第8話 呪い
歴史を感じられる学園の廊下では、貴族の子息や令嬢たちが歩いている。そこで三人の女生徒が歩いていた。誰もが一度はその女生徒たちに目を向ける。その中で一番前を歩いていた女生徒が足を止めた。
「あなた。そのスカートの長さは校則違反ですよ」
楽しそうにお喋りをしていた一人の女生徒に向けて、その人は……クローディアは厳しい目線を向ける。
「最近、スカートを少し短くするのが流行っているんだっけ? だめだよぉ。いくらかわいくてもルールは守らなきゃ」
クローディアの後ろでシャノンが顔を出してそう言う。その隣にいたリオノーラは胸を張って腰に手を当てた。
「そーよ、そーよ! ここは学園。かわいくアレンジがしたいのでしたら、私服でしてくださいませ!」
三人に詰められた女生徒は慌てた様子で頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! あとで直します」
素直に謝る様子にクローディアは優しい表情を浮かべる。
「そうですね。すぐに改めることができるのは素晴らしいことです。次から気を付けてくださいね」
クローディアがそう言って通り過ぎると、リオノーラたちも後に続く。彼女たちがいなくなると、廊下での緊張した雰囲気がなくなり、その場にいた生徒たちは息を漏らした。
彼女たちは恐れられていた。特に中心であるクローディア。公爵家令嬢であり、生徒会の役員でもある彼女には逆らってはいけないとまで言われている。彼女の不評を買わないよう、誰もが彼女たちを遠巻きで見ていた。
「リオノーラ、お願い事がありますの」
教室に着くと、クローディアが突然真剣な表情で言った。
「どうしましたの、クローディア様」
授業前の教室は少し騒がしい。挨拶が飛び交い、授業の準備をしている者がほとんどだった。
リオノーラが首をかしげると、彼女はまっすぐこちらを見つめて言う。
「この前、背中を押してくれたお礼がしたいのです。……何か私にできることはありませんか?」
先日、リオノーラはクローディアがデイミアンに思いを告げるのに背中を押した。それについてクローディアは恩を感じてくれているようだ。
「この前のお礼って何ですかぁ?」
クローディアのそばで控えていたシャノンが不思議そうな顔で彼女を見ている。
「私とデイミアン様との距離を縮めてくれたのです。私はリオノーラに感謝しているのですよ」
クローディアは頬を赤く染め、少し恥ずかしそうに言った。
「あの王子との距離を……?」
シャノンは目を細め、睨むようにしてリオノーラを見る。
「へー、ふーん、そうなんだぁ」
クローディアの願いが叶ったというのに、シャノンは嬉しそうではない。むしろ、余計なことをしやがって、と目で訴えているようだった。
「ねえ、リオノーラ。私にできることはないかしら?……その、友達として」
「友達として?」
シャノンは大きく目を開き、クローディアを見る。だが、彼女はそれに気づかないようで、少し照れた様子でリオノーラを見ていた。
その様子を見て、リオノーラは口元を両手で抑えた。
(クローディア様が私を友達と認めてくださっているわ!)
クローディアに友達になりたいと言われたのは先日のこと。それ以降、距離が縮まったような気はしていたが、口に出して言われると、関係が変わったことを改めて実感する。
友達からのお願い。何としても期待に応えたかった。
リオノーラが叶えて欲しいもの。……それは一つしかなかった。
「男性を! 男性を紹介してくださいませ!」
「男性を?」
「はい! 私はこの学園で素晴らしい殿方と出会い、結婚することを目標としております! ですので、素敵な男性と出会いたいのです!」
リオノーラは白馬の王子様に憧れていた。だが、本物の王子様はクローディアと結ばれた。
(白馬の王子様が無理でも、玉の輿はできますわ! きっと、クローディア様ほどの女性なら、素敵な男性を何人も知っているでしょうし……)
リオノーラは期待を込めながら、クローディアを見る。彼女は何やら考える素振りを見せると、うなずいた。
「わかりました。あなたにふさわしい男性を探して差し上げます」
その言葉にリオノーラは感激する。
「さすが、クローディア様ですわ!」
二人楽しそうに話している様子をシャノンは納得しない様子で見ていた。
授業が終わって帰るころ、クローディアがデイミアンと生徒会に行く時間になった。
「では、私はデイミアン様をお迎えに行きますから、お二人は……」
「何これ……」
クローディアの言葉を遮るようにシャノンが口を開いた。
「シャノン、何かありましたか?」
シャノンはカバンの中をじっと見つめていた。彼女はカバンの中から何かを取り出す。
「シャノンのカバンからこんなものが……」
それを見た瞬間、クローディアは不思議そうな顔をして見た。それは禍々しい色をした石だった。
「これは何でしょう?」
「気持ち悪い色ですよね……」
二人は不気味なものを見る目でその石を見ている。誰かが間違えて入れたことも考えられる。だが、リオノーラはそれが何かすぐにわかった。
「……シャノン。あなた、悪いおまじないを誰かにかけられていますわ」
「え?」
リオノーラはハンカチを取り出して、石を受け取り包み込む。
「これは、相手に害をなすためのおまじないに使われる石ですの。……誰かに恨まれるようなことなさって?」
「……わかんない」
シャノンは眉を寄せて言った。心当たりがありすぎるのか、全く身に覚えがないのかどちらだろうか。どちらにしても、彼女が誰かの悪意に晒されているのはたしかだった。
「どうして、これがおまじないだとわかったのですか?」
クローディアに問われ、リオノーラは眉を下げて目を細める。
「……以前、本で読んだことがありますの」
「そうなのですね。……シャノンが誰かに呪いをかけられているのでしたら、相手を探して、妖精局に知らさなくてはなりませんね」
この国では、妖精と取引をする妖精局がある。妖精は普通の人には見えない。だが、見える人もいる。そういう特殊な人たちを集めて、妖精と取引をするのだ。
妖精を研究し、時には彼らの機嫌をとって取引をし、人々が行なっているおまじないを取り締まる。それが妖精局の仕事だった。
人々がおまじないを行なうのは自由であり、人に害をなすようなおまじないでなければ、ある程度は見逃されている。だが、人を傷つけるようなおまじないは許されていない。その場合は妖精局に通報し、妖精たちにもうその人の願いを叶えないよう取引をするのだ。
「いいよぉ、私まだ何もされてないし」
「よくありません。あなたが良くても、これは危険なことです。早めに取り締まらなければなりません」
クローディアの言葉にシャノンは眉を下げる。そんな彼女の頭をクローディアは優しく撫でた。
「シャノンが私に迷惑をかけたくないのはわかっています。でも、私に迷惑をかけてもいいのですよ。……一緒に犯人を探しましょうね」
シャノンはクローディアに甘い。彼女にそう言われてしまえば、断ることができないのだろう。
シャノンがうなずくのを見ると、クローディアはこちらを向いた。
「リオノーラも手伝ってくれますか?」
その言葉にリオノーラはぎゅっと拳を握り締めた。
「もちろんですわ!」
それを聞くと、クローディアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」




