第22話 あなたみたいになりたい
「フェリーナ、ごきげんよう」
次の日の朝、リオノーラは教室でフェリーナに声をかけた。
「リ、リオノーラさん! ご、ごきげんよう!」
声をかけられると思っていなかったのか、フェリーナは驚いた顔で返事をした。驚いているのはフェリーナだけではないようで、教室にいる生徒たちみんながリオノーラたちに注目している。
だが、リオノーラは気にせず言葉を続けた。
「フェリーナ。よかったら、今日一緒にお昼を取りませんこと?」
「いいのですか?」
「もちろんですわ」
フェリーナは顔を輝かせてうなずく。
「ありがとうございます!」
リオノーラはそのまま立ち去ろうとしたが、その後ろにクローディアとシャノンが立った。
「私たちもご一緒してもよろしいですか?」
クローディアがフェリーナの様子を窺うようにして言う。フェリーナは突然のことでついていけないのか、目を白黒させながらうなずく。
「も、もちろんです!」
「ありがとう。よかったですね、シャノン」
「シャノンもフェリーナと話してみたかったのぉ」
クローディアはリオノーラの背中を軽く叩いてウインクをする。彼女もまた、フェリーナについて知りたかったのだろう。
「フェリーナ、一緒に授業を受けていいですか?」
「え、は、はい!」
フェリーナの隣にリオノーラ。その後ろをクローディアとシャノンが陣取る。その様子に周りがざわりと騒めいた。
だが、リオノーラたちはそれを気にせず、いつも通り過ごした。
お昼の時間、フェリーナを引き連れて食堂に行った。授業中もずっと取り囲まれていたフェリーナは少しこの環境に慣れてきたようだった。
食事を受け取り、席に着く。食堂でもどことなく視線を感じるような気がした。
「フェリーナさんは普段、どこで食事を取っているのですか?」
クローディアの問いかけに、フェリーナは落ち着いた様子で返事をする。
「私もいつも食堂です。その、隅の方でなんですけど……」
「そうなんですね。私たちもいつも食堂なんです。私とシャノンは食堂で食事を買って、リオノーラはいつもお弁当を作ってくるのですよ」
それを聞いて、フェリーナはリオノーラの方に目を向けた。お弁当を広げているリオノーラに、彼女は不思議そうに見ていた。
「そのお弁当はどなたが作られているんですか?」
「リオノーラだよぉ」
シャノンの返事にフェリーナは驚いた声を上げた。
「ご自身で作られているんですか!?」
「そうですの。変かしら?」
「いいえ! そんなことはありません!」
リオノーラの家はそこまで裕福ではない。カツカツというわけでもないが、毎食を食堂で買っていればそれなりの金額になる。実家にいたころから料理をしていた。家からも定期的に食材が送られてくるため、寮のキッチンを借りて食事を作っていた。
「すごいですね、リオノーラさん。憧れます……」
「ふふん、あげませんわよ」
そう言って、お弁当をフェリーナの視界から外れるように移動させると、次は別の人の視界に入った。
「あれ、お弁当?」
そこに立っていたのはエルウッドだった。彼はリオノーラが持っているお弁当をじっと見ると首をかしげた。
「リオノーラが作ったの?」
「そうですわ」
「ふぅん」
彼の手元にはトレイが二つあった。おそらくデイミアンの分も持っているのだろう。
エルウッドがお弁当から視線を外して、前を見た。そこにはデイミアンが座っている。今までなら彼の周りには女生徒が座っていたが、クローディアとの婚約が表に出てからは、不用意に彼に近づく人は少なくなったようだ。一人で座っているデイミアンにエルウッドが目配せすると、彼は気づいたようでこちらに来た。
「やあ。珍しい組み合わせだね。僕も一緒に食事を取っていいかい?」
王子まで加わり、フェリーナは緊張で体を強張らせる。
「デイミアン様、食堂に来るのは珍しいですね」
「たまにはここで食べるのもいいかなと思ってね。クローディアたちに会えたから、来てよかったよ」
彼はそう言いながら、椅子に座った。エルウッドが彼の前にトレイを置く。
「フェリーナ。久しぶりだね」
デイミアンは優しい瞳をフェリーナに向けた。それを見て、以前に彼がリオノーラたちの教室に来たとき、フェリーナに手を振っていたことを思い出す。
「は、はい! そうですね!」
親しそうにするデイミアンに対し、フェリーナはガチガチだった。『フェリーナの物語』では、この二人は結ばれるということになっていた。だが、今の会話からして、接点が多かったわけではないことがわかる。
「デイミアン様はフェリーナとどのような繋がりがあるのですか?」
クローディアの問いかけに、デイミアンはにこりと笑う。
「実は彼女に街を案内してもらったことがあってね」
「まさか、デイミアン様がお忍びで街に出られているだなんて思わなくて! 普通に道に迷っている人だとばかり!」
「実際、目的地にたどり着けなくて困っていたんだ。僕はいつも従者に道案内を任せていたからね。君がいてくれて助かったよ」
にこにこと笑うデイミアンと恐縮そうに身を縮めるフェリーナ。その二人を見て、クローディアはくすくすと笑う。
「まあ、デイミアン様ったら……。次にお出かけになるときは、私を呼んでくださいね」
それを聞いて、デイミアンは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「もしかして、嫉妬してくれてる?」
「そうですね、嫉妬してます」
「それは嬉しいな」
二人の世界に入っているのを見て、フェリーナは微笑ましそうに見ていた
「お二人は婚約者なのですよね。私にはまだ婚約者がいないので、羨ましいです!」
「ここにいる中で婚約者がいるのはデイミアン殿下とクローディア様だけじゃないかなぁ」
シャノンはそう言いながら、リオノーラを見る。
「リオノーラもいないよね?」
「…………」
リオノーラはすぐに答えられなかった。
「リオノーラ?」
全員が不思議そうにこちらを見ている。リオノーラは何でもないように笑みを浮かべた。
「ええ。いませんわ」
その返事に満足したようで、シャノンは話を続けた。
「…………」
だが、リオノーラは話が耳に入って来なかった。なんとか話を聞こうと顔を上げると、目の前に座っているエルウッドと目が合った。
「どうかしまして?」
リオノーラが首をかしげると、彼は視線を逸らした。
「別に」
それだけ言うと、彼は食事を続けた。
放課後、生徒会があるというクローディアと、彼女を待つというシャノンを置いて、リオノーラはフェリーナと一緒に寮へ帰途に着いた。
午前中はずっと緊張していたフェリーナも帰り際にはにこにこしていた。
「リオノーラさん。今日は誘ってくださり、ありがとうございました。……とても楽しかったです」
「そうかしら? いつもの日常でしたわ」
「その日常がとても楽しかったのです」
フェリーナは目を細めると、リオノーラを見た。
「私、リオノーラさんのことを憧れていたと言いましたよね」
「言ってましたね」
「今日一日過ごして、思いました。……私、リオノーラさんみたいになりたいです」
彼女は校舎を見ながら口を開く。
「友達にたくさん囲まれて、自分らしく生きて、誰かのために頑張れて……」
彼女は熱の灯った瞳でこちらを見る。
「あなたみたいな人になりたい」
その視線を受けて、リオノーラは笑う。
「なれるものなら、なってみなさい」
その言葉にフェリーナは顔を輝かせてうなずいた。
「はい!」
フェリーナと過ごした一日はそんなに悪くなった。
彼女のことはまだ完全にわかったわけではない。だが、一緒にいるにつれて、知っていくことができるような気がした。
(……フェリーナと友達になるのも悪くないかもしれませんね)
そう思いながら、少し楽しみな気持ちで、次の日学園へ向かった。
「今日も、フェリーナさんも一緒ですか?」
クローディアの言葉にリオノーラはうなずく。それを見てクローディアはくすくすと笑う。
「フェリーナさん、ちょっと変わっていて面白い方ですね。私も仲良くしてみたいと思いました」
「噂をすれば、フェリーナ来たよぉ」
視線を向けると、フェリーナがいた。……だが、どこかおかしい気がした。
「リオノーラ、ごきげんよう」
彼女は勝気な表情で笑っていた。




