第19話 王子の隠し事
「隠し事とは、どのようなことでしょうか?」
クローディアは思い当たることがないらしく、キョトンとしていた。それを見て、デイミアンは少し笑う。
「……僕と君の婚約が保留にされている件だ」
クローディアは息を飲んだ。その話は以前、エルウッドから聞いていた。二人は婚約者になる予定だったのだと。だが、保留にされてから話は動いていない。
「君はどのように話を聞いている?」
「デイミアン様の都合で保留になったのだと聞いております。……だから、私はあなたが私のことをお嫌いになったから、話を止めたのだと思っておりました」
「そうじゃないというのは、もう伝わっているね?」
「……はい」
クローディアとデイミアンはお互いに大切な存在だと伝えあうことができた。だが、それでもまだ二人は婚約に至っていない。
「たしかに保留のきっかけは僕にあるだろう。……クローディア。君は僕と一緒に乗馬したことを覚えているかな?」
「乗馬ですか? よくデイミアン様と一緒に乗った記憶はあります」
「一緒に乗っていて、馬から落ちた記憶は?」
「……あります」
クローディアは額に触れる。
「僕は調子に乗りすぎて、一緒にいた君を落としてしまった。そして、額に消えない傷をつけてしまった。……そのことに君の父親が激高した。だから、婚約の件を保留にしてほしいと言ったんだ」
「そんな……私はお父様からそのように聞いておりません」
それを聞いて、デイミアンが眉を下げて笑う。
「きっと、君が納得しないと考えたんだろう。僕を理由にすれば、君が引き下がるとも」
クローディアは視線を下げる。きっとその通りだったのだろう。
「僕が原因でこうなったんだ。一度はそれを呑みこむ必要があると考えた……でも、君を手放すつもりなんてなかった。だから、君の父親にはいろんなアプローチをかけたよ。まだまだ認めてもらえていないけれどね」
クローディアは優しい方だが、同時に厳しさも持っている。彼女の父親もきっと厳しい人なのだろう。少なくとも、国の第一王子の婚約を保留にしてしまうほど、厳格で力の持った人だということはわかる。
「君との婚約が保留になってから数年。最初は君の父親が僕に試練を与えてるんだと思ってた。だから、僕は期待に応えようといろいろと挑戦してきた。……でも、彼の心は動かなかった。次第に僕は気弱になっていったんだ」
彼はポケットから小瓶を取り出した。そこにはシュガーが入っていた。
「だから、僕はおまじないに……妖精に頼ってしまった」
(お二人とも……よく似ていますわ)
互いを思い合った結果、自分に自信が持てずにおまじないに頼ってしまう。それほどまでに互いの価値を上げて、手の届かない存在だと思い込んでいる。
「リオノーラの言うとおりだ。妖精の魔法は奇跡じゃない。意図的に物事に作用するものだ。自分で解決せずに魔法で婚約にこぎつけても、それは僕をクローディアの父親が認めてくれたことにはならない」
デイミアンはクローディアをまっすぐ見る。
「だからクローディア。どうやったら君の父親を説得できるか……一緒に考えてほしいんだ。ヒントをくれればいい。あとは僕が頑張るから」
デイミアンの言葉を聞いて、クローディアは視線を下げる。肩を震わせると小さく言った。
「……おかしいです」
クローディアは立ち上がって、声を張り上げる。
「そんなの、おかしいです!!」
彼女はデイミアンをキッと睨むと、叱りつけるように言った。
「婚約は誰と誰のですか?」
「僕とクローディアのだ」
「そうですよね。なら、私も当事者のはず! 私を省いて、一人で頑張ろうとしないでください!」
リオノーラは思わず、ポカンとしてしまう。いつも気高く気品の溢れるクローディアがこのように声を荒げるだなんて思ってもいなかった。
デイミアンは叱りつけられて少し驚いていたが、肩を揺らして笑いはじめる。
「あはは、まるで子どものころのようだな」
「もうデイミアン様は子どもではないでしょう!? あのころと同じように叱らせないでください!」
クローディアがプリプリと怒っている。それを見て、デイミアンは嬉しそうに頬を緩めた。
「じゃあ、クローディアは何をしてくれるの?」
「お父様を説得します! これは私の婚約でもあります! いつまでも保留のままにしないでくださいとガツンと言ってやります!」
「……君は本当にそれでいいの? 結局君に頼って、自分で解決できないような男と婚約だなんて」
クローディアはデイミアンの隣まで歩くと、まっすぐと見た。
「もう、あなたはたくさん頑張ったのでしょう? 私がおそばにいなくても、あなたは一人で頑張ってた。でも、今は私がいます。いつか夫婦になるのなら、私を頼るべきです」
クローディアはそう言って、胸に手を当てる。
「私たちは運命共同体となるのですから」
デイミアンは柔らかく笑みを浮かべる。そして、クローディアの手を取った。
「……ありがとう、クローディア。君がそばにいてくれて心強いよ」
二人の様子を見て、リオノーラは両手で口元を覆う。
(……す、素敵ですわー!)
お似合いだと思っていた二人が力を合わせて、婚約者になろうとしている。それがどれだけ美しいことだろうか。
(私も二人の役に立てたかしら?)
そう思っていると、デイミアンとクローディアがこちらを向いた。
「ありがとう、リオノーラ。君の言葉があったから、勇気を出せたよ」
「リオノーラ。あなたには感謝しきれません。……みんなの応援があるとわかっていますから、お父様の説得を頑張ってみますね」
二人の言葉にニヤつきそうになったが、なんとか優雅に笑みを浮かべる。
「お二人の幸せを願っておりますわ」
クローディアはその日のうちに父親と約束を取り付け、次の日には里帰りをした。デイミアンとの婚約について説得するためだ。
実家から帰ってきたクローディアは晴れ晴れとした顔をしていた。
「お父様を説得してきました」
お昼休みに、リオノーラとクローディアとシャノンで食事を取っていると、クローディアはそう話題に出した。
「うまくいきましたか?」
そう尋ねると、クローディアはにこにことした顔でうなずいた。
「お父様、意地になっていただけでした。どう考えても、私とデイミアン様との婚約は家に利益を与えます。これ以上の婚約はないとわかっていたのに、私を傷つけた相手を許せなかったのですって。……過保護なんです」
クローディアは頬を膨らませる。
「お父様とデイミアン様の父君……王様はお父様と幼なじみなのです。だから、ここまで保留にしてても咎めることをしませんでした。王様も王様です。お父様に甘いんですよ」
「でも、説得はうまくいったんですよね?」
その問いかけにクローディアは「ええ!」と嬉しそうに言った。
「私の気持ちを伝えたら、お父様は泣きながら納得してくださいました。王様にも話を進めるように伝えてくださるのです!」
「それはよかったですわ!」
拍手をするリオノーラに対し、シャノンは「ええ~」と不満の声を上げた。
「クローディア様がデイミアンのものになるのぉ? シャノン、嫌ぁ」
王子に対し呼び捨てにするシャノンに驚くが、彼女たちは幼なじみだったということを思い出す。
「デイミアン殿下ですよ、シャノン。どうしてシャノンは嫌だと思うんですか?」
シャノンは拗ねたように唇を尖らせながら言う。
「……シャノンのクローディア様じゃなくなっちゃう」
その言葉にクローディアは目を丸くした。だが、嬉しそうに目を細める。
「私がデイミアン様と婚約しても……たとえ結婚したとしても、私はシャノンの主ですよ。関係は変わりません」
「でも……」
「私がシャノンを手放すと思いますか?」
「……思いません」
シャノンの言葉にクローディアは満足そうにうなずく。
リオノーラはその姿を見て、少し羨ましいと思った。クローディアとシャノンの間には特別なつながりがある。常にそばにいて、クローディアが学園を卒業しても、結婚したとしても、ずっと一緒にいるのだろう。だが、リオノーラは卒業してしまえば、なかなか会えなくなってしまう。ずっと一緒にはいられない。
そう思いながら、二人のことを眩しく見ていると、クローディアがこちらを向いた。
「リオノーラも」
「え?」
「あなたは大切な友達です。簡単には手放してあげませんからね」
クローディアの優しい言葉に胸が温かくなる。
「……はい!」
リオノーラがうなずくと、クローディアは「そうだ」と何かを思い出した様子だった。
「リオノーラ。フェリーナのことを気にしてくれますか?」
「フェリーナですか?」
「ええ。彼女はあなたに誰も知りえない情報をもたらしました。……彼女のことが気になるのです」
たしかに彼女の行動は気になる。どうしてリオノーラに情報を伝えたかもわからない。彼女は何を考えているのか。
「私も彼女について調べてみます。あなたも何かあったら教えてくれますか?」
「かしこまりましたわ」




