第23話 別人
フェリーナの周りには何人かの生徒がいた。まるで彼女が引き連れているかのようだ。
「フェリーナ、友達が増えましたの?」
彼女は周りを見渡すとにこりと笑う。
「ええ、そうなの。友達が増えたの」
彼女はそう言いながら、クローディアたちと一緒に座っていたリオノーラの腕を引く。
「あなたも友達でしょう、リオノーラ。私と一緒に授業を受けましょう?」
昨日までのおどおどした雰囲気が消えていた。自信に満ち溢れているフェリーナにリオノーラは違和感を覚える。
「じゃあ、私たちとも一緒に受けましょう?」
クローディアの言葉にフェリーナは首を振る。
「私はリオノーラだけと一緒に受けたいの。ねえ、リオノーラ」
フェリーナは目を細めてこちらを見た。リオノーラは眉をひそめると、彼女の手を振り払った。
「リオノーラ……?」
フェリーナは驚いたように目を大きく開く。リオノーラは彼女を睨む。
「フェリーナ。私はクローディア様たちと受けますの。あなたの誘いにはのりませんわ」
「でも、私たち友達でしょう?」
フェリーナは理解できないように首をかしげる。リオノーラは鼻を鳴らした。
「私はまだ、友達になるだなんて言ってませんわ」
「…………」
フェリーナは押し黙った。機嫌を損ねた目でこちらを見ている。
「……もういいわ」
そう言うと、彼女は周りの生徒を引き連れて、離れた席に座った。その様子を見て、クローディアは心配そうな声を上げる。
「……フェリーナさん、どうしたのでしょうか」
「昨日のことで調子に乗っちゃったんじゃないですかぁ?」
シャノンも警戒したようにフェリーナを見ている。彼女たちもフェリーナの様子がおかしいと思っているようだ。
「リオノーラ。昨日、フェリーナさんと何かありましたか?」
「……何もありませんでしたわ」
何も身に覚えはなかった。彼女が態度を変えるようなことはあっただろうか。
「…………」
フェリーナは離れた席から、睨むようにこちらを見ていた。
その日、フェリーナの様子はいつもと違った。
「フェリーナさん! 一緒に昼食を取りませんか?」
いつも一人で行動しているフェリーナの周りにはたくさんの人がいた。彼女はその中心でにこやかに笑っている。
最初はそれを薄気味悪く見ていた生徒たちも、彼女に近づくと気づけば友達のようにふるまうようになっていた。
「フェリーナさん、どこを見ているのですか?」
「……いいえ、何でもないわ」
時折、彼女はリオノーラの方を見た。こちらを気にするようなそぶりを見せるが、目が合うとすぐに何事もなかったように逸らしてしまう。
「フェリーナ、どうしたんだろぉ。まるで人が変わったみたいだね」
シャノンのつぶやきに同意する。今教室にいる彼女は彼女らしくなかった。
「……まるで、リオノーラみたいですね」
クローディアの言葉にシャノンも同意する。
「わかりますぅ! 強気な性格がリオノーラみたい!」
「私、そんなに強気じゃありませんわ!」
否定をすると、クローディアとシャノンが顔を見合わせた。
「リオノーラは強気ですよね」
「いつも自分が正しい顔してますもんねぇ」
「そんなこと思ってませんわ!」
文句を言うと、二人は楽しそうに笑った。
リオノーラは唇と尖らせ、彼女たちから目をそらす。フェリーナの方を見れば、また彼女と目が合った。
お昼休みになり、リオノーラは食堂にいた。
クローディアは生徒会の昼食会で席を外しており、シャノンは食事を取りに並んでいる。
一人で席に座っていると、エルウッドが目の前に座った。
「座っていい?」
「もう座っていますわよ」
「そっか」
エルウッドは笑いながら持ってきたトレイをテーブルに置き、食事を取りはじめる。
「なんか機嫌悪そうだね?」
そう言って、リオノーラの顔を覗き込んでくるのをリオノーラはツンッと顔をそらした。
「別に……何もなかったわけじゃないですけれど」
そっとエルウッドの方を見ると、彼は優しい表情でこちらを見ていた。
「何があったの?」
口調まで優しい。その雰囲気につられて、リオノーラはぽつりと話しはじめた。
「……フェリーナがおかしいですの。昨日までと態度が違って……強気だし、変に友達に囲まれていますし、クローディア様から私を引き離そうともしたのですよ」
昨日まで話していたフェリーナはそんな子じゃなかった。意志が強い子ではあったが、他者に迷惑をかけるような強引さはなかったはずだ。
「それは確かに変だね。まるでおまじないにでもかけられたようだ」
その言葉を聞いて、ハッとする。おまじない……つまり妖精の魔法によっておかしくなっている可能性はある。
だが、彼女を恨んでいそうなエイミーは妖精局によっておまじないの効果を得られなくなっている。それ以外の要因によって、彼女はおかしくなっているのだろう。
腕を組んで真剣に考えていると、エルウッドがくすりと笑った。
「フェリーナのことが気になるんだね」
「……え?」
「気になって仕方がないって感じだよ」
リオノーラは思わず黙った。否定ができなかった。今日も彼女と一緒に話ができると思っていた。だが、それは叶わなかった。
「……友達になれると思っていましたから」
素直に気持ちを言うと、エルウッドは目を細めた。
「そういう素直なところが好きだよ」
「……な、なに言ってんですの!?」
顔が真っ赤になる。それを見てエルウッドは楽しそうに笑う。文句を言おうとすると「あー!!!」と声が聞こえた。
見れば、シャノンがエルウッドを睨んでいる。
「エルウッド! リオノーラはシャノンと食事を取るのよ!」
威嚇をするシャノンに対し、エルウッドは全て食べ終わったのかトレイを持って立ち上がった。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ、リオノーラ。またね」
彼はそう言って立ち去ろうとする。横を通り過ぎようとする彼の手首をつかんだ。
「リオノーラ?」
「話聞いてくれてありがとうございます、エルウッド」
彼は目を瞬かせると頬を緩ませた。
「じゃあ、お礼は手作り弁当がいいな」
「え、手作り弁当?」
エルウッドはするりとリオノーラの手をすり抜けると、手を振ってそのまま行ってしまった。
フェリーナがおまじないにかかっている可能性はある。だが、誰によって、何のおまじないにかかっているのかはわからなかった。
リオノーラは図書館に向かい、おまじないの本を手に取った。泉の大妖精がいる学園だからか、図書館にはおまじないの本が充実していた。
本を持って席に着くと、誰かの話し声が聞こえた。
「ねえ、知ってる? 大きな鏡の話」
「大きな鏡? またお得意の噂話?」
「今度は信憑性あるわよ。学園のどこかにある大きな姿見は、なりたい自分になれるおまじないがかかっているの。鏡の前でなりたい自分の像を思い描けば、その姿になれるって噂よ」
「へえ、すごい!」
リオノーラはその噂話に耳を澄ませて聞いていた。学園で起きる不思議な出来事は妖精の仕業であることが多い。人の一生を読むことができる妖精の本もこういった類だった。
「……なりたい自分になれる大きな鏡」
フェリーナはリオノーラになりたいと言っていた。彼女がその鏡を頼って、自らおまじないにかかってもおかしくない。
リオノーラは立ち上がると、噂話をしていた女生徒の方へ歩いた。
「ねえ。その鏡ってどこにありますの?」
「リ、リオノーラさん……!」
二人はリオノーラを見上げると、固まった。あまり見覚えがないが、向こうはこちらを知っているらしい。
「わ、私もよく知らなくて! 階段の踊り場とは聞いたけど!」
「あー、私、用事思い出しちゃったぁ! リオノーラさん、失礼します!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ごめんなさい、リオノーラさん!」
二人の女生徒たちは逃げるようにして図書館を出ていく。
「……階段の踊り場」
リオノーラは本を片付けると、大きな鏡の情報を得るために図書館を出た。




