第13話 かっこよくてかわいいは最強
どこかに隠し持っていたのだろう。シャノンはエイミーに短剣を向けていた。
「ねえ、約束しない? もうシャノンたちに危害を加えないって」
鼻に剣先を向けられたエイミーは真っ青な顔をしていた。身を震わせ、向けられた剣先を見つめている。
「じゃないと、そのかわいい顔をぐちゃぐちゃになっちゃうよ?」
エイミーはこくりこくりと何度もうなずく。
「……約束だからね?」
シャノンはそう言って、エイミーを放した。エイミーは雇った男を放置して、その場から逃げ出す。
シャノンは持っていた短剣をスカートに隠すと、こちらを見て目を細めた。
「……笑えるでしょ?」
「笑えるって?」
「シャノンのこと。女なのに、こんなに強いだなんて……」
シャノンはそう言うと、自分の手のひらを見た。剣ダコのついた皮の厚い手だった。
「シャノンの家は騎士の家系なんだ。だから、シャノンも物心ついたときには剣を握ってた……私、本当はクローディア様の護衛騎士なの」
驚くよりも、納得してしまう。クローディアとシャノンはいつも一緒にいた。この前もクローディアの指示にすぐに反応して、エイミーを捕らえていた。きっとこの関係をずっと続けてきたのだろう。
「でも、私は普通の令嬢に憧れてた。かわいい衣装を身にまとって、女の子らしくいられる子たちが羨ましかった。……私はいつも騎士の恰好をしてたから」
シャノンはクローディアを護衛するためにはドレスを着ることはできなかったのだろう。いつも令嬢たちが楽しそうに話しているのを端で見ているだけ。令嬢たちを羨ましそうに眺めるシャノンは容易に想像ができた。
「でも、クローディア様が言ってくれたの。あなたも令嬢なんだから、ドレスを着る権利はあるって。……そこから私の世界は変わった」
騎士の服を脱いでドレスを着た。クローディアはかわいらしくあっていいと言ってくれた。それが今のシャノンを作った。
「クローディア様がドレスを着た私を見て、かわいいって褒めてくれたの。嬉しかったなぁ。デイミアン様とエルウッドには笑われたけど」
「笑ったのですか?」
「うん、大爆笑。あのときからあいつらのことが嫌い」
シャノンは不機嫌そうにむくれる。そして、制服のスカートの裾に触った。
「私はかわいくありたいと思ったの。……ううん、かわいくなきゃだめだと思ったの。だから、剣を握る自分が嫌い。……強い自分が嫌いなの」
シャノンには彼女なりの思いがあって、今の恰好をしているのだろう。だが、リオノーラには理解できなかった。
「強いのはだめなのですか?」
「だめだよ。だって、かわいくないじゃない」
「強いのはどうしてかわいくないのですの?」
「どういうこと?」
シャノンは首をかしげた。リオノーラが何を言いたいのか探るようにこちらを見ている。
「だって、シャノンはそもそもかわいいじゃないですか。それは強いことで覆ることはないですわ。むしろ、女の子が強いだなんて、かっこいいですわ」
「……かっこいい?」
シャノンはキョトンとしていた。そんな彼女にリオノーラは前のめりで言う。
「そう、かっこいいですわ。かっこよくてかわいいなんてすごいこと。めったにいないですわ。それこそ最強ですわ!」
「……かっこよくてかわいいは最強」
シャノンは口の中でその言葉を繰り返す。やがて表情が緩んでいく。
「ええ、そうですわ! 最強ですわ!」
「かっこよくてかわいいってすごいんだ」
「そーよ、そーよ! だって、私には真似できないですもの」
「えへへへ。そっか、そっかぁ……」
シャノンは両頬を手で覆って、ニヤけながら照れる。リオノーラを見ると目を細めた。
「私、ずっと強いのはだめなことだと思ってた。でも、強くないとクローディア様のことを守れないから……ずっと困ってた。でも、私は強くてもいいんだね」
「そーよ! 自信もっていいですわ! クローディア様を守れるだなんて、誰にでもできることじゃないですから!」
シャノンはクローディアのために強くなった。女の子らしさも捨てて。だが、クローディアがシャノンの道を切り開いた。シャノンらしくあるべきだと。
入学前から作られていた関係だ。その深い関係が……羨ましく感じた。
(私も……二人ともっと仲良くなれたら嬉しいですわ)
シャノンは嬉しそうに顔をほころばせる。そして、リオノーラの服の裾をそっと引いた。
「リオノーラにお願いがあるの。……また、一緒にあの店行ってくれる?」
その言葉にリオノーラは顔を輝かせた。
「もちろんですわ!」
次の日の朝、教室で顔を合わせると、シャノンはパァッと顔を輝かせた。
「リオノーラ、おはよう!」
今まで見たことがないほどの笑顔だった。こちらに駆け寄ってきて、にこにこと笑う。
「おはようございます、シャノン」
返事をすれば、シャノンはリオノーラの腕に絡みついた。今までの彼女じゃ考えられない行動に、リオノーラは戸惑うしかなかった。
「シャノン、どうしましたの?」
「んーん。何でもないよぉ」
シャノンは「にへへ」と笑いながら、ぎゅっとリオノーラの腕にしがみつく。
「リオノーラ、見てみてぇ! 昨日ね、かわいい小物を買ったのぉ」
そう言って、カバンから小物を取り出す。それは昨日の店で買った手鏡だった。
「クローディア様に買ったものですわよね? 模様がとてもかわいいですわ!」
そう答えると、シャノンはくすりと笑った。
「クローディア様にも買ったけど……これはリオノーラに」
「私に?」
「そう。……友達の証に」
シャノンは頬を赤らめ、照れた様子で言う。リオノーラは感激のあまり大きな声を出してしまう。
「本当ですの!?」
「うん……シャノンとも友達になってくれると嬉しい」
リオノーラは思わずシャノンの手を取った。彼女のピンク色の瞳と目が合う。
「私こそ! 友達になってくれたら嬉しいですわ!」
そう答えれば、シャノンは頬を赤く染め、花のような笑顔を浮かべた。
「ん。ありがとう」
シャノンと一緒に来たクローディアは不思議そうに、二人の様子を見ていた。
「どうしたんですか、二人とも。突然、そのように……」
リオノーラとシャノンは顔を見合わせる。そして、くすくすと笑う。
「なんでもないよねぇ?」
「ええ、なんでもありませんわ」
二人だけわかっている様子に、クローディアは少し頬を膨らませる。そして、リオノーラとシャノンがつないでいる手に自分の手を重ねた。
「もう。二人だけで楽しそうに……私だって、混ぜてほしいですわ」
少しいじけた様子にリオノーラとシャノンは「ふふふっ」と笑う。
二人は手を広げるとクローディアとも手をつないだ。
「これで仲間ですわね!」
そう言うと、クローディアは嬉しそうに笑った。すると、彼女は何か思い出したように「そういえば」と口を開いた。
「リオノーラ。あなたに紹介したい人がいますの」
クローディアの言葉にリオノーラは顔を輝かせる。
「もしかして、それって……」
「ええ、素敵な殿方を紹介するわ」
放課後、クローディアに連れられて、リオノーラとシャノンはある教室に向かっていた。そこはデイミアンが所属しているクラスだった。
「待っていたよ。彼に紹介したい女の子は誰かな?」
顔を出したのはデイミアンだった。彼はリオノーラの姿を見ると、嬉しそうに目を細めた。
「ああ、君か。リオノーラならふさわしいかもしれないね」
そう言ってクローディアの方を見る。
「そうでしょう? きっとお似合いだと思うの」
(相手はデイミアン殿下の知り合いかしら? でしたら、きっと高貴な殿方に違いないですわ!)
待ちきれず、教室を覗きこむ。教室にはまだ人が残っていた。誰だろうと思いながら、教室にいる男子生徒の顔を一人ずつ見てみる。
「俺に用事かな?」
そして、その人は顔を出した。
「リオノーラ、紹介しますね。……私の幼なじみのエルウッドです」
緑色の短い髪。髪と同じ色の瞳。少し筋肉質な体。どう見ても、エルウッドだった。
彼はリオノーラを見ると、優しく微笑んだ。
「紹介にあずかりました。エルウッドです」
リオノーラはあんぐりと口を開ける。
「……どうして」
「ん?」
「どうしてエルウッドですの!? 改めて紹介されなくても知っていますわ!」
それを聞いて、クローディアは不思議そうな顔でエルウッドを見た。
「二人とも仲良しでしたのね?」
その問いにエルウッドはいい笑顔で答える。
「友達なんだ」
「まあ! そうなのですね!」
クローディアは嬉しそうな声をあげると、リオノーラを見た。
「私、きっと二人はうまくやれると思うの」
その瞳は優しい。心から二人の関係に期待しているようだった。
「ク、クローディア様……」
クローディアに紹介された以上、エルウッドのことは無下にできない。リオノーラはエルウッドをキッと睨む。
「あなたは紹介される前に私のことに気づいていたはず! どうしてそのことをおっしゃらなかったのですか!」
「紹介されたかったからね」
「はい?」
「……君の相手の候補として紹介されたかったんだ」
エルウッドは目を細める。その視線に熱が帯びているように感じられた。
言っていることがよくわからず、首をかしげようとしたら、リオノーラとエルウッドの間にシャノンが立った。
「認めない」
シャノンはそう言って、エルウッドを睨む。
「あなたの相手だなんて認めない! リオノーラはシャノンのなんだから!」
その言葉にエルウッドの眉がぴくりと動く。
「誰が誰のだって?」
「リオノーラはシャノンのだよ。大切な友達だもん」
「それは俺も同じだ。俺もリオノーラの友達だよ」
「全然違うもん! リオノーラはシャノンの特別だもん。ねえ?」
シャノンに同意を求められて、リオノーラは感激して胸の前で両手を組む。
「嬉しいですわ、シャノン!」
それを見ていたクローディアは微笑ましそうにこちらを見ていた。
「とても素敵ですね。私も混ぜてくださいませ」
三人でキャッキャと盛り上がっていると、エルウッドは仕方なさそうに息を吐いた。
「長期戦だなぁ」
その声はリオノーラには届かなかった。




