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できないのは、やっていないからじゃない

朝、村の広場は静かだった。


昨日の騒ぎが嘘みたいに、

子どもたちはいない。

大人たちは、それぞれの仕事に戻っている。


俺は井戸の縁に腰を下ろし、水を飲んでいた。


すると、少し離れた場所で、

小さな声が聞こえた。


「……ほら、やりなさい」


母親の声だ。

強くはないが、焦りが滲んでいる。


視線を向けると、

六歳くらいの女の子が立っていた。

手には、小さな魔法石。


魔法石は、灯りをともすための道具らしい。

子どもでも扱える、簡単なもの――

ということになっている。


女の子は、それを両手で持ったまま、動かない。


「昨日もできなかったでしょ」


母親が言う。


「ちゃんと集中しなさい」


集中。

便利な言葉だ。


女の子は俯いている。

石を見ていない。

でも、逃げてもいない。


(……やろうとはしてる)


俺は立ち上がらず、少し離れた場所から見ていた。


母親が、ため息をつく。


「どうしてできないの……」


その言葉は、責めているようで、

本当は困っている。


女の子は、石を持つ指に、ぎゅっと力を入れた。

力が入りすぎて、手首が固まる。


魔法石は、反応しない。


(ああ)


これは、よく知っている光景だった。


できない。

だから、力を入れる。

力を入れるから、余計にできない。


悪循環。


母親は、女の子の手を取ろうとした。

その瞬間、俺は口を開いた。


「……少しだけ、見ててもいいですか」


母親が驚いて振り返る。


「あ、昨日の……」


「邪魔はしません。

 ちょっと、気になって」


母親は戸惑いながらも、頷いた。


俺は、女の子の正面には立たない。

横から、少し距離を取る。


「ねえ」


声は低く、短く。


「それ、重い?」


女の子は、少し考えてから、小さく頷いた。


「……ちょっと」


母親が口を挟もうとしたが、俺は軽く手で制した。


「じゃあ、置いてみよう」


「え?」


女の子は戸惑いながらも、

魔法石を井戸の縁に置いた。


手が、ふっと軽くなる。


「持たなくていい。

 触るだけでいい」


女の子は、指先で石に触れた。


それだけだ。


魔法石が、かすかに温かくなる。


光らない。

でも、拒絶もしない。


女の子は、目を見開いた。


「……あ」


母親が息を呑む。


俺は何も言わない。


女の子は、指を離し、

もう一度、そっと触れた。


今度は、ほんのりと光った。


強くはない。

でも、確かに。


「できた……?」


母親が言う。


「うん」


俺は首を振った。


「やろうとしてた、が正しいです」


母親が俺を見る。


「今まで、ずっと」


言葉を選ぶ。


「この子、やってなかったわけじゃない。

 できない状態で、やろうとしてただけです」


女の子は、石を見つめている。

もう力は入っていない。


母親は、しばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと膝をついた。


「……ごめんね」


女の子は、首を振った。


「だいじょうぶ」


その声は、さっきより少しだけ、はっきりしていた。


俺は、それ以上何もしない。


持たせ直さない。

練習させない。

褒めもしない。


今日は、ここまででいい。


作業療法は、

できるようにする仕事じゃない。


「できない」と言われていた行動の中に、

すでにある“やろうとしている動き”を見つける仕事だ。


この世界では、

それを誰も教えていないだけだった。


俺は再び井戸に腰を下ろし、

冷めた水を飲んだ。


光らなくてもいい。

今日は、触れられただけで十分だ。


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