第30話 君がここにいるなら
「リオノーラ」
お昼を取ろうと教室を出ると、エルウッドに声をかけられた。彼は心配した面持ちでこちらを見ている。
「どうかしましたの?」
「少し話したくて。時間ある?」
エルウッドの問いかけに返事をしたのはシャノンだった。
「だめー! リオノーラはシャノンたちとお昼を取るんだから!」
シャノンは抱き着くようにしてリオノーラとエルウッドの距離を取らせようとする。
「シャノン。わがままはだめですよ。エルウッド、あとでちゃんと返してくださいね」
二人の言葉にエルウッドは苦笑する。
「まるで自分たちのものみたいな発言だね……。まあ、いいよ。時間をくれてありがとう。リオノーラ、向こうに行こう?」
エルウッドに手招きされ、リオノーラはクローディアたちに頭を下げてから彼のあとを追った。
二人で食堂に入ると、空いている席に着いた。エルウッドは自分の昼食を買いに行くかと思ったが、彼も一緒に席に座る。
「昼食を買いに行かなくていいのですか?」
「そうすると、君を待たせることになるからね。俺も自分でお弁当作ってきたんだ」
彼はそう言ってお弁当を見せてきた。
「料理できましたの?」
「母方の祖父母の家は田舎でね。自分たちで食事を作るんだ。俺も幼いころ、料理を教わったんだよ」
彼の広げたお弁当は簡単なものばかりだったが、ちゃんと作られていた。騎士をやっているから、大雑把な性格をしているかと思っていたが、意外ときっちりしているらしい。
リオノーラは彼のお弁当を見て、自分のお弁当を突き出した。
「じゃあ、交換しましょう?」
「交換?」
「いつだか、お礼はお弁当がいいって言ってたでしょう?……まだ、お礼してませんでしたから」
そう言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「もらっていいの?」
「簡単なものしか詰めてませんけれど」
「それでも嬉しい。ありがとう」
エルウッドとお弁当を交換する。彼はリオノーラのお弁当を目の前に置くと蕩けるような笑みを浮かべた。
「……そんなに嬉しいですか?」
「嬉しいよ。気になっている子からもらったお弁当だからね」
「……そうですの」
どうにも顔が上げられず、リオノーラはエルウッドが作ったお弁当をつまんだ。彼の作った料理は普通に美味しかった。
「それで、用事って何ですか?」
「ああ。クローディアやシャノンとうまくやれてるのかなぁって思って」
彼は口に含んでいたものを飲み込むと、リオノーラの顔を伺うように見た。
「二人の記憶がなくなったって聞いたから。俺のことは覚えていてくれているみたいだけど。クローディアがデイミアン様に言っていたよ。デイミアン様も心配していたけど、お忙しい様子だったから、俺が話を聞こうと思って」
「そうなのですね……クローディア様とデイミアン殿下はどんな関係なのかしら?」
「そうか。それも忘れているか……。お二人は婚約者だよ」
その言葉にリオノーラは驚いた。それと同時に納得してしまった。クローディアは清楚で美しい公爵令嬢だ。優しく誇り高いデイミアンとよくお似合いだった。
「そう……とても素敵ですわ」
「それで、四人でいてどう? 何か思い出した?」
エルウッドの言葉に首を横に振る。記憶は戻っていない。そう簡単に戻るものではなかった。だが、彼は落胆することなく、「そっか」とだけ言った。
「でも、不思議ですの。四人でいても、嫌な気持ちにならない。それどころか、心地よい感覚になるんです」
「記憶がなくても、どこかでクローディアたちのことを特別に思っているんだろうね」
「そうみたいですわ……。記憶も思い出も大切なものかもしれないけれど……なくてもクローディア様たちのこと思っています。この気持ちが一番大切なのだと思いますわ」
「そうだね。クローディアたちにそれは伝えた?」
「クローディア様には。でも、本当に記憶がないままでいいのかとも思いますの」
「俺もクローディアたちも記憶は戻ってほしいと思ってる。でも、それは絶対じゃない。今、ここにリオノーラがいるなら、それでいいと思うんだ」
その言葉は優しかった。きっと記憶を失くす前のリオノーラが築いてきたものなのだろう。自分も……彼女のようになれるだろうか。
「記憶を失う前の自分に戻れるかはわからないけれど……」
「大丈夫だよ。記憶を失っても君は君だ。もっと自分に自信を持って」
エルウッドの言葉にうなずく。クローディアたちもそう思ってくれるだろうか。そうだったとしたら……自分はとても恵まれている。
「……私、クローディア様たちと一緒にいたいと思います」
そういうと、エルウッドは柔らかく微笑んだ。
「きっと、クローディアたちもそう思っているよ」
エルウッドに送ってもらい、自分の教室まで来た。
シャノンは帰りを待ち構えていたようで、リオノーラが戻ってくると、すぐに抱き着いてきた。
「大丈夫、リオノーラ。エルウッドに変なことされなかった?」
「変なことって……一緒に食事を取ってただけですわ」
「見てたから、知ってる。でも、心配で仕方なかったの」
シャノンはエルウッドをすごい形相で睨んでいる。その様子を見て、クローディアがくすくすと笑っていた。
「エルウッド。リオノーラの話を聞いてくれてありがとう」
クローディアの言葉にエルウッドは肩をすくめる。
「クローディアまで保護者気取りだ。俺は俺がしたくてそうしただけだよ」
「ふふふ。そう?」
エルウッドはこちらを見ると、ひらひらと手を振った。
「じゃあ、リオノーラ。また一緒に食事しようね」
彼はそう言って背を向けて自分の教室に戻っていった。
エルウッドが離れていったのを見ると、シャノンはリオノーラを開放した。
「次の授業なんだっけ~」
「次は数学ですよ。寝ないでくださいね」
「大丈夫ですよぉ、起きてますぅ」
席に向かう彼女たちに向かって、ずっと黙っていたフェリーナが口を開いた。
「あの……! 大切な話があるので、放課後少し残ってくれますか?」
クローディアとシャノンが顔を見合わせる。クローディアはフェリーナの方を見るとうなずいた。
「ええ、もちろん。リオノーラもいいかしら?」
「もちろんですわ」
クローディアたちの返事にフェリーナはホッとした表情を浮かべる。
「ありがとうございます。放課後、話しましょう」




