リフレクションってなんだろう?
夕方、空き家の中は静かだった。
昼の騒ぎが、嘘みたいに遠い。
外では村人たちがいつも通り動いているが、
ここには入ってこない。
エリシアは、壁にもたれて座っていた。
いつもの背筋は崩れ、
膝を抱え、視線は床に落ちている。
魔力は、ほとんど感じない。
抑えている、というより、
引っ込めている感じだ。
俺は、少し離れた場所に腰を下ろした。
正面には座らない。
視線も合わせない。
しばらく、何も言わない。
先に口を開いたのは、エリシアだった。
「……私、さ」
声が低い。
「さっきの人、
責めたかったわけじゃない」
「分かってます」
即答。
「じゃあ、
なんでああなったの」
(そこだな)
「二つあります」
指を一本立てる。
「一つ目。
エリシアは、
“正直でいよう”としました」
「……それが悪いの?」
「この場では、
危なかったです」
エリシアは、顔をしかめる。
「嘘つけってこと?」
「いいえ」
俺は首を振る。
「正直さを向ける相手を、
間違えただけです」
沈黙。
エリシアは、ゆっくり息を吐いた。
「……貴族だから?」
「はい」
即答。
「力を持ってる側が、
正直を振ると」
少し言葉を選ぶ。
「それは、
刃になります」
エリシアの指が、
ぎゅっと握られる。
「……じゃあ、
私は、
ずっと黙ってなきゃいけないの?」
「違います」
すぐに否定する。
「言っていい場所と、
言っていい相手が、
違うだけです」
「……面倒」
「ええ」
苦笑する。
「貴族って、
そういう立場です」
エリシアは、天井を見上げた。
「……家なら」
ぽつりと。
「今の私、
“未熟”って言われる」
(来た)
「感情に振り回されるな。
立場を考えろ。
結果だけ見ろ」
一語ずつ、
誰かの声をなぞるみたいに。
「きっと、
今日のことも、
私の失点として数えられる」
声に、感情が乗らない。
慣れている証拠だ。
「……でも」
小さく続ける。
「私、
間違ってない気もする」
俺は、少し考えた。
「間違ってません」
「……え」
「やり方が、
合ってなかっただけです」
エリシアは、
ゆっくりこちらを見る。
「……それ、
家で言ったら、
本気で怒られるわよ」
「でしょうね」
即答。
「でも」
俺は床を指した。
「ここでは、
言えます」
エリシアは、
しばらく黙っていた。
「……さっき」
声が、少し震える。
「袋、落とした時」
「はい」
「皆が、
一斉に下を向いたでしょ」
「ええ」
「……あれ」
唇を噛む。
「私が、
怪物みたいに見えた」
(それも、事実だ)
「そう見えたと思います」
正直に言う。
「でも」
続ける。
「エリシアが、
怪物だったからじゃない」
「……じゃあ何」
「立場が、
人を歪ませるだけです」
エリシアは、
苦笑した。
「……最悪」
「ええ」
「家に戻ったら、
今日の話、
絶対に伝わる」
(間違いなく)
「それで?」
エリシアは、
ゆっくり息を吸う。
「きっと、
迎えが来る」
一拍。
「それも、
“正しい形”で」
俺は、黙って頷いた。
「……その時」
エリシアが、こちらを見る。
「カイは、
どうするつもり?」
(重い質問だな)
少し考えてから、答える。
「多分」
肩をすくめる。
「すごく嫌われます」
エリシアが、
小さく笑った。
「でしょうね」
「でも」
続ける。
「今日みたいなことを、
“なかったこと”にはしません」
エリシアの表情が、
ほんの少し、緩んだ。
「……変な人」
「よく言われます」
外で、風が吹く。
窓が、かた、と鳴る。
静かな時間だ。
でも、
確実に分かる。
この静けさは、
長くは続かない。
実家は、
正しい顔をして、
やってくる。
その時、
エリシアは、
今よりもう一段、試される。
そして俺も――
魔力ゼロのまま、
真っ正面に立つことになる。
それでも、
今日のこの静けさは、
無駄じゃない。
エリシアは、
ちゃんと、自分で考えている。
それだけで、
次に進む準備は、
もう始まっていた。




