第9話 二人の関係性
相手に害をなすおまじないはそう簡単にはできない。入念な準備が必要だからだ。
おまじないに使う特別な石を用意して、相手に気づかれないようにその人の荷物に忍ばせる。シュガーは毎日変えて、月に照らす。そのシュガーを持ったまま、憎い相手に向かっておまじないの呪文を唱えるのだ。
『月の使いよ、相手に罰を』
それを新月から満月まで行う必要がある。
つまり、毎日シャノンに向けておまじないを唱えている人がいるわけだ。だが、学園は人が多い。遠くから唱えられれば、すぐには見つけられないだろう。
「シャノン。怪しいと思う人はいましたか?」
「ん~。わかんないです~」
クローディアは神経を尖らせていたが、当の本人はあまり気にしていないようだった。
「だってぇ、石が見つかったということは未遂に終わったってことじゃないですかぁ。もういいですよぉ」
「だめですよ。もしも、私が悪いおまじないをかけられていたら、シャノンはどうしますか?」
「そりゃ、許しませんけどぉ……」
「それと一緒です。シャノン、私はあなたを守りたいのですよ」
クローディアとシャノンは学園に入学する前からの知り合いだと前に聞いた。どんな関係かまでは知らない。だが、ずっと一緒にいたからか、二人の関係は特別なもののように思えた。
「リオノーラ、あなたは何か気づいたことはありますか?」
「私も最近は周りを気にするようにしていますけれど……見つけられませんわ」
シャノンのカバンから禍々しい石が出てきてから一週間。まだ何もそれ以上の証拠を得られていない。シャノンが呪いをかけられていることは広めていないから、犯人はまだおまじないをかけ続けているだろう。だが、怪しい人物はなかなか姿を現さない。
どうしたものかと考えていると、女生徒の甲高い声が聞こえた。その声で誰が来たのか、なんとなく察してしまう。
「クローディア」
優しい笑顔を浮かべたデイミアンだった。相変わらず美しく、惚れ惚れとしてしまう。
「デイミアン殿下、わざわざお迎えに来てくださったのですか?」
「ああ。君の顔を早く見たくてね」
初々しいカップルというのは彼らのことを指すのだろう。二人の様子を微笑ましく見ていると、隣でシャノンが不満そうな顔をしていた。
「シャノン、どうしましたの?」
「別にぃ」
シャノンが拗ねたように視線を背けると、そこにはエルウッドが立っていた。
「シャノン、聞いたよ。呪いをかけられたんだって?」
「げ、エルウッド……」
エルウッドは親しそうにシャノンに話しかける。彼女はそれを見て、嫌そうな顔をした。
「クローディア様から聞いたの?」
「聞いた。心配していたぞ」
「あなたには関係ないでしょ~?」
ふんっと鼻を鳴らして、シャノンはそっぽを向く。
エルウッドは仕方なさそうに息を吐くと、視線をリオノーラの方に向けた。彼は頬を緩ませた。以前とは違い、警戒している目ではない。むしろ親しみを感じさせられた。友達になったからだろうか。
「リオノーラ。クローディアとはあれからどう?」
「ふふん、仲良しですわ。とっても仲良しですの」
「へぇ、よかった」
「この前なんて、私にお礼をしたいって言ってくださって……。私、素敵な殿方を紹介してほしいってお願いしましたの!」
その言葉にエルウッドの眉がぴくりと動く。
「……そうなの?」
エルウッドがシャノンに尋ねると、彼女は興味なさそうにうなずいた。
「してたよぉ。クローディア様も検討しておくって」
「……へえ」
エルウッドは目を細める。その笑みは先ほどまでの柔らかいものではなかった。
「いい人を紹介してもらえるといいね」
「ええ!」
だが、リオノーラはそれに気づかず元気に返事をする。エルウッドは何か考える様子を見せながらも、もう一度シャノンの方に目を向けた。
「シャノン。君は気にしていないかもしれないけど、クローディアが心配しているから、無理するんじゃないよ」
「うるさぁい! あんたは関係ないじゃない!」
「関係ないって言っても、俺は……」
「シャーッ!!」
シャノンがエルウッドを威嚇する。それを見て、エルウッドは仕方なさそうに肩をすくめた。
「じゃあ、俺は行くから。リオノーラ、またね」
エルウッドはデイミアンとクローディアのあとをついていくように、教室を出ていく。その背中をシャノンは睨み続けていた。
その様子を見て、リオノーラは不思議に思った。
エルウッドとシャノンが妙に親しいように感じた。彼らもまた、入学前からの顔見知りだったのだろうか。クローディアとデイミアンも幼なじみだった。彼らにも何かしらの関係があってもおかしくない。
(もしかすると、あの二人も婚約者ということもあるかもしれませんわね……)
そう思うと二人の関係が気になった。
「シャノンはエルウッドとどういう関係ですの?」
「関係ない人だよ。ぜんぜーん関係ない人」
シャノンは頬を膨らませて、それだけしか教えてくれなかった。