたら、俺は幸せだっただろうね」

 

 そう言って、口づけをしてくれた。


◇◇◇


 そんなこんなで二人の時間を楽しんでいたものの、いつまでもそのままでいられるわけもなく。


 療養期間の一ヶ月が過ぎようとした頃、王都で開催される舞踏会の招待状が届いた。


 正直、非常に行きたくない。

 なぜなら、軍の施設もある王都は、いわばアラン様のホームだ。何がアラン様の記憶を呼び覚ますのか皆目見当がつかない。

 

 けれども、今回はアラン様の上司である第二王子からの招待状なのだ。断ることなどできない。恐らく、アラン様の回復具合を確認したい軍の思惑もあるのだろう。でも行きたくない。


 広間のソファで、アラン様の膝の上に座りながら、招待状を手にウダウダしていると、アラン様がその綺麗な顔を私の肩に乗せながら聞いてきた。


「ミリアは、舞踏会に行きたくないのか?」

「行きたくないというか……色々と葛藤がありまして……」

「俺は、ミリアが着飾った姿を見てみたいのだが……ダメだろうか?」 

 なんと、アラン様が私と行く舞踏会を楽しみにしてるなんて!

 私の葛藤は一瞬で吹き飛んでしまった。


「行く! 行きます! 舞踏会、行きましょう!」

 

 それを聞いたアラン様は、それは嬉しそうに笑って。


「では、俺はミリアにとびきり似合うドレスを用意するとしよう」

 

 ニコニコ顔で、すぐに執事に指示を出し始めた。

 

 ……これはもう覚悟を決めるしかない。

 もし記憶を取り戻したらアラン様は私を許ないだろう。

 今度の舞踏会は、一緒に居られる最後の機会かもしれない。

 こうなったら覚悟を決めて、舞踏会を存分に楽しもう。


◇◇◇


 舞踏会当日。


 王都のタウンハウスで、侍女たちに準備をしてもらった。

 アラン様が贈ってくれたイブニングドレスは、アラン様の瞳の色であるコバルトブルーを基調とした華やかなものだった。

 アクセサリーも、公爵家の宝物庫からドレスに見合う物を用意した。

 髪も綺麗に結ってもらい、化粧も施した。

 鏡の中の私は、茶色の髪とヘーゼルの平凡な瞳の色で、やはり華やかさはないけれども、侍女のみなさんが総力を結集してくれたおかげで、楚々とした美しさのある公爵夫人に仕上がっていた。


 階下に待つアラン様のもとへと向かうと、そこには既に儀礼用の軍服を身につけたアラン様が立っていた。


 たくさんの勲章で飾られた、黒い儀礼用の軍服姿のアラン様は、一分の隙もない程の美しさで――


「ミリア、なぜ手を合わせる?」

「はっ! あまりの美しさに、思わず神に祈ってしまいました」 


 そんな私の挙動不審な行動を気にするそぶりもなく、着飾った私を上から下まで見て、コバルトブルーの瞳をキラキラと輝かせてくれた。


「ミリア、なんて美しいんだ。ドレスもとても良く似合っている」


 それはそれは嬉しそうに言ってくれたので、その言葉を私は信じることにした。

 アラン様、軍人だから視力はいいはずですよね……?


◇◇◇


 王宮へ足を踏み入れた私は、思わず「凄い」とつぶやいてしまった。

 

 煌めくシャンデリアの中、着飾った男女が集いざわめきあっている。そこかしこに飾られた花々のかぐわしい香りと、貴婦人たちの香水が混ざり合っていて、思わずむせそうになる。

  

 夜会には何度か参加したことがあるが、下級貴族である子爵令嬢の私は、王城での舞踏会は初めてだ。


「ミリア、こっちだ」


 アラン様は第二王子の補佐として、王宮には頻繁に出入りをされていたそうで、勝手知ったるという感じで、迷わず私をエスコートしてくれた。


 会場に足を踏み入れると、やはりアラン様は人々の注目を浴びている。そりゃあそうですよね、こんなに完璧で美しいお姿をされているのですもの。

 そんな夫との最後になるかもしれない時間だ、うんと楽しいものにしよう。


 そう思っていたのに、いきなりアラン様のご両親である、義父母に遭遇してしまった。


「お義父様、お義母様、お久しぶりでございます」


 公爵を引退してからも王都に滞在し、社交を続けている義父母と会うのは久しぶりだ。

 最新のドレスを身に纏い、有名ブランドのアクセサリーをジャラジャラとつけて財力を誇示しているお義母様。


 相変わらず散財されているようですが、そのお金の出所は私が復興させた領地の税収ですよね……。


「あら、ミリアさん。社交の場に出てくるなんて珍しいわね。てっきりもう別れたのだと思っていたわ。アランあなたも、早くそんな身分の低い女と別れて、もっと釣り合う令嬢と再婚なさい。そもそもシュルツハルト家は兄のレナードが継ぐはずだったというのに、なんで王命で『悪魔の子』のアランが継ぐことになったのかしら。忌々しいわ、ねえあなた」

「まったくだ。あの時レナードが死なずに、アランが死ねばよかったのだ」


 ああ、この人たちは、きっと幼いアラン様にも同じように酷い言葉を浴びせかけていたのだろう。だからアラン様は、自分のことをいらない子だと思うようになったのだ。

 

「ミリア、こんな人たちに挨拶なんかしなくていい」

 

 義父母から守るように私の前に出てくれたアラン様。

 背中しか見えないけれど、ご両親の表情から、どれだけアラン様が冷たい目でお二人を見ているのかが窺える。


「ふ、ふん! 相変わらず気味の悪い子だこと。もう行きましょう、あなた!」

「あ……ああ、そうだな」


 そう言って、義父母は逃げるように舞踏会の人の中に消えていった。


 義父母が見えなくなると、ようやくアラン様は私の方を振り返ってくれた。


「……ミリア、すまない。別れろなんて言われてしまって……」


 しゅんとするアラン様。


「え! えーっ? 気にするところソコですか? それよりアラン様の言われようがあんまりじゃないですか! アラン様はちょっと魔力が人より多いだけで、お二人の実の子供なんですよ。それに、たくさん魔物も退治してきた国の英雄ですよ! 魔力が多いのも素晴らしいことじゃないですか! それを、あんな言い方するなんて、あんまりです!」

「俺のことはどうでもいいんだ。それより、俺はミリアと別れろと言われたことのほうが、嫌だ」

「アラン様……」


 これは期間限定の思いだというのに、そんな事を言われてしまうと嬉しさがこみ上げてくる。

 本当のアラン様は、私のことなんてこれっぽっちも好きではないのに。今の、今のアラン様に大事にされていることが、本当に幸せで。


 アラン様は、そっと私に手を差し出してきて。


「せっかくの舞踏会だ。愛しい我が妻ミリア、どうか私と踊ってもらえないだろうか」


 アラン様は少し照れたように微笑んで、そう言ってくれた。


 たとえ偽りだとしても、今の時間を大切にしよう。


「アラン様、私で良ければ喜んで」


 精一杯の笑顔を作って、アラン様の手を取った。


◇◇◇ 


 大広間の光り輝くシャンデリアの下、アラン様と踊る初めてのダンス。ターンをする度に、コバルトブルーのドレスがふわりと広がる。

 それが嬉しくて、アラン様に何度もターンをねだった。 


「ミリア、回りすぎでは? 目が回ってしまうぞ」

「アラン様、私ダンスは得意なので平気です!」


 アラン様はしかたなく要求を飲んで、ターンに付き合ってくれた。


「ふふ。アラン様はステップが正確すぎて、まるで軍隊の行進みたいですね」

「む。職業病が出てしまったか」


 なんて軽口を交わしながら、ダンスを楽しんだ。

 

 踊り疲れて壁際に二人で休んでいると、遠くから金色の髪の背の高い男性が、護衛をひき連れて向かってきた。


「アラン! すまない、会議が長引いて遅くなってしまった!」


 第二王子殿下のご登場だ。


「第二王子殿下。このたびは舞踏会へ招待いただきありがとうございます」

「アラン、固い挨拶は不要だ。それより元気そうではないか。踊ってもいたようだし、怪我はもう良いのか?」

「おかげさまで、すっかり良くなりました」

「そうか、それはよかった。私を庇っての怪我だったので心配していたのだぞ」


 第二王子の軽い口調からも、お二人の親密な関係が伺い知れる。


 キラキラ金髪碧眼で甘い顔立ちの、いかにも王族然とした第二王子と、銀髪にコバルトブルーの瞳をした、クールビューティなアラン様。 

 

 お二人が立つ空間は、まるでそこだけ別次元のようで……。


「ミリア、なぜまた両手を合わせる?」

「はっ、無意識にまた神に感謝し始めていました!」


 美しいものを見ると人は祈りたくなるのだ。


「アラン、して、そちらの令嬢は夫人か?」

「はい。紹介します、私の妻のミリアです」

「第二王子殿下、初めてお目にかかります。ミリア・シュタルツハルトでございます」


 カーテーシーを終えてアラン様と並ぶ私を、第二王子は品定めをするように見てきた。


「奥方のドレスは、アランお前が用意したのか?」

「はい。妻に私の色を纏って欲しくて仕立てさせたものです」


 アラン様! 第二王子相手にのろけないでください。恥ずかしすぎます!


「……ふーん。形だけのお飾り妻なのだと思っていたが、仲が良さそうではないか」

「お飾り……?」

「三年前に結婚した頃には、妻に会いたくないから仕事を入れて欲しいと、お前から頼んできたではないか。忘れてしまったのか?」


 うわあ、アラン様、私に会いたくないからってそんなことを希望されていたのですね。

 そうですよね、いくら軍のお仕事が忙しいからって、休暇ぐらい取れたはずですものね……。


「たしか、金のために仕方なく結婚する。時期がきたら離縁するとも言っていたな」


 しまった。第二王子は記憶喪失のことを知らないのだ。

 これ以上、話を聞いてしまうと、今の仲良し夫婦生活が虚構なのだとアラン様に気付かれてしまう!


 チラリとアラン様を見上げるみると、第二王子の発言を聞いて固まってしまっている。


「今のそなたたちの様子を見るに、どうやらいい感じに纏まったようだな。それでこそ私も、父上に王命を出してもらった甲斐があったというものだ。では、私も愛する妃を待たせているので、これで失礼するとしよう!」


 第二王子は言いたいことだけ言うと、機嫌良さそうに去って行った。

 

「アラン様……」

「…………」


 アラン様は口元を手で覆い、下を向いている。

 顔色が悪い。手が震えている。

 

 これは記憶が戻ったかな……。


 ん? 今度は上を向いて片手で目元を覆った。

 さっきまで青かった顔色が赤くなっている。


 あ、今度は顔を両手で覆って俯いた。

 

 ……なんだか忙しいな。


 上を向いたり下を向いたり、そのたびに顔色が赤くなったり青くなったりしていたアラン様は、最終的には床にしゃがみ込み項垂れてしまった。


「あのー、アラン様。……大丈夫ですか?」

「……ミリア、大丈夫だ。……少し、自分のこれまでの行いに対して、情緒が不安定になっているだけだ」


 そう絞り出すように言われた。


 あ、やっぱり記憶戻っちゃってますよね。


 今日こそはと覚悟を決めていたけれど、いざその場面に遭遇したら、頭がちっとも働かない。

 どうしよう? とりあえず、もう一度アラン様に記憶を失ってもらう?

 幸い、ここ王城には、大きな花瓶や重たい置物がそこらじゅうに置いてあるので、鈍器には困らない。あの彫刻なんてどうだろう。


 そんな、混乱して凶器の品定めを始めたころに、床で項垂れていたアラン様が、がばりと顔を上げて私に縋り付いてきた。


「ミリア!」

「きゃっ」

「ミリア、頼む! 俺に時間をくれ!」


 ドレスの裾を掴みながら、アラン様はそう言ってきた。


「時間?」

「色々と片付けてくるから、それまで待っていて欲しい!」

「片付けてくる? え、片付けられるのは私ではないのですか?」

「は? 片付けられる? ミリアが?」

「はい。アラン様の攻撃魔法で、私は黒歴史と共に葬り去られるのかと……」


 痛いのは嫌なので、できれば一瞬で終わらせて欲しい。膨大な魔力を持つアラン様なら可能だろう。


「……黒、歴史、ではない!」

「ええっ?」


 いえいえ、記憶喪失の日々のアレコレは、アラン様にとっては確実に黒歴史ですよね?


「――とにかく、とにかくだ!公爵邸で待っていてくれ!」


 泣きそうな表情を向けられるアラン様の迫力に圧されて、私は思わずコクコクと頷いてしまった。


「必ず待っていてくれ!」


 そう言い残して、アラン様は足早に舞踏会の人波の中に消えていった。

 一人その場に残されて、呆然とする私。

 

 アラン様は黒歴史ではないと言われたけれど、それでは一体これは何歴史なのだろうか。


◇◇◇


 アラン様に「公爵邸で待っていてくれ!」と言われたので、素直に公爵邸に戻り待つことにした。


 そうはいったものの、領地も復興し、私のここでの役目は終わってしまっているので、いつでも出て行けるように荷物をまとめて、離縁届も用意した。


 そして待つこと数日。


「ミリア」


 アラン様が公爵邸に戻ってきた。


「おかえりなさいませ、アラン様」


 数日ぶりにお会いするアラン様は、目の下にうっすらと隈があり、随分お疲れのご様子だ。


「すまない。色々と片付けるのに手間取ってしまって、遅くなった」


 いったい何を片付けてこられたというのだろう。


 疲労の色が出ているアラン様は、普段とは違う影のある色気を醸し出していて、こんな時だというのに不謹慎にもときめいてしまう。


「アラン様。記憶のないアラン様に、嘘の情報を教えて騙してしまい申し訳ございませんでした。アラン様が記憶を失っていた間の、私との嘘の結婚生活のことは誰にも話しませんので、どうかお許しください」

「ミリア」

「離縁届に私の名前は既に記入済みです。後はアラン様のサインを入れてくだされば終わりです」


 事前に考えていた謝罪の言葉と、離縁についての説明を済ます。

 泣かずに最後まで言えたことについて、自分で自分を褒めてあげたい。


「離縁は、しない」

「え? でも、当初の予定の三年を過ぎましたし、領地も復興しました。私の役目は終わってしまったので、予定どおり離縁するのではないのでしょうか? アラン様も爵位を親族に譲って、軍のお仕事に専念されるのですよね?」


「結婚も、公爵も、続ける」

「え?」


「父と母は飛び地に封じた」

「ええ?」


 飛び地って、辺境の中の絶海の孤島みたいなところですよね?そこにご両親を?


「軍も辞めてきた」

「え、ええっ?」


 国の英雄が軍を辞めたりできるのですか? そんなことをして王国の国防は大丈夫なのですか?


「ミリア、謝るのは俺の方だ。記憶をなくす前の俺はひどい夫だった。俺は昔からこの家にとってはいらない子だったんだ。だから、魔物との戦いで死んでしまおうとずっと思っていた。けれど、どれだけ戦っても死ねなくて。死んじゃいけない兄が死んで。死ぬことしか考えてこなかった俺の人生には、公爵になるとか、結婚するとか、なかった未来だったんだ。だから、俺はどうすればいいかわからなくて、公爵という責務からも、結婚生活からも逃げたんだ」

「アラン様……」

「でも、それは、ミリアの大切な三年間を奪ってしまうということだった。俺は、そんなことも分かっていなかったんだ。それなのに、記憶をなくした俺に、ミリアは愛情をくれた」

「……アラン様、私は、そんなに綺麗な心の持ち主ではないですよ。記憶のないアラン様に打算や下心満載で近づきましたし。……あわよくばアラン様と既成事実を作ってしまおうと思う程には腹黒だったのですよ……」

「うん、それでも……打算でも、下心でも、俺はミリアに救われた」

「アラン様……」


 アラン様は、背中に隠していた白い花冠を、わたしの頭に乗せてくれた。そして、片膝をつき、ポケットから植物で編んだ指輪を取り出して、私の目の前にゆっくりとかかげられた。


「ミリア、どうか私と結婚してください」


 白い花冠と、四つ葉のクローバーの指輪。

 これは、あの時泣きながら話した、支離滅裂でよくわからない妄想話の一説の再現だ。

 

 アラン様、あの時の話を覚えてくれていたんですね……。


「ふふっ、アラン様。私たち、もう結婚していますよ」

「うん、知ってる。でも、最初からやり直したい」

「……最初からですか?結婚式も?」

「うん」

「口づけも?」

「うん」

「しょ、……初夜も?」

「うん、全部。全部、最初からやり直そう」


 アラン様は何も言えなくなって呆然としている私の手を取ると、クローバーの指輪を薬指に通し、その手にそっと口づけをしてくれた。


 あまりの情報量に完全にキャパオーバーになっている私を、アラン様が不安そうに見上げてきた。


「ミリア、どうか返事を」


 上目遣いの、コバルトブルーの潤んだ瞳の美しいことときたら! 


 薄々分かっていたことだが、私はアラン様の上目使いに非常に弱い。

 そして優秀なアラン様のことだ。私がこの目に弱いことに既に気付いている。わかっていて使ってきているのだ、ずるい。でもしょうがない。 


「……します! もうしてますけど、結婚します!」


 答えを聞いたアラン様は、満面の笑みを浮かべて立ち上がると、軽々と私を持ち上げてクルクルと回り出した。


「きゃっ」


 急な浮遊感に驚きながらも、満面の笑みを浮かべてクルクルと回るアラン様と目が合うと、なんだかおかしくて、そして嬉しくて、二人で声を出しあって笑った。


◇◇◇


 やり直しのプロポーズからのアラン様の行動は、それはもう早かった。


 宝石がちりばめられた豪華なティアラと、クローバーの意匠が施された繊細なデザインの結婚指輪を贈ってくれた。

 

 プロポーズの時の、草花で編まれた花冠と指輪は、アラン様が永久保存の氷魔法をかけてくれた。なんでも公爵家の家宝として、代々伝えていくことに決めたそうだ。


 結婚式は、森の教会ではなく王都の大聖堂で挙げた。公爵家の権力を使って大聖堂のスケジュールを強引に押さえ、わずか一か月という早さでの挙式となった。

 

 結婚式でのアラン様は、美しい装飾が施された白い礼装姿だった。

 高い身長に長い足、鍛えた身体に白い礼装がとびきり似合っていた。きっちりと整えられた銀色の髪が、美しい顔をより際立たせていて、荘厳な大聖堂の中でもひときわ輝きを放っていた。

 

 一方の花嫁の私は、舞踏会同様に、侍女のみなさんの総力を持ってして着飾ってもらったおかげで、その日だけは、地味界の中では最高に華やかな花嫁に仕上がっていたはずだ。


 何よりアラン様が、私のウェディングドレス姿にメロメロだったので、もうそれだけで十分だ。

 

 公爵領での結婚パレードも行った。 

 ほとんどの領民がアラン様のお姿を知らなかったので、新公爵のお披露目を兼ねてのパレードとなった。

 

 パレードには『美しき王国の氷の英雄』を一目見ようと、多くの人々が押し寄せた。

 アラン様は記憶が戻った後も、私に対しては色々な表情を見せてくれるけれど、公の場では基本的に無表情だ。

 今回もクールな表情を変えることなく、沿道に向かって手を振られていた。

 私もその隣に立って、笑顔を浮かべながら手を振った。


 アラン様と違って地味な見た目なのだ。せめて愛想は良くしておかなくては。それに、領民のみなさんに好印象を持って貰うのも領主の妻の勤め、などと考えていると。


「ミリア」

「はい?」


 アラン様に呼ばれて振り向くと、突然口づけをされた。


「!」


 突然の口づけに固まっていると、唇を離したアラン様は満足そうに微笑んでいる。


 そのシーンを目撃した領民たちから、わっあっと歓声があがる。

 中には悲鳴をあげている女性たちもいる。


「いきなり何をするんですか、アラン様!」

「ミリアが俺以外に笑いかけるのが悪い」

「え、領民のみなさんですよ? これも領主の妻の務めですよね?」

「それでも、嫌だ」

「……アラン様って、私に関しては許容範囲が狭すぎないですか?」

「……こんな夫は、嫌か?」


 あ、また上目遣いを出してきた。わかっていてもキュンとしてしまう。

「う……嫌じゃ、ないです」


 そんな恥ずかしい一幕もあったけれど、総じて領民には好意的に受け止められたようなのでほっとした。 

 

 婚姻から三年を過ぎてからの挙式やパレードは、少し気恥ずかしかったけれど、私の両親やアラン様の軍の関係者、そして第二王子にも祝福してもらえたので、やって良かったと思う。


 第二王子といえば、アラン様はあのとき軍を辞めてきたと言っていたけれど、国の英雄がそう簡単に軍を辞められるはずもなく、そのことを知った第二王子から即座に引き留められて、今でもしぶしぶと軍でのお仕事を継続されている。


 第二王子から、私はなぜか感謝をされた。


「アランが人間らしくなって私は嬉しいぞ。これもすべてミリア嬢のおかげだ」

「私、何かしましたか?」

「殿下、余計なことを言わないでください」

「この男はな、昔から死にたがりで、このままだと無茶な作戦命令でいつか死ぬと思ったから、なりたくもないのに、しかたなく私が王国軍のトップに立ったのだぞ」


 自分はいらない子だと思っていたアラン様は、無謀な作戦を引き受けては前線に立ち、そのたびに大怪我をしていたそうだ。


「討伐のたびに死にかけるアランを介抱しているうちに、なぜだか聖魔法の使い手になってしまったのだ。おかしいだろう? 本来であれば、王族は攻撃魔法が得意な血筋なのだから。おかげで、王太子妃である癒やしの聖女に『聖女であるわたくしより聖なる力があるなんて……憎い……』と言われるハメになったのだぞ」 

 

 アラン様は軍に残ったとはいえ、公爵のお仕事もあるので、大規模な討伐の時にだけ呼ばれるかたちに落ち着いた。

 討伐に行かれる時は、馬に乗る直前まで私にしがみついて「ミリアと離れたくない……英雄辞めたい……」と言っては困らせてくる。


◇◇◇


 念願の初夜も迎えた。

 

 用意をしていた、初夜の恥じらいもありながら、けれども露出は多い魅惑のナイトドレスは、アラン様をそれはそれは喜ばせた。


 アラン様は記憶が戻ってからも、記憶喪失の頃と変わらず私を甘やかしてくれる。


 公爵邸のいつもの三時のお茶会。

 いつものようにアラン様の膝の上に座る私。


 最近のアラン様は「ミリアには俺の作ったものを食べてもらいたい」と言い出して、お菓子作りまでするようになった。

 今では、お茶の時間のたびにアラン様お手製の、ひと口サイズのケーキや焼き菓子がテーブル並ぶ。

 

「はい、あーん」


 せっせと私の口へとケーキを運んでは、食べている様子をそれは嬉しそうに眺めているアラン様。


「……ずっと疑問に思っていたのですけれど、食べさせてくれるの凄く上手ですよね。こういうのって一体どこで覚えられたのですか?」


 軍で身につけられるような行動とは思えない。


「おそらく、第二王子が妃を溺愛しているのを側で見てきたから、それを学習していて、記憶を無くしたときに無意識に出たのだろう」


 なるほど、第二王子の影響でしたか。

 第二王子の妃への溺愛ぶりは王国では有名な話で、私も噂に聞いたことがある。


「無意識に出るくらいだから、きっと俺は、いつか愛する人にそうしたかったんだよ」

「また。そういうことをサラっと言って……」


 顔が赤くなるのを止められない。


「ふふ、照れているミリアも可愛い」



 そうして、二人の元に、銀色の髪の大きな魔力を持った男の子と、茶色い髪のちょっとお喋りな女の子がやってくるのは、そう遠くない未来のお話。


END


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