第11話 つまんない
エイミーは妖精局に連れていかれた。そこで厳重に注意され、もうおまじないを叶えてもらえないようにされてしまうはずだ。
彼女はしばらく学園に顔を出さなかった。あれほどの騒ぎを起こしたのだから、当然だろう。
シャノンに呪いをかけようとした犯人がわかり、クローディアはご機嫌だった。
「リオノーラのおかげですね! またあなたに恩ができました」
彼女は感動したように胸元で両手を組みながら、こちらを見ている。褒められるのはまんざらではなかったが、リオノーラは何でもないように答えた。
「いいえ、私は何もしてませんわ」
「捕まえたのはシャノンだしねー」
「ええ、シャノンもお手柄でしたよ」
誇らしそうにするリオノーラに対し、シャノンは面白くなさそうな顔をしていた。クローディアに褒められて嬉しくないのだろうか。不思議に思いながらシャノンを見ると、彼女はじとっとした目でこちらを見ていた。
「そうそうリオノーラ。あなたにお願いされていた殿方の紹介ですけど、相手が見つかったのですよ」
「本当ですか!?」
クローディアの言葉に思わず立ち上がりそうになった。だが、ぐっと堪え、お淑やかな令嬢のように優雅に腰を下ろした。
クローディアはにこにこしながらうなずく。
「ええ、また紹介しますね」
「ありがとうございます!」
クローディアに約束を守ってもらえて、頬がにやけそうになる。それをシャノンが変わらず、じとりとした目で見ていた。
「リオノーラ。時間ある?」
クローディアが生徒会に行ってしまったあと、リオノーラはシャノンに呼び止められた。
「ありますけれど……どうかなさいまして?」
「シャノンとおでかけしようよ」
突然の誘いに、リオノーラは動きを止めた。そして、ゆっくりと首をかしげる。
「いったいどうしましたの?」
「ただ、リオノーラと遊びたいだけだよ。行こう?」
シャノンのシャノンの手首を掴まれる。その力は想像していたよりも強かった。
「ちょっと、シャノン?」
呼び止めても、彼女は気にせず歩き出した。強い力で引っ張られるため、リオノーラは抵抗するのをやめた。遊びたいと言っていたにもかかわらず、歩いている間、シャノンは一言も話さない。
(何か用事でもあるのかしら?)
そう思いながら、前を歩くシャノンの横顔を見つめていた。
彼女に連れられて向かったのは学園の近くにある街だった。街の入り口に着くと、シャノンは手を離して、こちらに振り返った。
「ねえ、リオノーラ。どこか面白いところ知らない?」
シャノンはじっとこちらを見ている。まるで何かを見定めるような目をしていた。
「面白いところですか……?」
「そう。面白いところに連れて行ってよ」
そう突然言われても、思いつくことができない。シャノンがどういうところに行きたいのか、そもそも何が目的でこのようなことをしているのかがわからなかった。
「どうしていきなり……」
「ほら、はーやーくー」
シャノンはこちらの言葉を聞かず、ただ急かす。どうしたら良いかわからず、リオノーラは適当な場所を指さした。
「……じゃあ、あのカフェに入りましょう?」
カフェはどこにでもあるような小さな店だった。客の入りもまばらで、そこまで繁盛している様子はなかった。
カフェに入っても、シャノンは無言だった。飲み物だけ頼んで、そのまま黙り込んでしまう。
「それで、シャノンは何の用事があったんですの?」
「用事はないよぉ。ただ、リオノーラと話してみたかっただけ」
「私と……?」
たしかに、クローディアを含め三人で行動しているとき、シャノンとあまり会話がないのは事実だった。会話があったとしても、そこにクローディアも加わっているため、二人だけで会話することはほとんどなかった。
(シャノンと仲良くするチャンスですわ!)
クローディアと仲良くなれたが、シャノンとはまだ距離があるように感じていた。ここで仲良くなれれば、取り巻き同士ではなく、友達同士になれるだろう。
「そうですわね。では、どんな話をしましょうか?」
「リオノーラが考えて。何か面白い話ないの?」
話題提供を投げられてしまった。話題と言われても、そう簡単に浮かばない。
「じゃあ、本の話をしましょうか。最近、図書館で見つけた本で……」
「シャノン、本読まないから興味ないー」
「えっと……じゃあ、学園の食堂の新メニューについてはいかが? 食堂の料理人が話していたのです。次の新メニューは……」
「食堂の話って楽しい?」
「えーっと、そうですわね。……じゃあ、寮長が飼っている猫の話題はいかがでしょうか? 寮長の飼っている猫はご年配らしく、最近おかしな行動が増えたらしくて……」
「猫はあまり好きじゃないかなー」
「……そうですの」
シャノンは運ばれてきたカップに口をつける。そしてそのまま黙り込んだ。
(……なんですの、シャノンは! どれだけ話題を出しても興味なさそうに! んもうー!)
大きな声を出して騒ぎだすのは、高貴な令嬢らしからぬ行動だ。なんとか平静を保ち、にっこりと笑みを浮かべる。
対してシャノンはつまらなさそうな表情を隠さなかった。唇を尖らせ、じーっとリオノーラを見ている。
彼女はカップを手に取ると、中に入っているココアをすべて飲み切った。
「……つまんない」
とうとう口にも出した。わざとらしく大きくため息を吐くと、睨むようにこちらを見た。
「リオノーラって、つまんない子だよね。どうしてクローディア様がかまうのか、全然わかんない」
(クローディア様……?)
今日の連れ出しには、クローディアも関わっているようだった。だが、シャノンの意図は相変わらずわからない。
「シャノン、帰る」
そう言うと、彼女はカバンを手に取って立ち上がった。
「え、ちょっと……」
「ばいばーい」
シャノンは自分の分のお金だけ置く。ひらひらと手を振ると、そのまま店を出て行ってしまった。
「……何だったのかしら」
シャノンの置いていかれたリオノーラの目の前には冷えたカフェオレだけが置かれていた。




