第12話 リベンジ
昨日のシャノンの行動は謎だった。突然連れ出して、つまらないと言って帰ってしまった。
今日一日、シャノンとは目が合わなかった。だが、クローディアに気づかれないようにはしていたようで、何事もなく過ごすことはできた。だが、このままではいられないだろう。
(これからどうしましょうか……)
放課後、クローディアたちと分かれて、学園の裏庭まで来た。一人で考え事がしたかったからだ。裏庭に設置されているベンチに腰を下ろす。
裏庭は相変わらず人が少なかった。花壇で揺れている花を見つめて、ため息を吐く。
「何してるの?」
顔を上げれば、エルウッドは不思議そうにリオノーラの顔を覗き込んでいた。
「あら、エルウッド。ちょうどいいですわ。話を聞かせていただけまして?」
「話って何の?」
「シャノンについて知りたいのです」
「シャノン?」
エルウッドは不思議そうにしながらもベンチの隣に座ってくれる。
「あなた、シャノンと親しいですのよね?」
「親しいというか……幼なじみだよ」
「婚約者かしら?」
その言葉にエルウッドはむっとする。
「幼なじみだってば。デイミアン様、クローディア、シャノン、そして俺は昔からの馴染みなんだ」
なんとなくそんな気がしていたが、やはり、四人は学園に入学する前からの知り合いらしい。クローディアたちと過ごすようにはなったが、まだまだ彼女たちについて知らないことがあるようだ。
「にしては、シャノンに嫌われてましたわね?」
「シャノンの中では、クローディアとの婚約を破棄した王子とその従者ってことになってるからね。あの子にとってクローディアは特別だから」
クローディアは特別。シャノンは幼いころからクローディアと一緒にいた。幼なじみとして大切に思っているということなのだろうか。言われてみれば、シャノンはクローディアに対し、過保護だ。できるだけ、彼女が一人にならないように立ち振る舞っている。
「それで、シャノンの話って?」
「昨日、シャノンに街に連れ出されましたの。それなのに、すぐにつまらないって言って帰ってしまいまして……」
「シャノン、何か言ってた?」
「どうしてこんな子にクローディアがかまうんだって言ってましたわ」
「そのまんまの意味じゃない?」
「え?」
「シャノンはクローディアが君にかまうのが気に入らないんだよ。だから、君を試すような真似をしたんじゃないかな」
そう言われれば、そんな気がする。シャノンが突っかかるような態度をしはじめたのはクローディアと仲良くなってからだ。
「クローディアを君に取られたような気がして、拗ねてるんじゃないかな」
「なるほど……」
リオノーラは学園に入ってから、クローディアと行動するようになった。彼女と仲良くなりたいと思い、行動するようになり、実際にそうなれた。だが、シャノンからしたら、ぽっと出の人間が大切な人と仲良く接しているのだ。面白くないのは当然だろう。
「俺としては、リオノーラにはシャノンとも友達になってほしいと思っているよ」
「どうしてですの?」
「君がいい子だからだよ。だから、クローディアとも、シャノンとも仲良くなってほしい」
その言葉にリオノーラは思わず笑ってしまう。
「エルウッド、あなたまるで二人のお兄さんみたいですわ」
「兄みたいなものだよ。同い年だけど、二人は俺より生まれるのが遅かったからね。二人とも俺の妹だと思ってる」
彼はそう言うと、目を細めた。
「それで、リオノーラ。君はどうかな? シャノンとどうなりたい?」
フェリーナの物語ではリオノーラとシャノンはともにクローディアの取り巻きだった。つまり、友達ではない。
あの物語の結末は二人ともクローディアと一緒に悪事に走ってしまう。……だが、友達同士ならば物語通りにはならない。
それに、リオノーラが求めているのは取り巻き仲間じゃない。友達だ。叶うなら、シャノンとも友達になりたい。
「私、リベンジしますわ。シャノンともう一度向き合ってみます」
その答えを聞いて、エルウッドは嬉しそうに笑った。
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
「クローディア様、帰りましょう~」
帰り際、そう言ってクローディアのもとに駆け寄ろうとするシャノンの腕を掴んだ。
「え、何?」
シャノンは不快そうに眉を寄せてこちらを見ている。リオノーラはにっこりと笑って、クローディアの方を見た。
「クローディア様、シャノンを少しお借りしていいですか?」
「は?」
意味が分からないという声を出しているシャノンに対し、クローディアは顔を明るくしてうなずいた。
「まぁ! 二人でおでかけ? いいですね」
「はい!」
「ちょっとぉ、シャノンはまだ了承していな……」
そう言いかけたシャノンに対して、クローディアは嬉しそうな笑顔で言う。
「私は用事があっていけないけど、二人で楽しんできてくださいね?」
クローディアに笑顔で言われ、シャノンは不満を飲み込み、渋々うなずく。
「……はぁい」
前回と違い、次はリオノーラがシャノンを引きずる形で街に出る。シャノンは不機嫌な表情のままだった。
「それで、シャノンに用事って何?」
「昨日のリベンジがしたいのです」
「はぁ? 昨日の?」
「そう。一緒に来てくれるかしら?」
シャノンはむすっとしたままうなずく。クローディアに言われた手前、そのまま帰ることはしないようだ。
あれからどうしようか考えた。シャノンの好きなものがわからないため、彼女の気に入りそうなところへ案内することは難しい。
(それならば、自分の好きな場所を案内するだけですわ!)
リオノーラはシャノンの手を引きながら、街の真ん中の方へと進んでいく。
「……ここは」
「私のお気に入りの店ですわ」
案内したのは、ファンシーショップだった。小さな女の子が好みそうな雑貨や小物が並んでいる。店にいる客も小さな女の子とその関係者ばかりだった。
「私が街に来ると、必ずと言っていいほど足を運ぶ店ですの。とてもキラキラしたものがたくさんありますわ」
子どもころからキラキラしたものが大好きだった。たとえ安物だとしても、子ども向けの玩具だとしても、かわいいものはかわいい。
照明もあってか、並んでいる商品はキラキラと輝いていた。どれも素敵なものに見えてしまう。
うっとりしながら店の商品を見ていると、シャノンが商品の一つを手に取った。
「……かわいい」
その言葉にリオノーラは顔を輝かせた。
「でしょう!? 子ども向けだとわかっていても、かわいらしいものは素敵ですわよね!」
リオノーラの勢いに驚いていたが、シャノンは目を細めて頬を緩める。
「シャノンもこういうの大好き」
シャノンはそう言うと、自分の髪飾りに触れた。それは青色をしたリボンだった。
「この髪飾りもね、クローディア様がくれたの。シャノンもかわいくしていいんだよって、クローディア様が言ってくれたの」
その表情は優しかった。きっとクローディアとの思い出が詰まった髪飾りなのだろう。
「……シャノンもずっと、こういうのに憧れてた」
……憧れてた? その言葉は不思議だった。シャノンはかわいらしいものをいつも身に着けている。そういったものを身に着けるのは当然のように思っているのだと考えていた。
「いくつか買って帰っていい?」
シャノンに問われ、リオノーラはうなずく。
「もちろんですわ! 私もいくつか買っていきます!」
シャノンとの買い物は不思議と盛り上がった。あれがかわいいとか、これはクローディアに似合うかもしれないと吟味しながら、買うものを選んでいく。
「これもかわいい~!」
シャノンが華やかな声をあげる。リオノーラもそれに同調するように応える。
「本当ですわ! かわいいは正義ですわね!」
シャノンの顔は緩み切っていた。ここに来るまでの不機嫌な顔が嘘のようだった。
「この店、素敵だね」
「ええ!」
今までシャノンと過ごしてきたが、初めてちゃんと話したように感じた。
帰り道、シャノンは笑顔だった。クローディアへのお土産の手鏡も買って、嬉しそうにしている。
「早く帰って、クローディア様にお土産渡したいなぁ」
「ふふふ。早く帰りましょう」
そう言いながら歩いていると、路地裏の陰からリオノーラの腕を誰かが引いた。
「痛っ!」
路地裏に引っ張られ、その場で転んでしまう。大きな通りは賑やかだったが、路地裏に来てしまえば、人の姿がなかった。
「リオノーラ!」
シャノンが慌てた様子で路地裏に来た。その二人の目の前に一人の大きな男が立つ。
「この女たちですかい、お嬢さん」
図体のでかい男だった。その手には剣が握られており、目つきも鋭い。その男の視線の先には見覚えのある子が立っていた。
「そうよ、この女たちよ!」
それは先日、シャノンに呪いをかけようとして、妖精局に連れていかれたエイミーだった。
「エイミー、だったっけ? ねえ、何してるのぉ?」
シャノンが首をかしげて尋ねる。その目には警戒の色があった。それに気づかず、エイミーは怒鳴るように声を荒げる。
「あなたたちのせいで私はおまじないを使えなくなったのよ! 許せるはずがないじゃない!」
「だからまた、危害を加えようとしているの?」
「そうよ!」
それを聞いて、リオノーラとシャノンは思わずため息を吐いた。
一度、他人を害しようとして自分が不利益を被ったにも関わらず、また害しようとしている。
(……なんて学びのない人なのかしら)
こちらが呆れているのに気づかず、エイミーは胸を張る。
「この人はあなたたちのために雇ったの。感謝しなさい」
男は貴族ではなさそうだった。どこで雇ったのだろうか。頬や腕にいくつも傷痕があり、賊のような荒々しさを感じられる。
シャノンは男を一瞥すると、リオノーラの方に手を差し出した。
「立てる?」
「ええ」
シャノンに手を引かれて立ち上がる。その手の力が強く、するりと立ち上がれてしまう。
リオノーラが立ち上がると、シャノンはを背で守るようにして立ってくれた。
「ねえ、リオノーラ。ちょっと目を閉じててほしいって言ったら、聞いてくれる?」
シャノンが男から目を離さずにそう言った。
「いいですけれど……どうして?」
「……どうせ、すぐわかるよ」
リオノーラはシャノンに言われた通り、目を閉じる。目の前に自分たちを害しようとする相手がいる。目を閉じるのは怖かった。……だが、シャノンを信じてみようと思った。
目の前が真っ暗に包まれる。瞬間、金属のぶつかり合う音がした。そして、男のうめき声と剣が地面に落ちる音がした。
「開けていいよぉ」
そっと目を開ければ、地面に倒れている男の姿があった。




