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第7話 仲良くなりたい

 デイミアンがわざわざ自分を呼び出す理由は何だろうか? リオノーラにはまったく検討がつかなかった。

 デイミアンと直接話したのは一度きり。それだけの関係のはずだ。


(もしかすると、クローディアのことかしら……?)


 エルウッドに連れられて裏庭に行くと、デイミアンがベンチで待っていた。


「やあ、リオノーラ。突然呼んでしまってすまないね」

「いえ、構いませんわ。いったいどうしましたの?」


 デイミアンはいつもの優しい笑顔で迎えてくれる。促されてベンチに座ると、彼は一つ、溜息を吐いた。


「……実は相談があるんだ」

「相談ですか?」

「ああ、クローディアのことだ。今日、彼女に呼び出された。だが、理由がわからないんだ。君は聞いているかい?」


 やはり、用件はクローディアのことだった。彼女の勇気がデイミアンを困惑させているらしい。

 リオノーラは柔らかく笑みを浮かべる。


「行ってみれば、わかると思いますわ」

「そうなんだけど……。もしかしたら、彼女から決別の言葉が出てくるんじゃないかって」

「決別……ですか?」

「ああ。彼女は僕のことをあまり良く思っていないだろう? いい加減呆れて、距離を置きたいんじゃないかって……」


(……お二人ともよく似ていますわ)


 まだ何もしていないにも関わらず、その先を恐れている。互いが大切だからこそ、傷つけられるのが怖いのだろう。


「君は僕が呼び出された理由を知っているかな? 教えてくれないか?」

「デイミアン殿下はクローディア様があなたを傷つける言葉を投げかけると思っているのですか?」


 デイミアンはうつむく。そう思っているから否定できないのだろう。


(こんなにもお互いに想い合っているのに……こんなの悲しいですわ!)


 リオノーラは耐え切れず立ち上がった。


「デイミアン殿下、いいですこと? クローディア様のことを信じてくださいませ! クローディア様はそんなことをなさりませんわ!」

「リオノーラ?」

「今まで、クローディア様を何を見ていらしたんですか。彼女はとてもお優しい方でしょう? そんな彼女を信じてみてくださいませ!」

「クローディアを信じる……」

「デイミアン殿下はクローディア様のことをよくお分かりのはず。あなたの知っている彼女はそんなことをしますか?」


 その問いかけに、デイミアンはゆっくりと首を横に振る。


「しないと思う。彼女は優しいから」


 その答えにリオノーラはニッと笑い、腰に手を当てて胸を張った。


「そーよ、そーよ! なんたって、クローディア様は素敵な方ですもの! あなたの知っているクローディア様を信じてくださいな!」


 そう言うと、デイミアンは自分の胸元に手を当てた。そして顔を上げる。その表情は穏やかなものだった。


「……わかったよ、リオノーラ。ありがとう」


 その様子にリオノーラは「ふふっ」と笑う。


「……お二人の幸せを祈っておりますわ」





 放課後、クローディアとデイミアンは裏庭で会うことになった。リオノーラはその様子をこっそり見守ることにした。……エルウッドも引き連れて。


「どうして俺も一緒なの?」

「あなただって、お二人がどうなったか、気になるでしょう?」


 それは否定できないのか、エルウッドは大人しくリオノーラと一緒に隠れている。

 先にクローディアがベンチで待っていて、そのあとにデイミアンが姿を現した。二人は並んで座って、お互いにうつむいたまま口を開かない。


「……あの!」


 お互いに顔を合わせて声を出す。


「あ……」


 二人で笑い、お互いに譲り合った。


「どうぞ、デイミアン様から」

「……いや、今日は君の話を聞きに来たんだ。君からどうぞ」


 そう言われ、クローディアは背筋を伸ばした。ゆったりと、落ち着いた様子で口を開く。


「私は……とても臆病な人間です。あなたに気持ちを伝えることができず、ずっとここまで来てしまいました。……そんな私の話を聞いてくれますか?」


 クローディアがおそるおそるデイミアンを見ると、彼は優しくうなずいた。


「もちろんだよ。……君の話を聞かせてくれる?」


 クローディアはこくりとうなずき、ゆっくりと深呼吸をした。


「……私は恐れ多くも、あなたに特別な感情を持っています。幼いころからずっと……。婚約の話が保留になっても、あなたのことを想っていました」


 クローディアの目元から涙が零れ出る。彼女はそれを拭わず話を続ける。


「デイミアン様からしたら、この気持ちは重いかもしれません。こんな気難しい女の想いなんていらないかもしれません。……でも、私はあなたに気持ちを伝えたかった。……デイミアン様、私は」


 デイミアンがクローディアの口元に人差し指を寄せる。


「ねえ、クローディア。この先は僕から言わせてくれるかな?」


 彼は立ち上がると、クローディアの足元に跪いた。


「クローディア。僕はね、好きな人がいるんだ。気高くて、優しくて、強くて、でも本当は弱くて……。いろんな姿を見せてくれて、僕の傍にいてくれる子……。君のことだよ、クローディア。僕は君のことが好きなんだ」


 クローディアが顔を赤らめる。目元からボロボロと涙が零れ出た。


「それは、本当ですか?」

「本当だとも。……クローディア、僕の手を取ってくれるかい?」


 デイミアンは彼女の方に手を差し出す。クローディアはその手を取って微笑んだ。


「ありがとうございます、デイミアン様」


 デイミアンは立ち上がると、彼女の手を引き抱き寄せた。クローディアの手もデイミアンの背に添えられる。

 二人が寄り添い合う姿を見て、リオノーラは自分の手を強く握り締めていた。


「……美しい、美しいですわ!」


 気が高ぶるのをおさえられずに感動してしまう。胸元で両手を組みながら、二人の様子を見つめていると、エルウッドからハンカチが差し出された。


「これは?」

「……君、泣いてるよ」


 頬に触れれば、湿った感触があった。


「……あら」


 気づけば、涙を零していた。胸が締め付けられて、苦しかった。


(……ああ、そうなのですね)


 気づかなかった。だが、自覚してしまった。


(私も、デイミアン殿下に恋していたのですね)


 遠くから見ることしかできなかった憧れの王子様。その人がこんなにも優しく、大切な人のことを想えることを知って嬉しくなり……同時に羨ましく感じていた。


(……こんな風に、想ってもらえるだなんて羨ましいですわ)


 リオノーラは素直にハンカチを借りて、涙を拭う。そして、優雅に見えるように笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 エルウッドにお礼を言うと、彼はじっとこちらを見つめていた。


「……ねぇ。そんなにデイミアン殿下のこと好きだった?」

「え?」


 突然の問いかけの意図がわからず、首をかしげる。彼は真剣な瞳でこちらを見ていた。


「いや……俺じゃだめなのかなって思っただけ」

「…………はあ?」


 やっぱり意図がわからず、眉間にしわを寄せた。

 たった今、失恋をした女性に対して、この人は何を言っているのだろうか。それをわかっていてその言葉……何が言いたいのか、まったくわからない。


「あなた、家の爵位は?」

「え、子爵家……」


 その言葉を聞いて、リオノーラは胸を張って腰に手を当てる。


「いいですこと? 私の目標は玉の輿。格下の子息には興味がないのです。……そうね、侯爵家以上になってから出直してくださいませ」


 エルウッドは呆気に取られて、ポカンとしていた。だが、肩を震わせてくっくっと笑う。


「……元気なお嬢様だ。心配して損した」

「あら、心配してくれてたのですか? 大丈夫ですわ。失恋したくらいじゃ、私はくじけませんの」


 そう答えれば、エルウッドは楽しそうに笑う。


「じゃあ、友達からならどう?」

「友達までならいいですわ」


 そう言ってクローディアの方を見れば、彼女はこちらに気づいたようで手を振ってくれていた。


「リオノーラ、こちらに来てくれますか?」


 彼女に手招きされ、エルウッドと一緒に二人のもとへ歩いていく。


「リオノーラ。あなたのおかげでデイミアン様と気持ちを通じ合うことができたの」


 クローディアの言葉にリオノーラは首を振った。


「クローディア様が勇気を出されてたからですわ!」

「いつもあなたはそうやって、私を肯定してくれた。みんなから邪険にされても、あなたが同意してくれたから……私はいつもまっすぐ前を見ていられたのです」


 クローディアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめると、リオノーラの手を取った。


「リオノーラ。私、もうひとつ、勇気を出そうと思うの。聞いてくれますか?」

「はい?」


 彼女はきゅっと手を握ると、リオノーラをまっすぐ見た。


「私、あなたのお友達になりたいの」

「……お友達、ですか?」

「そう。……あなたともっと、仲良くなりたい」

「…………っ!!!!!」


 リオノーラは声にならない声を上げる。感動のあまり何も言えなかった。


「私、あの、私……」

「嫌、かしら……?」

「そんなことありませんわ!」


 クローディアの手を握り返す。


「私も、クローディア様とお友達になりたいですわ!」


 そう答えれば、クローディアは嬉しそうに笑った。


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