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8/20

嵐は突然、出会いは唐突にやってくる

その日の朝は、やけにうるさかった。


昨日までの広場は、音があっても柔らかかった。

生活音というやつだ。

人が生きている分だけ、自然に混ざる音。


でも今日は違う。


空気が、尖っている。


「――いい加減にしなさい!」


その声を聞いた瞬間、俺は反射的に顔を上げた。


(あ、これ駄目なやつだ)


怒鳴り声というより、叩きつける声。

村の誰も、こんな声の出し方はしない。


視線の先。

広場の中央に、人だかりができている。


その中心にいたのは、少女だった。


年の頃は、十三か十四。

背筋を不自然なほど真っ直ぐに伸ばし、

派手すぎないが、明らかに村のものではない服を着ている。


髪は淡い銀色。

結い上げられているが、何本かがほどけて額に張りついていた。


貴族。

見間違える余地はない。


そして――

彼女の足元で、魔力が暴れていた。


地面が、じわじわと歪んでいる。

目に見えないはずの魔力が、空気を震わせているのが分かる。


(……量が、馬鹿みたいに多い)


俺は、無意識に距離を取った。


村人たちも同じだった。

誰も近づかない。

止めもしない。


ただ、見ている。


「どうして!

 どうして、言うことを聞かないの!」


少女は叫ぶ。


叫びながら、拳を握りしめる。

そのたびに、魔力が跳ねる。


完全に悪循環だ。


神官らしき男が、必死に声を張り上げている。


「落ち着いてください!

 深く呼吸を――」


「うるさい!!」


一言で切り捨てる。


その瞬間、

空気が一段、重くなった。


(はい、最悪)


前世の記憶が、嫌というほど警告を鳴らす。


これは、

・人が多すぎる

・視線が集まりすぎている

・音が多すぎる

・そして何より、本人が追い詰められている


完全に詰んでいる状況だ。


(……でも、誰も止めないな)


止められない、が正しい。


魔力の量が違いすぎる。

下手に触れれば、巻き込まれる。


だから全員、

「正しい距離」で、安全に怯えている。


――俺以外は。


気づいたら、足が前に出ていた。


(待て待て待て)


内心で必死に制止する。


(俺、魔力ゼロだぞ

 何ができると思ってるんだ)


でも、止まらない。


前世でも、こういう時に止まれなかった。


「……あの」


声は、思ったより普通に出た。


一瞬で、視線が集まる。


少女の青い目が、真っ直ぐこちらを射抜いた。


「何よ、あんた」


声が冷たい。

怒っているというより、信用していない。


(分かる。俺も自分を信用してない)


「魔力、抑えろって言われると、

 余計に無理じゃないですか」


一拍。


少女の眉が、ぴくっと動いた。


「……は?」


(あ、地雷踏んだ)


「今、音も視線も多すぎます。

 ここに立たされてるだけで、

 もう限界に近い」


俺は早口になっていた。

止めると、今度こそ動けなくなる気がした。


「この状態で制御しろって言われても、

 それ、火事の中で冷静になれって言うのと同じです」


沈黙。


次の瞬間――


「ふざけないで!」


少女が怒鳴った。


「魔力も使えない分際で、

 私に説教!?」


(うん、知ってた)


魔力ゼロ。

無能。

役に立たない。


この世界で何度も向けられてきた視線だ。


「説教じゃないです」


俺は、思わず肩をすくめた。


「観察です」


「……っ!」


少女が言い返そうとした、その瞬間。


魔力が、再び暴れた。


本人が一番分かっている。

このままじゃ、どうなるか。


「……っ、じゃあどうすればいいのよ!」


吐き出すような声。


怒りじゃない。

ほとんど、助けを求める音だった。


(はい、ここ)


俺は一歩、横にずれた。


「今は、何もしなくていいです」


「は?」


「動かない。

 考えない」


俺は、彼女の足元を見る。


「……座れますか」


少女は、目を見開いた。


「……座る?」


「立ってるだけで、

 もう身体が限界です」


一秒。

二秒。


周囲が、息を止めている。


やがて、少女は歯を食いしばり、

ゆっくりと、その場に腰を下ろした。


魔力の震えが、

ほんのわずか、弱まる。


(よし)


「……何なのよ、あんた」


吐き捨てるように言われる。


俺は内心で苦笑した。


(自己紹介、まだだったな)


「俺ですか」


少し間を置いてから答える。


「この世界では、

 何の役にも立たない男です」


少女の目が、細くなる。


「でも」


続ける。


「できない理由なら、だいたい説明できます」


空気が、また張りつめた。


この出会いが、

良いものになるかは分からない。


でも、確実に言える。


――静かな時間は、終わった。


そして多分、

一番面倒なのは、この少女だ。

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