第27話 また友達になりたい
放課後、シャノンに言われた通り、教室に残った。
人が少なくなった教室でシャノンと向き合うと、彼女はこちらに手を差し出してきた。
「行こう、リオノーラ」
「えっと……?」
差し出された手をどうしたらいいのかと首をかしげると、彼女はしびれを切らしたように、リオノーラの手を掴んだ。
「行くよぉ!」
シャノンは少し不機嫌そうにそう言うと、リオノーラの手をつないだまま歩きはじめる。
「どこに行くんですの?」
「……街だよぉ」
シャノンに引っ張られるがままに街へと歩を進めていく。道中、シャノンは黙ったままだった。リオノーラも共通の話題が浮かばず、ただ彼女のあとをついていくだけだった。
(……この方は何がしたいのかしら)
話をするだけなら、学園でも可能だ。にもかかわらず街に出るということは目的があるのだろう。
(記憶がある私でしたら、シャノンの目的を察することはできたのでしょうか)
「…………」
シャノンはこちらを振り向かない。だが、つながれたままの手はぎゅっと大切なものを離さないように握られていた。
着いたのは街にあるカフェだった。二人で入り、案内された席に座る。そこでやっとシャノンの手が離れた。離れた手は温もりを失くし、冷たくなっていった。
「えっと……シャノンさん」
向き合って座り、そう切り出す。だが、シャノンは首を振った。
「違う」
「え?」
「シャノン。リオノーラはそう呼んでくれてた」
シャノンは拗ねた子どものように頬を膨らませて視線を下げている。
「シャ、シャノン」
呼びなおすと、彼女は頬を赤らめて顔を上げた。
「なぁに、リオノーラ」
呼び方を変えただけで表情をコロコロと変える。そんな彼女がかわいらしいと思った。
「今日は何のために呼び出されたのですの?」
「何って、お話するためだよぉ」
シャノンは店員が持ってきたココアを手に持つと一口含んだ。
「リオノーラはシャノンたちのこと嫌いになっちゃった?」
「嫌いになるほどあなたたちのことを知りませんわ」
「……そう、そうだよね」
昼間はあれほど睨んでいたはずなのに、今のシャノンとはなかなか目が合わない。こちらを気遣うように、たまに視線を上げるだけだった。
「あのね、リオノーラ。記憶はないかもしれないけど……またシャノンたちと一緒に行動してくれないかな」
「どうしてですの?」
「……シャノンたちのこと、もっと知ってほしくて」
彼女のいうことは一理あった。
勝手に泉の大妖精に対価を奪われるのをわかっていたはずなのに、願い事をかなえてもらいに行った愚かな人たちだと思っていた。だが、その行動の意図を理解できるほど、彼女たちのことを知らない。もしかしたら、彼女たちのことを知れば……もっと違う付き合い方ができるかもしれない。
「シャノン、私は……」
そう言って彼女の方を見る。すると、シャノンは涙を零していた。
「え、えぇ、シャノン?」
ボロボロっと大粒の涙を流す彼女に戸惑いを隠せなかった。シャノンは涙を服の袖で拭きながら「だってぇ」と言葉を漏らす。
「シャノンはリオノーラのこと、大好きだったからぁ……。こうやってそっけなくなっちゃったのが寂しくて……。クローディア様もずっと悲しそうな顔をしてるしぃ……どうやったらまた仲良くなれるのか考えても、シャノンはバカだからわからなくてぇ……」
「袖で涙を拭かないでくださいませ。ほら、ハンカチ……」
ハンカチを差し出すと、シャノンはそれを受け取って目元を覆った。
「リオノーラ、どうしたらまた仲良くしてくれるの……? 前みたいに振舞ってってわがままは言わないよ。また、一からでいいから……シャノンと友達になってよ……」
シャノンは鼻をすすりながら、こちらに手を差し出した。
「リオノーラ、お願い……友達になろうよ」
その手を取っていいものか悩んだ。前みたいに振舞わなくてもいいというが、どうしたって過去の自分と比べてしまうだろう。今まで一緒にいた記憶がない。元の関係に戻れるかも保証はない。それでも……この手を取っていいものだろうか。
「リオノーラ……」
シャノンは潤んだ目でこちらを見つめていた。その顔を見て……その手を取った。
「泣かないで、シャノン。……また友達になりましょう?」
彼女の期待に応えたいと思った。どうにか笑顔になってほしかった。きっと彼女の笑顔は素敵だから。
「ほんとぉ……?」
「本当ですわ。また、一緒にいてくれるかしら?」
リオノーラの言葉にシャノンは頬を緩ませた。
「うん!」
彼女はうなずくと、手元のココアを一気に飲み干した。
「じゃあ、行こうよ!」
「行くってどこへ?」
「約束したところ!……また一緒に行ってくれるって、リオノーラが言ってたの」
シャノンに連れられてきたのは、リオノーラのお気に入りの雑貨屋だった。子ども向けのかわいらしく、ファンシーな雑貨が多く置いてあり、リオノーラが密かに通っていた店だった。
「あなたもこの店が好きでしたの?」
シャノンにそう尋ねると、彼女は笑った。
「リオノーラが連れてきてくれたから、好きになったんだよぉ。たまに一人で来ることもあるけど」
シャノンは目をキラキラさせて雑貨を見ていた。
リオノーラはキラキラしたものが好きだった。だが、それは子どもっぽい趣味だということを自覚していた。だから、この場所を誰かに教えるつもりはなかった。……だが、シャノンはそれを知っている。
自分は彼女のことを信用していたのだろう。それがわかって胸がぎゅっと締め付けられた。
(……彼女のことをもっと知りたいですわ)
笑顔で一緒に店を回ってくれる彼女とまた、いろんな景色を見てみたい。……そんな風に思った。




