第4話 わずらわしい人
学園の裏庭には人が少なかった。だが、花壇の花は手入れされているらしく、美しく咲き誇っている。
リオノーラ自身、ここに来たのは初めてだった。きっと、穴場スポットとして生徒たちに活用されているのだろう。
裏庭にはベンチがいくつか設置されていた。その一つに、デイミアンが座る。
王子と並んで座るだなんて、恐れ多かった。どうしたものかと思っていると、デイミアンが不思議そうな顔をした。
「どうしたの? 座りなよ」
ポンポンとベンチを軽く叩き、隣を座るように促される。
「は、はい! 失礼しますわ!」
緊張しながらデイミアンの隣に座る。肩が触れそうな距離。実際に触れているわけではないのに、妙に肩が熱い気がした。ドキドキする心臓を落ち着かせるために、ゆっくりと深呼吸をする。
デイミアンはそれに気づかない様子で、こちらに向き合った。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
そう問われ、リオノーラは顔を赤らめながら答えた。
「リオノーラと申します!」
「リオノーラか。かわいい名前だね」
デイミアンが優しく微笑む。それだけでリオノーラは胸が高鳴った。
憧れの王子様が目の前にいる。しかも、自分だけを目に映して、話しかけてくれているのだ。嬉しくなってしまうのは仕方がない。
ニヤニヤしてしまう頬を何とか抑えて、にこりと微笑む。
「僕の名前は……不要かな。こちらはエルウッドだ」
デイミアンの隣には先ほど教室にいた男子生徒がいた。ベンチには座らず、デイミアンに控える形で立っている。彼は微笑んだ表情をしながら、さきほどの警戒した様子を崩していない。
「はじめまして。デイミアン様の騎士をしている」
デイミアンと二人きりになれるかと思っていた。だが、このエルウッドとやらが一緒についてきて、二人きりになれなかった。
じとーっと睨みつけたい気持ちをおさえて、愛想笑いをしておく。
「それで、今日はどんな用事だったのかな?」
デイミアンに問われて、リオノーラは顔を輝かせた。
「はい! クローディア様のことが聞きたいんですの!」
「クローディアのことを?」
「そうなんです。私、クローディア様と一緒に行動するようになったのですけれど、まだ友達になれていないみたいで……彼女と仲良くなりたいんですの! それにはまだクローディア様のことを知らないなと思いまして……」
デイミアンはそれを聞いて驚いた顔をしていた。だが、頬を緩ませ優しく笑う。
「そっか。友達か……君はいい子なんだね」
いきなり褒められて、顔が熱くなる。
「そ、そうですか……?」
「そうだよ。クローディアもこんないい子に思われて、羨ましいな」
デイミアンは「そうだな……」と考える素振りを見せると、クローディアについて教えてくれる。
「僕とクローディアは幼なじみでね。幼いころから一緒にいたんだ。だから、彼女のことはよく知っているよ」
「まあ! 本当ですか?」
「うん。どんなことを聞きたい?」
「クローディア様は幼いころ、どんなお人でしたか?」
「今と変わらないよ。頑張り屋で、負けず嫌いで……あとお説教が大好きだった」
「お説教?」
リオノーラが不思議そうに首をかしげると、デイミアンはクスクスと笑う。
「ああ、そうなんだ。クローディアは僕より後に生まれてきたから妹のようにかわいかったんだけど、彼女の中では違ったみたいだ。長女だからしっかりしなきゃと思っていたみたいで、いつも僕に小言を言っていたんだ。『第一王子なんですから、勉強にちゃんと取り組まなきゃだめですよ』とか、『人の話くらいちゃんと聞いてください!』とか」
クローディアは今でも生徒たちに色々と指導している。昔も今もやっていることが変わらないと知って、思わず笑ってしまう。
「クローディア様らしいですわ」
「ああ、かわいいだろう? 僕は彼女の小言が嫌いじゃなくてね。むしろ、応援してもらえているようで嬉しかったんだ。彼女に期待されているんだと思うと、不思議と頑張れたよ」
クローディアとの思い出を話すデイミアンは楽しそうで、話を聞いていることらも嬉しくなってしまう。
「君の話も聞かせてよ。君にとってのクローディアはどんな子かな?」
「私にとってのクローディア様は憧れですわ!」
「憧れ?」
「はい! いつも背すじを伸ばして前だけを見つめてて……綺麗でお優しく、強くあれる人……私はクローディア様のようになりたいんですの!」
「なるほど、憧れか……。彼女が聞いたら喜ぶだろうね」
デイミアンは目を細める。
「でも、彼女の弱いところも見てあげてね」
「弱いところ……ですか?」
「ああ。人は強いだけじゃいられないからね。きっと彼女は弱いところを見せてくれないだろうけど……彼女のそういう姿を見ることができたら、友達になれるんじゃないかな?」
クローディアの弱いところ……。
そう考えてみても、思いつかなかった。それがクローディアとの距離を作っているのだろうか。
「きっと、君なら大丈夫だよ」
デイミアンの方を見ると、もう彼の視界の中にリオノーラはいなかった。彼の視線を追いかけると、そこにはクローディアがいた。
デイミアンはひらひらとクローディアに手を振る。彼女はこちらに気づくと、息を吐いてこちらに歩いてきた。
「リオノーラと一緒に何をしているのです?」
「おしゃべりだよ。ね?」
「はい! おしゃべりをしていましたわ!」
「……そうですか」
クローディアは疑わしそうにデイミアンを見ていたが、リオノーラも同意したので、納得したようだった。
「もうお話は終わりましたか?」
「リオノーラが満足したのなら。どうかな?」
「は、はい! お話しできて光栄でしたわ!」
何回もうなずいて答えると、デイミアンはクスクスと笑う。
「それはよかった」
「なら、リオノーラをお借りしてもよろしいですか?」
「もちろん。じゃあね、リオノーラ」
デイミアンに手を振られ、リオノーラは頭を下げる。
「行きますよ、リオノーラ」
歩きはじめるクローディアについていくため、早足でその場を去った。
「リオノーラ、デイミアン殿下には気安く近づいてはいけませんよ。あの人は女たらしですから」
「そうなんですの?」
「ええ。たぶらかされないように気をつけなさい」
リオノーラはクローディアについて行きながら後ろを向く。すると、デイミアンがずっとこちらを見ていた。その視線の先はクローディアに向けられているような気がした。だが、リオノーラの視線に気づき、彼は立ち上がってベンチから離れた。
「……それに、あの人は約束を破る人だから」
クローディアを見ると、彼女の視線はデイミアンに向けられていた。
その表情はどこか切なく、悲しそうなものだった。
「クローディア様にとって、デイミアン殿下はどういった人ですか?」
「難しい質問ですね……わずらわしい人、でしょうか?」
クローディアはそう言うと眉を下げて笑った。