嵐は突然、出会いは唐突に…②
人だかりは、思ったより早く散った。
貴族の少女が腰を下ろし、
魔力の跳ねが弱まったのを見て、
村人たちはそれぞれ理由をつけて距離を取った。
怖かったのだ。
近くにいる理由も、もうない。
残ったのは、
座り込んだ少女と、
魔力ゼロの俺。
(最悪の取り合わせだな)
少女は膝を抱え、顔を伏せている。
呼吸は浅いが、さっきよりは整っている。
「……見ないで」
低い声。
命令というより、拒絶だ。
「見てません」
嘘ではない。
視線は、彼女の足元の石に落としている。
「じゃあ、なんでいるのよ」
(それ、俺が聞きたい)
「立ち上がるまで、
人が多いところに戻さない方がいいと思ったので」
「……余計なお世話」
だろうな。
沈黙。
風が吹き、
広場の端の旗がばたついた。
少女の肩が、わずかに跳ねる。
(やっぱり、音か)
「……今、嫌な音がしました?」
聞くと、少女は一瞬だけ黙ったあと、
小さく頷いた。
「……全部、うるさい」
「ですよね」
即答したら、
少女が顔を上げた。
「……は?」
(あ、今のは意外だったらしい)
「ここ、静かな村ですけど、
音は多いです。
しかも、予測できない」
「……当たり前でしょ」
「当たり前が、きつい時もあります」
少女は、じっとこちらを睨む。
「……あんた、
私を馬鹿にしてる?」
「してません」
間髪入れずに否定する。
「困ってる人を見て、
困ってる理由を考えてるだけです」
「……意味が分からない」
「そうだと思います」
正直だ。
また沈黙。
少女は、膝を抱えたまま言った。
「……あんた、
魔力、ないんでしょ」
「はい」
「なんで、ここにいるの」
(それ、俺が一番知りたい)
「暇だからです」
一拍。
少女が、吹き出しかけて、
慌てて口を押さえた。
「……なに、それ」
「仕事も役目もないので」
「……無能」
「否定しません」
言った瞬間、
また笑いそうになっているのが分かった。
(あ、これ、効いてるな)
空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……名前」
少女が言う。
「言ってなかったわよね」
「そうですね」
俺は、短く答えた。
「俺は――」
言いかけて、少し迷う。
前世の名前でも、
この世界の仮の名前でも、
今はどちらでもいい。
「……呼びやすいので、
適当に呼んでください」
「は?」
少女が呆れた顔をする。
「ふざけてるの?」
「真面目です」
「……意味分からない」
でも、怒ってはいなかった。
少女は、少し姿勢を変えた。
膝を抱えるのをやめ、
片足を伸ばす。
それだけで、呼吸がまた少し深くなる。
(姿勢、楽になったな)
「……あんた」
今度は、さっきより低い声。
「私、
ここに来る予定じゃなかった」
「でしょうね」
「魔法学園に行くはずだった」
ああ。
やっぱり、そういう立場か。
「……でも、
途中で“危険”って言われた」
吐き捨てるような言い方。
「制御ができないから。
周りに迷惑をかけるから」
拳が、また少しだけ強く握られる。
(地雷原だな)
「……それで、
ここに“置かれた”」
置かれた、か。
貴族の言葉にしては、
ずいぶん生々しい。
「……私、
努力してるのよ」
突然、視線がこちらを向く。
「ちゃんと、
言われた通りにやってる」
「はい」
「でも、
できない」
声が、少し震えた。
(……やっぱり)
「だから」
少女は、歯を食いしばる。
「できない理由が分かるって言った、
さっきの言葉」
一拍。
「……本当なの」
その問いは、
挑発じゃなかった。
俺は、少し考えてから答えた。
「全部じゃないです」
「……」
「でも、
今のあなたが“怠けてない”理由なら、
多分、説明できます」
少女は、しばらく黙っていた。
やがて、
小さく息を吐く。
「……信じないから」
「それでいいです」
「でも」
青い目が、こちらを見る。
「……聞くだけ、聞いてあげる」
(はい、捕まった)
内心でそう呟きながら、
俺は小さく頷いた。
静かな時間は、
もう戻らない。
でも――
面倒な時間の方が、
物語には向いている。
そういう予感だけは、
はっきりしていた。




