第20話 フェリーナ
「あんたでしょ、あいつらに情報流したの」
図書館に向かう途中、階段の踊り場で声が聞こえた。
その階段を通らなければならないリオノーラは少し嫌な顔をしながら、その踊り場を覗き込む。そこにはフェリーナとエイミーがいた。
「あんたがシャノンたちに話さなければ、私のおまじないは上手くいったのに!」
エイミーがフェリーナを睨みながら、そう言っていた。どうやら、先日、シャノンに呪いをかけようとしたときのことを話しているらしい。
「でも、人に危害を与えるおまじないはいけないことですよ」
「あんたには関係ないでしょう!? いつもクローディアから守ってあげていたのに!」
フェリーナは否定をしなかった。だからか、エイミーは彼女がチクったと認めていると判断したようだ。
「あんたがいなければ……!」
エイミーがフェリーナに手をあげようとした。思わずリオノーラの体が動く。
「ちょっと、邪魔ですわよ」
リオノーラの言葉にエイミーがビクリと体を震わせた。恐る恐るこちらを見る。
「……リオノーラ」
「ねえ、何してるのかしら? もう少ししたら、クローディア様たちもいらっしゃるけれど、一緒に話を聞いていただきますか?」
クローディアという名前を聞いて、エイミーは上げていた手を下げた。そして、ぎこちない笑みを浮かべながら、フェリーナから離れていく。
「ただフェリーナとお話していただけよ。それに、私用事があるから! それじゃあ、ごきげんよう!」
エイミーは逃げるようにして、階段を下りて行った。それを見てから、リオノーラはフェリーナの横を通り抜けて階段を昇ろうとした。
「あの!」
フェリーナに呼び止められて、振り向く。
「何かしら?」
「助けていただいてありがとうございます!」
彼女は勢いよく頭を下げる。リオノーラはそれを見て、息を吐いた。
「私、何もしておりませんわ」
「でも、声をかけてくださいました」
「声をかけただけでしょう?」
「ですが……」
それでも言葉を重ねようとするフェリーナを見て、リオノーラはさっさと歩きはじめる。
「クローディア様をお待ちにならないでいいのですか?」
「クローディア様は生徒会ですから、いらっしゃらないですわ」
それだけ答えて、階段を昇って図書館に向かう。
図書館は相変わらず人が少なかった。だが、ちらほらと席は埋まっている。リオノーラは新しい本を求めて本棚の方へ歩いた。……その後ろをフェリーナがついてくる。本を探しはじめても、離れる気配はない。
「どうしてついてくるのかしら?」
「……リオノーラさんは本がお好きなのですか?」
「そうですわね」
そう言いながら、一冊の本を手に取る。それをフェリーナが覗き込む。
「その本! 私、買いました!」
その言葉に思わず振り返る。
「読みまして?」
「読みました! 主人公の恋の行方にハラハラしました!」
「じゃあ、こっちの本は?」
「それも読みました! 二人の関係性が魅力的で……! 何度も読み返してしまいました!」
リオノーラが本を見せるたびに、フェリーナはその本の感想を言う。五冊ほどそのやりとりをしたあと、リオノーラはフェリーナの肩を掴んだ。
「ちょっと、私とお話ししませんこと?」
「はい!」
リオノーラたちは図書館を出て、自分たちの教室に向かった。放課後だからか、もう教室には誰もいない。
適当な席に座ると、リオノーラはフェリーナの方に身を乗り出した。
「あなた、たくさん本を読んでいらっしゃるんですのね」
「はい! 私の実家はかなり田舎なので、娯楽が少なく……楽しみといえば、定期的に配達される本でした!」
その気持ちはリオノーラにもわかった。田舎の領地には買い物を楽しむ場所も、遊びに行く場所もなかった。
本が唯一の楽しみだった。
「リオノーラさんも本がお好きだなんて、意外でした!」
「私も本をよく読んでいましたの。学園の図書館は専門的な本も多いけれど、一般的な小説も多くあるから、つい通ってしまうんです」
「わかります! 学園に入学したばかりのときは胸が躍りました!」
好きなことを語るフェリーナはキラキラとしていた。いつも教室の隅で大人しくしているような子には見えなかった。
「あなた、思っていたよりもたくさん喋りますのね。いつもは大人しいでしょう?」
その言葉に、フェリーナは小さく笑う。
「そうですね……。そのようにしてきましたから」
「エイミーとはどうなのかしら? いつも一緒にいましたのに、今はお一人でしょう? エイミーとはケンカをしたのかしら?」
さきほどの二人のことを思い出し、問いかける。フェリーナは楽しそうな笑顔をスッと消した。
「えっと、その……そうですね」
「あなた、私にエイミーの悪事を教えてくれましたわよね? それと泉の大妖精のもとへ行く方法……どうして、あなたがそれを知っていたのかしら?」
フェリーナは視線を泳がせる。口は開こうとしなかった。
フェリーナはただの男爵家の令嬢だ。特別な領地に住んでいるわけでもない。学園と深いつながりがあるというわけでもない。どうして、そんなことを知っているのだろうか。
「ねえ、フェリーナ。あなたは……」
質問を続けようとすると、フェリーナは立ち上がった。
「……ごめんなさい。私、用事を思い出しました」
彼女はペコリと頭を下げると、そのまま教室の外に出て行ってしまった。
「……何か隠しているのかしら」
彼女からは情報を引き出せなかった。だが、彼女は何かを知っている。
クローディアにも彼女を気にするように言われている。
リオノーラは彼女の観察を続けることにした。




