ラミード・リの人口論
ラミード・リの人口論
通常、我々エア人の起源はエスジェニア人にあると見なされている。彼らはジェノア東南部の丘陵地帯に住み、その地の豊富なマナの脈を利用して豊かな農業を築き上げた。彼らは古くから豊かな農業生産のためにマナの脈を効率的に利用する方法を研究してきており、その学者団を中心に運営される共同体的性向の社会を有していた。彼らが築き上げた魔法的成果、科学的発達、文化的深みと多様性、社会制度の改善は、他の地域に比べて圧倒的に発達した形態であった。
しかし、エスジェニア人はある瞬間、突如として衰退したと伝えられている。輝かしかった都市はいつしか混沌と炎に満ち、古代都市は崩壊し廃墟と化した。そして、その混乱の嵐を耐え抜いた人々は、その都市を再建し、自らをエア人と呼び始めた。
一体なぜ輝かしかったエスジェニア人が崩壊したのか、我々はその明確な理由を知ることが難しい。エスジェニア人はその学問的性向から多くの記録を残したと伝えられているが、彼らが崩壊する時期にその記録物が破損し、残された記録物は少数であり、特に崩壊期当時の記録物はさらに見つけにくい。
加えて、我々の立場としては、過去のタラン人の侵攻により、エア人は本来彼らが住み、過去エスジェニア人が住んでいたジェノア東南部の丘陵地帯から追われ、続くタラン人のジェノア大陸占領を避けて北西方向に移住し、最終的に海を渡ってこのエピネ島に居住することになった。やがて自らをエピネ人と呼ぶようになった。このようなタラン人からの避難、言い換えれば「順行の道」の過程で多くの資料が失われ、たとえ後に復元作業が行われたとしてもそれには限界があり、過去の出来事を明確に知ることが難しい状況である。
それでも、エスジェニアの崩壊時期における当時の学者による研究が一つだけ残され、伝えられている。その学者の名はラミード・リであり、彼は限られた空間と限られた資源の中で人口が増加し、それが限界点に達するほど社会全般の不安度が高まるという主張をした。この人口論は後にエア人にも影響を与え、研究された。このような持続的な探求過程があったからこそ、記録が失われていく中で残り、伝えられることができたのである。
しかし、ラミード・リの人口論の研究書の原本は残っておらず、現在伝えられているものはすべて後代に再研究された資料に過ぎない。また、彼は社会崩壊の根底にある原因を分析しただけで、その根底の原因から派生して社会が具体的にどのような形で崩壊したのかは語っていないため、我々はエスジェニア人がどのような形で崩壊していったのかを知ることはできない。
それでも、彼の人口論は社会科学的なアプローチを初めて試みたものと見なされ、これをもとにさらに多くの派生的な理論も作られた。今日に至ってこの人口論に批判が加えられているのは事実だが、限られた空間と資源、そして制限された技術発展によってその制約の向上が妨げられている状態では、人口と資源の間の均衡が全地域の社会、そして過去と現在の社会の興亡における主要因であることは否定できないだろう。以下は人口論についての初歩的な説明である。
限定された空間、たとえばエピネ島という空間を想像してみよう。
その空間とその空間にある資源は限られている。
そして、その空間にある社会を想像してみよう。その社会がその空間を占有する唯一無二の社会である。
我々人間は生存のために生産物が必要なため、生産活動を行う。
この時、社会構成員一人当たりが生産する平均生産量を a とする。
そして、社会構成員一人当たりが生存のために必要とする最小限の生産量を b とする。
また、その空間と資源は限られているため、その資源を利用して生産できる生産量の総量を Pm とする。
今後の説明では、a, b, Pm はすべて定められた定数と仮定する。
しかし、a と Pm はそれぞれ状況によって変わりうる変数である。たとえば、農業技術が発達するほど、同じ地域で生産できる農業生産量は増加するため、a と Pm は上昇するだろう。
そして、生産量を何で基準にするかによっても変動が生じうる。たとえば、生産量=銀貨と仮定したとき、銀貨の価値が下がり米の価格が上がるのに俸給が同じだと仮定すれば、このとき個人の立場では a の俸給は同じでも b の必要生産品の価格上昇によって絶えず変わりうる。
それにもかかわらず、他の変数間のおおよその相関関係を把握するため、これらを便宜上定数と見なし、後で立てられた式を基にその数値を調整しながら見ていくことにする。
ある社会の人口を x とし、その社会が生産する生産量を Pa(x) とすると、
Pa(x) = ax であるが、ax は Pm を超えることはできないため、
ax < Pm、すなわち x < Pm/a のとき Pa(x) = a*x
ax >= Pm、すなわち x >= Pm/a のとき Pa(x) = Pm
ある社会の構成員が飢餓状態に陥らないようにするための最小限の生産量を Pb(x) とすると、
Pb(x) = b*x
そして、余剰生産量を Pl(x) とし、その定義を Pl(x) = Pa(x) - Pb(x) とする。
x < Pm/a のとき Pl(x) = (a-b)x
x > Pm/a のとき Pl(x) = -bx + Pm
ここで、社会の余剰生産量が最も多くなるのは x = Pm/a のとき:生産最適状態の人口
社会の余剰生産量がマイナス、すなわち社会が飢餓状態に達するのは x = Pm/b のとき:最大生産量が収容できる最大人口
(Pl(x) = -bx + Pm = 0, bx = Pm, x = Pm/b)
この余剰生産量の絶対値で社会の満足と不満足を決定すると仮定すると
(生産量がすなわち幸福度ではないが、人間の生存に関わる最も普遍的な要件であるため、このように仮定する)
Pm の値が大きくなるほど、Pm/a < x < Pm/b の間における余剰生産量と、その社会の幸福度の変化の格差が大きくなる。
より詳しく説明すると、時間が経つにつれて人口は増加するとしたとき、人口は幾何級数的に増加する。
このとき、Pm の値が大きくなるほど、その社会で利用可能な人口の量も多くなると同時に、余剰生産物の下落幅も大きくなる。
つまり、Pm の値が大きくなるにつれて、生産限界点に達したときに社会に加えられる不満足度は大きくなる、というのが基本的な説明であった。
しかし、この主張は当時のエスジェニア時代にも反論と批判があった。
そこには様々な批判があるが、ここでは人口論の大まかな理解のため、主な批判点を一つ挙げて説明する。
生産量の絶対量がすなわち幸福度を決定することはできない、というものである。
たとえば、日当1をもらっていた人が突然日当5をもらい始めれば、その人は一般的な状況では幸福だろう。
しかし、日当10をもらっていた人が突然日当5をもらい始めれば、その人は一般的な状況では不幸だろう。
このように、同じ日当5をもらう状況であっても、各自の幸福と不幸が異なる状況が生まれるため、
生産量の絶対値でその幸福の推移を測ることはできない、というものである。
そこで説明するのが期待生産量である。現在の生産量を基準に未来に対してどの程度の生産量を持ってほしいと期待し、実際にその状況になったとき、実際の生産量と期待生産量の差の分だけ幸福度が決定されるというものである。
ただし、ここで現在の生産量を基準に未来の生産量に対する期待を抱いているため、期待生産量は時間 t という変数によって調整されることがわかる。
しかし、ここで我々がこれまで説明してきた Pa(x), Pb(x), Pl(x) はすべて人口 x に伴う生産量 P の変化を推計したものであるため、期待生産量を見るには時間 t の値を追加するしかない。時間 t の値を追加する説明は、今この本に触れたばかりの人にはやや高度な説明となるため、より基礎的な数学的知識で理解できる方向に説明を続けていく。
まず、普遍的な状態で、基本的に時間が経つにつれて人口は増加すると仮定する。
そして、現在の生産量を基準に未来の生産量が形成される時間のタイムラグがあり、そのタイムラグの間に増加する人口の平均量を t と定める。
もちろん、このような t の定義は多くの問題を内包している。人口が少ない時期と多い時期の人口変化量は決して同じではなく、推移が折れる時点や余剰生産量がマイナスに転じる時点で歪みが深刻化する。また、後で期待生産量の推移を基に人口の増減を測るつもりだが、すでにここに人口増加の平均値があるという点で循環論的な問題がある。しかし、簡便な説明と、おおよその推移自体を変化させる大きな歪みを発生させるものではないため、人口論の大まかな説明のためにこのような概念を使用するのである。
我々は現在の生産量を基準に未来に対する期待生産量を作るが、このような期待生産量を Pg(x) とすると、
Pg(x) = n * Pl(x-t) と表現できる。
現在の期待生産量は、人口が平均で t だけ上昇する前の余剰生産量に対するある程度の割合(n)なのである。
このとき、期待生産量は容認できる最小限で設定するが、その理由は、通常人々は養育行為をし、そのために自身の生産物を投資する行為をするからである。つまり、期待生産量は養育のために自身が放棄できる生産量の程度を表すと考えられる。したがって、その程度は 0 < n <= 1 である。
そして、我々が生産量を期待するとき、その生産量は基本的に生存可能な状態であるため、n * Pl(x-t) <= 0 のとき Pg(x) = 0 である。
n * Pl(x-t) >= 0 のとき、Pg(x) = n * Pl(x-t)
n * Pl(x-t) <= 0 のとき、Pg(x) = 0
そして、ここで社会の幸福度の程度を Ph(x) とすると、
Ph(x) = Pl(x) - Pg(x) である。
これらの数式を整理するとどのような形になり、それによって人口増加に伴い社会の幸福度の程度がどのように変化するかは、後で説明する。
また、これはあくまで完全な平等状態を考慮したものであることを知る必要がある。ここでは、すべての生産量をすべての人口が公平に分ける。もし、ここで上流層と下流層を区別し、上流層は下流層よりも人口比重が小さく、持っていく生産量の割合は多く、下流層は上流層よりも人口比重が多いのに、持っていく生産量の割合が少ないとすれば、x_h, x_l を新たに定義して考察する必要がある。
この内容が正しいと心から思って書いているわけではありません。




