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第47話: 剣豪が猫になっていたり、おっちゃんが難しいことをいっぱい喋ったり、ウチがマジでビックリする話

「あ?あぁ……そやな!腹ごなしもしたし、ちゃっちゃと行くか!あんまり遅うなったら畝傍山のご老体に怒られるしな!」

「なぁおっちゃん。さっきから言ってる畝傍山のご老体って誰なん?ひょっとしてそれも神さん?」

 ウチが訊くと、おっちゃんは少し考えてから、大きく頷いた。


「まぁ……そろそろ言うといた方がええか……ご老体っちゅうんはな、大山津見神(おおやまつみのかみ)っちゅう古い神さんや。俗に言う国津神(くにつかみ)の始祖ってやつやな。

 イザナギはんとイザナミはんは、ヒルコはんを産んだ後、国産みと神産みで日の本の島々と色んな神さんを産んだわけやけど、イザナギさんとイザナミさんの交合から直接生まれた神さんって、14人しかおらんのよ。

 で、この14人の神さんっていうのは、人間にはほとんど関りを持たんのやけど、ただ一人 大山津見神だけは違うてな。


 自分ら、自凝島(おのころしま)神社でクシイナダさんに会うとるやろ?あの人のお父はんとお母はんが足名椎(あしなづち)手名椎(てなづち)っていうんやけど、その二人のお父ちゃんやねん。


 それだけやないで。アマテラスの孫の、天孫、天津彦彦火瓊瓊杵尊あまつひこひこほのににぎのみことっていう神さんおるけど、その嫁さんの木花之佐久夜毘売このはなのさくやびめのお父ちゃんでもあるわけ。

 まぁ言うたら、この国の始めの頃の歴史を知ってるっちゅうわけやな。」


 へー……なんかすごいかも。そんな人おるんや。あ、でも……

「その人がゴッドファーザー的なんは分かったけど、別に姫とかヒルコさんとか、それこそイザナギさんに聞いたら済む話しちゃうん?やって、みんな最初の神さんやん?」

 ウチがそういうと、おっちゃんはドヤ顔でチッチッチって指を振る。うわ、ダサっ!


「夏菜子、分かってへんなぁ……ま、オマエもまだまだお子様っちゅうこっちゃ。」

 あ、なんか腹立つ。っていうか、そんな大昔のことなんか誰も分からんし。


「あのな? イザナギはんは、自分の嫁はんに追いかけられて黄泉の国から帰ってきてから、シュンってなって隠居してもうてんねん。そっから先はノータッチや。

 ほんで、アマテラスはそのイザナギさんが帰ってきてから化生(けしょう)で生まれた神さんやろ? つまりな、『国産み』とか『神産み』っちゅう日ノ本のいっちゃん初めの頃は知らんのよ。それに、そのころは高天原におったから地上のことは分からんしな。」


「あー……言われてみたら……」


「せや。ほんでヒルコさんは、生まれてすぐお船で流されてドンブラコやろ? 何が起きたかなんか知るわけもないわな。スサノオとかクシイナダさんは、『出雲』でラブラブ新婚生活やから、全国区のことは分からん、っちゅうか、どうでもええし。」


 おっちゃんはそこで言葉を切ると、道の駅のテラスから見える畝傍山を指さした。


「せやけどな、このオオヤマツミのご老体はちゃう。イザナギ・イザナミ夫婦がラブラブやった頃に産まれて、それからずーーっと、この日ノ本で起きたことを全部見てきてはるんや。

 国産みから、天孫降臨までを、地上のど真ん中で、ずーっと定点カメラみたいに。な?そない思うたらこの人に聞いたら一発やて思わんか?まぁ、ワシもしばらく会うてへんしな~。ご老体は酒が好きやねん。じつは夏菜子のお母ちゃんからええワインもろうてな!ぜひこれを一緒に飲みたい!」


 なんや、酒飲みたいだけかいな。そんなことを言いながら、とにかくウチらは道の駅 かつらぎを、畝傍山に向かって出発した。


 ◆


「いてて……慣れねぇ恰好をしてるせいでアチコチ痛いぜ……なぁ、夏菜子さんよ、霊体のままなのにぬいぐるみになる必要なんてあるのかい?いくら霊体って言ったって、身体の感覚はあるんだから、骨が一気に縮んで全身から毛が生えたみてぇで気持ちが悪いのなんのって……」


「む?左様か?某は楽しいぞ!この姿、実にキュートではないか!」


 どういうわけか分からへんけど、席が足りへんからぬいぐるみになってな、っていうと、ガム新さんと十兵衛さんは『にゃんこ日本史』に出てくる、猫のぬいぐるみになってた。


「仕方ないやん。この車、四人乗りやし、ウチ、アレ君、田島が座ったらあとは一人分しか座るとこないんやから。それに、おっちゃんも真魚さんも我慢して『太子くん』と『こうやくん』になってんねんから、二人も我慢して。あ、十兵衛さんは別にええんか。」


 そういうと、着物姿に眼帯をした二足歩行の猫がチョコチョコ歩き回る。一方の、浅葱色(あさぎいろ)の羽織を着た猫、つまりガム新さんは『うーん』と唸りながら寝転がってた。


「まぁ、道の駅かつらぎから畝傍山までそないにかからん。ガム新、ちょっとの辛抱や。それにしても・・・」

 おっちゃんが、また巻物を読み始めると、「うーん」って言うた。


「どないかしたん?道の駅でもそれ読んでなんか唸ってたけど。」ウチが声を掛けると、おっちゃんは「ふむ」っていうて腕も組む。2頭身の太子くんが腕を組んで考え事をしている絵面は可愛いけど、しばらくしてポンって手を打つと、巻物を開いてウチに見せた。


「ここにな、勝鬘経義疏しょうまんぎょうぎしょって書いてあるやろ?」そういって、おっちゃんに見せられたそれは、もちろん当時の言葉で書いてあるから、ウチにはなんのこっちゃ全然分からへん。

 あ、でも、実家の物置で見たお父ちゃんの手紙に似た文字で書いてあるわ、これ。


「おっちゃん、ウチ現代人やで?万葉仮名(まんようがな)とか読めるわけないやん。だいたい読めたとしても、当時の言葉と今の言葉ちゃうんやから、わかるわけないやん。」ウチがそう言うと、おっちゃんは、あ、そうかそうか、ごめんごめんと言って、解説をしてくれた。


「えーとな、そもそも勝鬘経(しょうまんぎょう)っちゅう仏教の経典があんねんけど、それって、もともとは女性でも悟りに至れますよ~みたいな内容やねん。で、ワシはな、当時大王(おおきみ)やったワシの叔母さんが、ええ感じでリーダーシップを発揮できるように、「女でも天下万民を救う理想の王になれるんやで」的なことを書いたわけよ。それが勝鬘経(しょうまんぎょう)義疏(ぎしょ)なんやけど・・・」

 おっちゃんはそう言いながら、巻物のある位置を指さす。


「ここにな、『女人の徳を以て天下万民を安らかとなさしめる我らがやまとの手法の妥当性は、長らく証明できないことであったが、この天竺インドの学問である仏教に、その理論的背景を発見し得たことは非常に驚く他ない』ってなことが書いてあってな、いやー、自分で書いとってすっかり忘れとったけど、そもそも勝鬘経を調べようて思ったんかて、姫はもちろんのこと、邪馬台国の卑弥呼はん、壱与はん、それと姐さん(八幡さん)とか、大昔の(やまと)が女王の統治で割と上手いこといっとったからやねん。その理論的バックボーンは無いか調べとったんやったわ~」


「ん?なんかよう意味が分からへん。それが今から大山津見神さんに会いに行くことと何の関係があんの?」

 ウチが聞くと、おっちゃんは「まぁ聞きぃや」って言った。


「ワシの叔母さん・・・推古天皇っていうんはな、めっちゃ賢い人やってん!それにめっちゃ美人でなぁ!ワシのことごっつぅ可愛がってくれたし。いやぁ~子供の時分はとにかく叔母ちゃんに会うんが楽しみで楽しみで・・・あ、いや、それは置いといて。とにかく、賢い人やった。そやから、その当時の大王が次々に死んだり、悪いこと企んだ皇子が処刑されたりしたときに、蘇我馬子はんは叔母さんを大王にしようとしたんやけど・・・まぁ、当時は女人で大王になるとか、なかなかチャレンジングやったわけよ。それでワシは、諸々の豪族を説得するエエ方法はないかと思って、それ以前の倭の歴史を調べたら……結構、女人が統治しているときの方が安定してない?みたいなことが分かった。まぁ、ワシらの後にも持統天皇ってめっちゃすごい人おったしな。」


 へぇー・・・そうなんや。せやけど・・・なんかちょっと違和感あるかも??

「おっちゃん、その人らが凄いんは分かったけど……なんかこう、どない言うたらええんやろ?女が上手いこと利用されてる感じがするって言うか……いや別に、いやとか腹立つとか言いたいんとちゃうねん。でも、八幡さんから聞いた時も思ったけど、『男らがいい加減なことやった後始末つけてる感じ』って言うん?あ!でもおっちゃんはその推古天皇をサポートしたんやろ?それはかっこええと思うで!」


 ウチがそう言うと、おっちゃんはちょっと照れくさそうに笑った(もちろんヌイグルミのまま)。

「いやはは……おおきに。でも今夏菜子が言うた違和感、実はワシも思った。今回の件でな。」


 なにそれ?どういうこと?ウチが訊くとおっちゃんが説明する。

「ほら、今回の発端って、自分らで国をよう治めんようになった与党の政治家どもが、姫に訳の分からんバケモンを当てがおうとしたところが発端やん?姫を利用しとるんよ。で、ワシが思うに、どーもそう言うんって、神話時代に起源があるんちゃうかって思ったわけ。その辺の話をオオヤマツミはんに教えてもらいたいわけ。」


 あぁーなるほど……だいぶ合点がいった感じするかも。

「あ、夏菜、もうじき目的地だよ。ほら、そこの角曲がったところ。」田島に言われてカーブを曲がると、なんか昔にみたことあるような風景が見えてきた。


「あれ?ここって……」ウチが言うと、おっちゃんが「着いた着いた」っていう。

「いや~、久しぶりやな。ここが畝火山口(うねびやまぐち)神社。ご老体、大山津見神がいてはるところや。」


 車を止めて境内に入ると、どこかのお家の年配の女の人がこっちに歩いてきた。

「お、お祖母ちゃん……なんで……」ウチが言葉を失って呆然ってしてると、おっちゃんがその人に向かって挨拶する。


「どもども!お久しぶりです!石長比売いわながひめはん!ご老体はいてはりまっか?ちょっと相談したいことあって来ましてん!」

 すると、その女の人もおっちゃんに挨拶を返して……ほんで、ウチの方に近寄ってくるとこう言った。


「お帰り、夏菜子。すっかり大きぃなったねぇ。えらい別嬪のお嬢さんになって……お母さんやお兄ちゃんは元気にしとる?」


【三つの経典に込められた太子の狙い】


読んでいただきありがとうございます!

今回は、おっちゃん(太子)が意外とちゃんと政治家・思想家として「国造り」をしていた頃の話が出ましたね。

作中に出てきた『勝鬘経義疏』を含め、太子が注釈書を書いたとされる3つの経典(三経義疏)には、それぞれ明確な政治的・教育的狙いがあったと言われています。


【今回の一口メモ:三経義疏さんぎょうぎしょ


聖徳太子は、当時の日本に必要な「新しい国のカタチ」を示すために、数ある経典の中からあえてこの3つを選んだとされています。


1. 法華経義疏ほっけぎしょ

最も有名な経典。「すべての人が仏になれる」という思想(一乗)を説き、豪族同士の争いが絶えなかった日本を一つにまとめるための「和の精神(統一イデオロギー)」の土台としました。

2. 維摩経義疏ゆいまきょうぎしょ

主人公の維摩居士ゆいまこじは、僧侶ではなく「在家(一般人)」の大富豪。彼は出家の弟子たちを論破するほど賢い人物でした。

これは、当時の役人たちに向けて「出家しなくても、日々の公務や生活の中で悟りを目指せるんやで(だからしっかり働け)」と伝える意図があったと言われています。

3. 勝鬘経義疏しょうまんぎょうぎしょ

作中で触れた通り、女性が説法をするお経。推古天皇という「女性リーダーの正当性」を理論的に支えるために選ばれました。


こうして見ると、太子は「国をまとめる(法華)」「役人を教育する(維摩)」「トップを正当化する(勝鬘)」という、完璧な布陣で国造りをしていたことが分かりますね。

(今はぬいぐるみの姿ですが……笑)


さて、ラストで夏菜子の前に現れた、懐かしい人物。

次回、物語は核心へ。お楽しみに!

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