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第一節

カミサマがいないというならば、なぜこんなにも多くの人が、カミサマを信じている?

「やっぱりここだった」

「ん」

俺が話しかけると、屋上のフェンスにもたれて外を眺めたまま、ハルは物憂げに返事をした。こいつはどこにもいない時、大抵この屋上にいる。

この私立高校の六階にある屋上は、テニスコート二面分くらいの大きさがあり、3メートルほどのフェンスの奥から周りの街が一望できる。ハルはいつも通り、学校から一、ニ駅程先にある巨大な廃鉄塔を見ていた。ざっと百何十メートルくらいはありそうなソレは、もう使われていないらしく、周囲は立ち入り禁止になっていた。遠くからでもよく見える為、街のシンボルの様な感じがあるが、何故そこにあるのか、いつからあるのかは街の誰も知らない。

「空良」

「やっぱり俺は、天国を見に行きたい」

「またその話?」

「諦めきれないんだよ」

「この目で確かめてやりたいんだ」

「天国が有るのかどうか」

ハルがこういう事を言い出したのはここ最近になってからだ。理由は分からないがハルのことだ、おそらく、両親からの思想の押し付けがとうとう嫌になり、実際に神が存在しない根拠を示そうというのだろう。ハルが持っていた、胡散臭い本には雲の上には天国が有り、天使がわんさかいると書いてあった。非科学的なバカ話ではあるが、ハルはあんな親元で育った事もあり、確信が持てないでいるようだった。

「だからって…本当にあれに登る気かよ」

「俺に羽でも生えてない限り、それしか方法はない」

この廃鉄塔は、層雲が降りてくる冬場になると、先端が雲に隠れて見える。ハルはそのタイミングで、あそこに登る気だ。

そのタイミングを探すために、昼休み以外にも暇さえあれば、ハルは屋上に上がるようになっていた。

「こっからでも老朽化してんのが見えるじゃんか。何度も言ってるけど危険だろ」

「だからって来年の冬まで待てない」

説得が無意味な事は知っていた。かといって止めないわけにもいかなかった。

「そうだ、そういや卓球部の奴らが探してたぞ、顧問が読んでるって」

ぎくしゃくしない内に話を切り上げ、ここにハルを呼びに来た目的に話を戻す。

「えー。行きたくねーな」

そう言うとハルは校舎へと繋がるドアへ向けて走り出した。

「別に大丈夫だろ。後ろ暗い事が無ければ」

走るハルの背中に叫ぶ。

「ある」

ハルの背中がそう答え、下の階へと消えた。

背の低いビルや民家をかき分けた遠くで、高層ビル群に空の色が滲んでいた。


四階の図書室の窓から顔を出すと、そこにはすでに茜色の空が広がっていた。

眼下に広がる街は昼間のそれとは違い、建物一つ一つが緋色と黒の二色で塗り分けられてている。

太陽は地平線から順に空を赤く照らし上げ、日が既に通り過ぎた頭上にはまだペールトーンの青色が残っていた。

視線を図書室内に戻すと、真後ろで色褪せたカーテンが風になびき、そこから漏れた光が静かに蔵書を赤く染めていた。

図書室には居残った俺以外誰もいない。この薄ら暗い図書室は俺だけの空間だった。

今日の蔵書整理の当番は俺だけだったが、それは俺にとって好都合だった。作業がもうとっくに終わっているのにも関わらず、こうしてずっと外を見ていられる。

でも楽しい時間は永遠には続かない。時計の針が六時七分あたりを指し、さすがに焦りを感じた俺は図書室の鍵を手に取り、図書委員の腕章を外してからくたびれた通学鞄を肩にかけた。

その時だった。


がしゃあんっ

     


「わっ」

何かが割れるような音が俺の右耳をつんざいた。

急いで振り返ると、無惨に粉々になった窓が視界に飛び込んできた。

鳥?それか野球ボール…?

半分パニックになりながら現場に近づくと、

ガラスの破片を視認するより先に、窓の下にうずくまる人影を見つけた。

恐る恐る注視してみると、その人影の小柄な背中は膨張と収縮を繰り返し、浅い呼吸をしているようだった。自身が辛うじて生きていることを訴えているようにも見えた。

「あの…」

声をかけようとした刹那、膨張した背中が縮むことなく突如停止し、そこから何かがはらりと広がった。

「ひっ」

夕日の影に染まったそれは折れ曲がったハンガーのような形をしていて、少しずつ形を曲げ伸ばししながら形を作っていった。

それら一連の動作をはまるでセミの羽化のようで、俺は声を出すことも逃げる事も出来ずそれに見入っていた。

やがて人影が立ち上がり、背中から伸ばした何かを左右に広げ、擡げた。

そのシルエットを認識した時、俺は、頭で理解するより先に声を発していた。

「…………」

「羽…?」




皆が皆、心の底で「カミサマ」を信じてる。

何かの宗教を信じてるとか、変なカルトにハマってるとか、そんなんじゃなくても、みんな心のどこかで「カミサマ」のことを信じている。

そしたら必然的に、カミサマがいる場所に天国があって、そこには天使がいる。

天使は整った顔立ちを持ち、光輪を頭上に浮かせ、眩しいほどに白い羽を擡げている。そんなのは俺が生まれるよりずっと前から決まっていたことだった。

俺が見たソイツが何なのかと言えば、間違いなく天使だろう。でも、俺が見た天使はそんな良いものじゃなかった。

薄汚れた服を纏い、羽と髪は灰色のように見え、血のようなものにまみれていた。神々しいわっかに至ってはどこにも見当たらなかった。

その赤黒くてグロテスクな容姿はまるで、生まれたての胎児のように見えた。

「…」

「えっと」

「羽……だよね…?ソレ…」


「そう」

人影が口を開く。

「触ってみる?」

「いや…」

反射的に答えてしまった。

実際触りたくは無いが、相手に不快に取られたかもしれない。得体の知れないその人影に俺はすっかり怖気付いていた。

「そう」

口ぶりを見るにこの状況にはあまり取り乱してはいないらしい。

俺はいかにしてその場を逃げ出すか考えると同時に、目の前の信じられない光景から目を逸らせずにいた。恐怖心と好奇心の間で揺れる間、気まずい沈黙がいくらか流れた。いつの間にか外は日が落ち切り、空は全て赤く、雲は紫色を帯びていた。

「あの」

「天使……なの?」


「うん」

天使モドキは無表情のまま答える。

「マジ?」

「うん」


「…」

「信じてないだろ」

自称天使は呆れたような表情を見せる。顔にピントが合った時初めて、そいつが15~16歳くらいの顔立ちをしていることに気付いた。


「えっと、なんというか…いきなり飛び込んできて信じろって方が無理というか」

呂律もうまく回らないまま、話を続けようと試みる。

「なんか…ごめんなさい」

「いいよ」

「どっちかっていうと僕が悪い。天使っていったって〝元〟だし」

「元?」

「そう」

視線を俺から窓に逸らす。

「もう天使じゃない。僕の羽と髪が灰色だったから、光輪を引き千切られて追い出されちゃった」

そういうと天使は頭についた赤黒い塊を手で払った。

「そんな…灰色は生まれつきとか?」

天使がかぶりを振る。

「煙草」

「…」

「ヤニでシャツが汚れるみたいな…?」

流石に問い返す。

「そうそうそれ、同じ」

「………」

「そもそも天国に煙草ってあるんだ」

「ない」

天使がまた、被りを振る。

「もらってた。地上から」

「…」

「ていうか天国って本当にあるんだ…」

「まーね」

「でも存在を知らなかったわけじゃ無いでしょう?」

「そりゃ…そうだけど…」

「知りたくなかったんだね 事情は知らないけど」

もうここまでくると信じるしかない。悔しいが、あの胡散臭い宗教書も、ハルの両親が言っていた事も真実だったのだ。

「聞きたい事がそれだけなら僕、帰るけど」

そういうと天使は羽を広げ、真後ろの窓に向き直った。

「えっちょ待ってよ」

慌てて問い返す。

「帰るったってどこに…?」

「…」

「あ」

「そっか、もう帰れないんだっけ」

「まぁこの辺で適当に暮らすよ」

そう言うと天使は窓枠に手をかけたかと思うと、瞬く間に飛び降りた。

俺はしばらく唖然としたまま、その場で立ち尽くすしかなかった。

「何だったんだよ……」

しばらくして我に帰ると、外はすでにすっかり暗くなり、ほとんど無彩色になった空と雲が、すっかり図書室中を闇で染めていた。

暗くて時計が見えず、携帯に電源を入れて見ると、既に時刻は六時四十五分を周り、母と兄からの鬼のようなメールの跡があった。

俺は急いで通学鞄を肩にかけ、鍵を持って図書室を後にした。今日あったことをハルに話すべきか、割れた窓と散らばった血を司書にどう説明しようか、等と考え事を巡らし、ついには図書室の施錠を忘れたまま、俺は帰路についた。

自己満習作故気分で続くかも

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