第14話 学園に住まう大妖精について
「ないですわね……」
リオノーラは一人で図書館に来ていた。ある本を探すためだ。
「『フェリーナの物語』、見つかりませんわ」
『フェリーナの物語』を図書館から持ち帰ってから、その本の所在がわからなくなっている。また図書館で探せば出てくるかもしれないと思ったが、どうも出てこないようだ。
あれからリオノーラの周りが変わった。クローディアがおまじないに頼ろうとしていたのを止めた。それに、フェリーナの物語では「取り巻き」と記されていたが、クローディアとシャノンと友達となった。
あの本とは変わってきている。今読めば、また内容が変わっているかもしれない。
そう思って、図書館の端から端まで本を探しながら歩いた。だが、どんなに探しても本は見つからない。
「妖精が隠してしまったのかしら」
妖精の本はそんな簡単に見つからない。そもそも読むことができる方が珍しい。
できればもう一度読みたかったが……そう思い、すぐに考えを改める。
「妖精には頼らない。それなら、読めない方がいいですわね」
リオノーラは妖精に頼らないと決めていた。一度、妖精の本に触れてしまったが、これ以上関わらない方がいいと考えた。
ふぅ、と息を吐いて辺りを見渡す。図書館は相変わらず人が多くない。テスト前でもないため、図書館で勉強する人も多くなく、とても静かだ。
本を探すのを諦め、図書館から出ようとする。すると、珍しい人を見つけた。
「デイミアン殿下……?」
見れば、彼はエルウッドを伴って、何やら真剣に本を読んでいる。デイミアンの後ろでふわりとあくびをしたエルウッドと目が合う。彼はこちらに手を振ってくれた。それに気づいたのか、デイミアンも本から顔を上げた。
「ああ、リオノーラ」
彼はリオノーラの存在に気付くと、優しく目を細めた。
「ごきげんよう、デイミアン殿下。何か調べものですか?」
「ああ、そうなんだ。学園に住まう大妖精について調べているんだ」
……学園に住まう大妖精。学園の創立に関わったとされる泉の大妖精だ。学園のどこか、隠された場所におり、そこに辿り着くことができれば、願い事を叶えてくれるという噂だ。
「どうして大妖精について調べているんですの?」
「大妖精は多くはないが各地にいる。ここもその一つだが、ほかの大妖精と比べて、人の願いをよく聞いてくれると聞いた。だから、王族として大妖精について調べているんだ」
「王族が情報を必要としているんですか?」
「そうだ。もし、大妖精と手を組むことができれば、少しでも多くの困っている国民を救うことができるかもしれない。妖精局もいろいろ調査しているが、情報は少ない。妖精局から一人派遣されているとはいえ、外部の人間に違いない。だが、僕は今、ここの学園の生徒だ。ならば、僕から見えるものは彼らと違うものがあるかもしれないからね」
「まあ、素敵ですわ! そんなにも国民のことを想ってくださっているなんて!」
国の王子が国民のためを思って行動してくれている。それがあまりにも嬉しく、リオノーラは思わず感動してしまう。
(デイミアン殿下がこんなにも国民のために骨を折ってくれているなんて……。私も彼の助けになりたいですわ!)
リオノーラはスカートを広げると、優雅にお辞儀をした。
「デイミアン殿下、もしよろしければ、私も何か手伝いましょうか?」
「本当かい? 君は優しい子だね」
デイミアンは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「どのようなことをお調べしましょうか?」
「僕は今、大妖精がいるという泉に向かう方法を探っている。君もそれについて調べて欲しい」
「泉に向かう方法……」
大妖精に願いを叶えてもらえた者たちは、大妖精が住まうとされる泉に行ったと言われている。だが、願いを叶えてもらった人たちはそこにどうやって行ったのか覚えていない。
「もし、大妖精と交渉ができるようになれば、国にとっても利益が大きい。頼むよ」
憧れのデイミアンに頼られ、思わず頬が緩む。
「かしこまりましたわ!」
リオノーラは元気に返事をすると、図書館を出た。
(さて、どうやって調べましょうか)
デイミアンは図書館で調べている。ならば、自分は人に話を聞くのが良いだろう。
人の噂話は侮れない。あらゆる憶測の中に真実も隠れ潜んでいることがあるからだ。
そんなことを考えていると、あとから追いかけるようにエルウッドがこちらに駆け寄ってきた。
「リオノーラ」
「あら、エルウッド。どうしましたの?」
エルウッドは少し視線を彷徨わせる。話すことを躊躇っているようだった。口を開くのを待っていると、彼はこちらをまっすぐ見た。
「……君はまだデイミアン様のことを想っているのか?」
「え?」
一瞬、何を問われているのかわからなかった。デイミアンはクローディアのことを好いている。自分が入る隙間はない。そんなこと、エルウッドもわかっているはずだ。
「……君がまだデイミアン様のことを想っているのなら」
「そんなことありませんわ。クローディア様とデイミアン殿下はお似合いだと思っていますもの」
「でも……」
「……デイミアン殿下が素敵だと思うのは変わりませんけれど」
エルウッドが少し顔を下げる。うつむきながらこちらに視線だけ向ける。熱の帯びた視線がどうもむず痒い。
「エルウッド、私は……」
「いや、やっぱいいよ。引き留めて悪かった」
彼はそう言うと、リオノーラが視線を外した。背を向けて、図書館へ戻っていく。
その背中を見て、リオノーラは頬を膨らませる。
「……何なんですの、いったい」
エルウッドは何がしたいのかわからず、そう不満を漏らした。




