走り回る子どもは、世界が狭い
あの測定の日から、村の空気は少しだけ変わった。
劇的に、ではない。
噂話の声量が半音下がった、くらいの変化だ。
「……あの不適合者、変なこと言ってたな」
「でも、あの子……光ったよな?」
人はすぐには信じない。
でも、完全に忘れることもできない。
その宙ぶらりんな感じが、今の村だった。
俺はというと、特に何か役職を与えられたわけでもなく、
相変わらず村の端の空き家で暮らしていた。
魔力ゼロ。
仕事なし。
立場なし。
(現代よりは、マシかもしれないな)
そんなことを考えながら、朝の村を歩く。
井戸のそばで、子どもたちが騒いでいた。
「おい! やめろって!」
「来るな! また魔法出る!」
小さな悲鳴と、慌てた大人の声。
俺は足を止める。
――走っている子がいる。
細身で、年は七歳くらいか。
落ち着きなく、円を描くように駆け回っている。
その周囲から、大人たちが距離を取っている。
「まただ……」
「魔力が暴走する子だ」
魔力暴走。
便利な言葉だ。
現代で言えば「問題行動」。
走り回る子は、何かに追われるように、息を荒くしている。
足取りは軽いが、動きが荒い。
視線は定まらない。
(……止まれない、か)
誰かが叫ぶ。
「じっとしろ!」
その瞬間だった。
子どもの足元で、魔力が弾けた。
地面が小さく抉れ、砂が舞う。
「ほら見ろ!」
「危ない!」
大人たちの声が、一斉に強くなる。
子どもは、さらに速く走り出した。
悪循環だ。
(叱られる → 緊張 → 出力上昇 → 失敗)
分かりやすすぎて、胸が少し痛む。
俺は、距離を保ったまま、近づいた。
「ねえ」
声は、できるだけ低く。
「今、ここ、狭いよな」
子どもは一瞬だけこちらを見る。
だが、止まらない。
「やめろ!」
大人の怒声。
俺は手を上げた。
「止めなくていいです」
「何を――」
「止まれないだけです」
誰も理解していない顔をしている。
それでいい。
俺は、子どもの走る軌道を観察する。
同じ場所を避けている。
井戸の縁。
影。
縄。
(感覚、過敏だな)
視覚か、足裏か、魔素か。
原因は一つじゃない。
「……この子、広いところに行けますか?」
「は?」
「走っても、誰にも当たらない場所」
沈黙。
村の外れに、何もない草地があるのを思い出す。
「連れて行きましょう」
「逃げたらどうする!」
「逃げません」
俺は言った。
「この子、走ってるんじゃなくて、探してるだけです」
何を?
それはまだ分からない。
でも、分かっていることが一つある。
――この場は、この子にとって狭すぎる。
結局、大人二人が付き添う形で、草地へ向かった。
子どもは、草地に出た瞬間、少しだけスピードを落とした。
円が大きくなる。
呼吸が、整い始める。
魔力の揺れも、弱くなった。
(ほらな)
俺は、何もせず、ただ見ていた。
作業療法は、
何かをさせる前に、何もしない時間が必要だ。
この世界では、まだそれを知らないだけだ。
今日は、解決しない。
名前も聞かない。
評価もしない。
ただ、
「走り回る子どもは、悪い子じゃない」
その事実を、俺はこの目で確認した。
それで十分な一日だった。




