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第二節

カミサマは自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。では天使は?

朝起きてから今になるまで、俺は昨日の出来事をハルに伝えるべきかずっと考えていた。

授業は当然頭に入らず、3メートル程先でべらべら喋っている教師の薄い後頭部をぼんやり眺めていた。カルピスみたいな色の空を映す締め切られた窓を北風がこすり、不快な音を出していたが、誰もそれを気にも留めていなかった。一限が終わり、休み時間が来ると俺は足早に屋上へ走り出した。

羽の生えた自称天使と会ったなんて、もし俺が他の奴に言われたらまずマトモに取り合わない。誰だってそうだ。

だがコレはは真実だ。天国はある。そして天使はいる。悔しいが、あんなのを見てはもう認めるしかない。

しかし、天国の存在証明はそれ即ちハルの両親の肯定であり、ハルの人生の否定だ。

しばらく考えた後、結局、ハルには申し訳ないが昨日のことを伝えることに決めた。

ハルを廃鉄塔に近づけさせない為には、ハルが親にしようとしているように、証拠を突きつける必要がある。「天国は存在する」と。

俺としてはどうしても、ハルに危険なことをしてほしく無かった。

疑われたら昨日のあいつと会わせればいい。「この辺で適当に暮らす」と言っていた気がするし、頑張れば会えるだろう。多分。

俺は腹を決めたようなヤケクソになったような気持ちで、足早に屋上へ向かった。


「空良!!」

矢のように校内を走る最中、俺は突然呼び止められた。

スニーカーの底でブレーキをかけ振り返ると、そこにはハルと同じクラスの有賀がいた。

有賀はハルを経由して知りあった奴だ。

「ごめん有賀、今急いでる」

「何があったか知らない!?」

有賀はこちらを遮り、続ける。

「ハルから何か聞いてない!?何でもいい!!」

有賀は問うというより、問い質しているようだった。何の話か分からないが、酷く取り乱している。

「ちょっと待って 何の話?」

「ハルが行方不明なんだよ」

「…」

「ハルが…!?」

体が硬直し、喉の奥から体温が消えていく感じがする。

「昨日から帰ってなくて、理由も分からないって」

「空良、ハルと仲良かったでしょ?あいつから何か聞いたりしてない…?」

驚きや心配、より先に、猛烈に嫌な予感が俺を襲った。しばらく動けず、ただ、頭が真っ白だった。

俺の中で膨らみつつあった杞憂は、もう現実になってしまっていた。

間違いない。

ハルは廃鉄塔に登った。


「空良!?」

居ても立っても居られず、俺は走り出した。

俺のせいだ。もう既に遅かった。間に合わなかった。

ただ、今は屋上に向かわないといけないような気がする。そこにまだハルがいるような気がする。

階段を駆け上がり、鍵の壊れた屋上の扉を、肩で押し開いた。

冬半ばの澄んだ冷気と、昼前の日差しが、寒色の階段を切り裂いた。



「こんにちは。で合ってるかな」

ハルはいなかったが、そこに居たのは確かに探していた奴だった。

屋上を取り囲む3メートルほどのフェンスの上に、そいつはしゃがみこみ、羽を広げてこちらを見下ろしていた。

「何でここに…?」

息を切らしながら答える。

「僕の勝手だろ」

そういうなり、そいつは広げた羽を畳み、こちらに飛び降りた。

「ありがとね」

「え?」

「僕と会ったこと、黙っといてくれたでしょ」

「ああ…」

特にそんなつもりは無かったが。

天使は昨日と違い、ゆるい白のズボンと白パーカーを纏っていた。

「天使が出た、なんて知れたらたちまち大ニュースになるからね」

「そしたらもうこの街にいられなくなる」

天使は無表情のまま続ける。明るいところで見ると尚更、顔がただ張り付けてあるかのように見える。

「…」

ここのところずっと情報過多で、なんだか、ずっと脈絡のない夢を見ている気分だ。

しばらく呆れのようなヤケクソのような心持ちでいた。

ぼぅっと天使の羽根を眺めていると、その時、混乱した頭に一つの考えが浮かんだ。

こいつを利用できないだろうか。

ハルが知りたがってた天国のことを、こいつは多分よく知っている。

そしたら、ハルが消えた詳細に、何らかの形で少しでも近づけ────────


「空良ー!!」

後ろから有賀の声が聞こえた。

俺を追って階段を駆け上がっている足音が、段々と近づいてきている。流石に天使も気づいたようで、表情を暗くした。

「逃げて!!」

こんな所を見られたら尚更厄介なことになる。

「こんな日中に飛んだら目立つよ」

「じゃあ隠れて!!」

「隠れるったって、どこに」

確かに、この屋上には何も無い。

「どうしよう…」

「仕方ない。ちょっと我慢してて」

「え?」

そう言うなり天使は、突然俺を羽交締めにした。

「ちょっ 何するんだよ」

「じっとしてて、じゃないと死ぬよ」

「僕に考えがある」



「空良…?」

校舎へ続くドアが開き、有賀が出てきた。

そして俺と目が合った刹那、有賀は目を見開き、その場にへたり込んだ。初めて見る表情だった。

「何がどうなって…」

掠れた声を北風が掻き消した。

有賀は酷く取り乱していた。無理もない。目の前で、友人が天使に人質にされているのだ。

「じっとしてて」

天使は再度俺に囁く。

「どっ…どういうこと…?何…天使…?」

「何も見なかった事にして」

「えっ?」

「何も見なかった事にして。じゃなきゃ、この子を殺すよ」

天使は俺を羽交締めにしたまま、左手の人差し指を俺のこめかみに向けていた。その先端には、猛禽類のように鋭い爪が冷たく光っていた。

パニックを起こしている有賀に天使が畳み掛ける。芝居のかかっていない、マジで俺を殺すトーンで淡々と話を続ける。

やっていることが悪魔だ。

「このことを誰にも伝えなければいいだけ」

「約束出来る?」

「はっ はい…」

有賀は力無く立ち上がり、そのままゆっくりと歩き出し、逃げるように下の階に消えた。

普通に見つかるより、もっと厄介なことになった気がした。


「これからどうすんだよ…」

「何を」

「分かるだろ」

つい声を荒げてしまう。

「俺は明日からどう接すりゃいいんだよ…皆と」

「あの子は誰にも伝えないと僕に約束したよ」

「こんな場面に遭遇しておいて、誰にも話さない訳がないだろ」

そして、こいつが元天使であることを思い出し

「ニンゲンはそういう生き物なんだ」

と付け加えた。

「ヘンな生き物」

「悪かったね」

俺は人類を代表して悪態をついた。

「それよりそっちはどうすんの?」

「〝天使は実在した〟なんて知れ渡ったら大騒ぎになる。猟銃を持った人間が、この街に殺到することになるかもしれない」

「あの子が約束を破ったらね」

「破るよ」

「もしそうなったら、約束通り君を殺すよ」

驚いて振り返ると、天使は、冗談なのか本気なのか分からない、薄い笑みを浮かべていた。

「天使も冗談って言うんだね」

恐る恐る聞くと、天使は

「さあね」

と、顔を綻ばせた。


奇怪な二人の会話を遮るように、2限の始まるチャイムが鳴った。

腰が痛い 同じく目も痛い

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