杖が細すぎただけの話
「……本当に、やるつもりか?」
神官は半信半疑どころか、九割方あきれていた。
「はい」
俺は即答した。
迷う理由がない。
これは“訓練”ですらない。
環境調整だ。
「では聞こう。不適合者。
ここにあるもので、どうやって“才能”を引き出すつもりだ?」
神官の問いに、俺は周囲を見回した。
測定台。
子ども用には明らかに高すぎる。
床には段差。
杖は全員同じ規格で、細く、長い。
水晶玉は胸の高さに固定されている。
(……うん、ひどい)
現代のリハ室でこれをやったら、確実に指導が入る。
「まず、この台を使うのをやめます」
俺はそう言って、測定台の横に置かれていた木箱を引き寄せた。
本来は道具置きらしい。
「それ、何の意味が……」
「意味はあります」
木箱を逆さにし、地面に置く。
高さは子どもの膝下ほど。
その上に、さらに薄い板を一枚重ねる。
「足が、床につく高さです」
神官は口を閉じた。
次に俺は、杖を一本手に取った。
そして、近くにいた鍛冶屋の男に声をかける。
「布と、紐、ありますか」
「あるが……」
「貸してください」
鍛冶屋は戸惑いながらも、腰袋から布切れを出した。
俺はそれを杖の柄にぐるぐると巻きつける。
最後に紐で固定する。
即席だが、十分だ。
「……何をしている」
「握りを太くしています」
俺は杖を、さっき魔力不安定と判定された男の子に差し出した。
「さっきのままでいい。無理に力を入れなくていい。
座って、これを持ってみて」
男の子はおずおずと椅子代わりの木箱に座る。
足が床についた瞬間、肩の力がわずかに抜けた。
(よし)
姿勢が安定すると、余計な緊張が減る。
これはどの世界でも同じだ。
「持てるか?」
男の子は、ゆっくりと杖を握った。
さっきのような震えはない。
「……持てる」
声が、少しだけ明るい。
「じゃあ次。詠唱」
「全部言わないでいい」
俺はそう言って、地面に小枝で線を引いた。
三本の線。
左から右へ。
「順番に、一つずつ」
神官が口を挟む。
「詠唱は一連だ。分けては意味がない」
「意味はあります」
俺は即答した。
「人は、長い指示を一度に処理できません。
魔法も同じです」
男の子は俺の真似をして、最初の言葉だけを口にした。
……何も起きない。
「いい。次」
二つ目。
水晶が、かすかに震えた。
周囲がざわつく。
「最後」
三つ目。
その瞬間、水晶玉が淡く光った。
「――っ!」
男の子が息を呑む。
親が目を見開く。
村人たちが一斉にどよめいた。
「光った……?」
「今、確かに……」
神官は、言葉を失っていた。
「偶然ではありません」
俺は静かに言った。
「条件が揃っただけです」
男の子は、信じられないものを見るように自分の手を見つめている。
「……出た」
その声は、小さくて、震えていた。
(これだ)
この一言のために、何百回、何千回と環境を整えてきた。
「ねえ……俺……」
男の子が、恐る恐る親を見る。
親は、泣いていた。
声を押し殺して。
「ごめん……ごめんな……」
「違います」
俺は、はっきりと言った。
「謝る必要はありません」
親と子の両方を見る。
「できなかったのは、あなたのせいでも、この子のせいでもない。
やり方が合ってなかっただけです」
その言葉は、親だけでなく、周囲の大人たちにも刺さった。
「……そんなことで……」
誰かが呟いた。
「そんなこと、です」
俺は頷いた。
「でも、“そんなこと”が積み重なって、
できない子が作られる」
神官は、ゆっくりと俺に近づいてきた。
「……他の子でも、同じことが起きると?」
「起きます」
即答だった。
「全員とは言いません。
でも、今まで“才能がない”と切り捨てた中の、かなりの数は」
言葉を選ばずに続ける。
「ただの設計ミスです」
その場に、沈黙が落ちた。
魔法の才能。
それは生まれつきのもの。
疑いようのない常識。
――その常識に、今、ひびが入った。
男の子は、もう一度杖を握りしめた。
「……もう一回、やっていい?」
「いいよ」
俺は笑った。
「何回でも。
できるようになるまでじゃない。
慣れるまでだ」
それが、作業療法だ。
この日を境に、村は少しずつ変わり始める。
そして俺は、まだ知らない。
この“些細な調整”が、
やがて魔法学園と、教会と、国を巻き込むことになるのを。




