第1話 悪役令嬢の取り巻き
表紙:滝沢ユーイ様
清く正しく美しく。どんなときでも堂々とし、優雅にふるまうことができる。
リオノーラはそんな素敵な令嬢になりたかった。
「――フェリーナさん。その髪飾りは校則違反ですよ」
貴族の子息や令嬢が通う学園。その廊下で一際美しい令嬢がそう言った。深い青色をした長い髪を持ち、大人びた顔立ちをした令嬢。立っているだけでも美しく、通りすがる人たちは彼女に見惚れる。だが、今は彼女のことを遠巻きに見ている者ばかりだった。
「その髪飾りはかわいらしいですが、少し大きいです」
令嬢の目の前にいるのは、男爵家の令嬢。少し茶色を含んだ金色の髪、緑色の瞳。素朴な見た目の彼女は身に着けている大きな髪飾りに触れる。
「でも、これはおばあ様からもらった大切な髪飾りで……」
「大切かどうかは関係ありません。校則は守っていただかなければ」
「……はい」
フェリーナは何も言い返せず、こわばった表情で顔を下げた。
「ちょっと~。怯えた顔で俯かないでくれる? クローディア様がいじめてるみたいじゃない」
クローディアと呼ばれた青髪の令嬢の隣には、ツインテールをした金髪の令嬢がいた。リボンで髪を結い、ピンク色をした瞳を細めて、きゅるんとした表情を浮かべる。自他認めるかわいらしい少女だった。胸元で両手を軽く握り、柔らかく笑みを浮かべる。
「女の子なら、私みたいにどんなときでもかわいく笑わなきゃ、ね? リオノーラ」
名前を呼ばれ、一人の少女がクローディアの後ろから顔を出した。
紺色の肩まで伸びた髪。前髪は編んであり、脇に留められている。青色をした勝気な瞳でフェリーナを捉える。
「そーよ、そーよ! 大切な髪飾りなら、学園に着けて来ずに、大切にしまっておくべきですわ!」
リオノーラは腰に手を当て、胸を張った。二人の様子を見て、フェリーナは眉を下げる。
「……そう、ですよね」
クローディアはフェリーナを見据えて、口を開く。
「髪が乱れてしまいますから、すぐに外せとは言いませんわ。けれど、次回からは身に着けてこないように……」
そんなクローディアの言葉を遮る者がいた。
「クローディア様はフェリーナに厳しすぎではありませんか?」
フェリーナの友達のエイミーだった。彼女はフェリーナをかばうようにして立っている。
「エイミー、私は……」
「フェリーナは黙ってて。シャノン様の髪飾りだって大きいはず。それは許されるのですか?」
エイミーは金髪ツインテールの令嬢に目を向ける。シャノンは「え~」と頬を膨らませた。
「シャノンのは大丈夫だよぉ」
「ええ、シャノンの髪飾りはギリギリ校則の範囲内です。問題ありません」
その言葉にエイミーは納得がいかないと眉を寄せる。
「それに、クローディア様はいつもフェリーナばかりを注意してます。いじめてるみたいではなく、いじめているのではないでしょうか」
クローディアはすっと目を細める。その表情が恐ろしく、周りの人たちは肩を震わせた。エイミーもまた身を震わせたが、クローディアを睨むのをやめない。
それを見ていたシャノンが「あのさ~」と口をはさむ。
「規則を守ればそれでよくない? それだけの話だよぉ」
「そーよ、そーよ! 事を大事にしているのはそっちですのよ!」
リオノーラも同意をすると、エイミーは悔しそうに唇を噛んだ。ずっと黙っていたフェリーナがエイミーの前に飛び出し、クローディアたちに向かって頭を下げる。
「私がすべて悪いのです! 申し訳ございませんでした」
素直に謝る様子を見て、クローディアは頬を緩ませる。
「わかっていただければ、よろしいのです。シャノン、リオノーラ。行きますよ」
「はぁい」
クローディアに言われ、二人は大人しくその後ろをついていった。
この学園は貴族の子息や令嬢が通う学園だ。古くから歴史があり、学園の設立には大妖精が関わったとされている。
都市の近くに建てられており、通う者はみな、地元を離れて寮から通っている。
学生の間では家の爵位は関係ないということになっているが、あくまで建前であり、生徒たちも教師たちも家の爵位を重んじている。
クローディアは高貴な公爵令嬢だ。気品があり、上品で、何より美しい。
一番権力を持っている生徒会に、クローディアは一年生にして、生徒会の風紀委員を担っている。
そんな彼女の『友達』というポジションにいられるのは、リオノーラの努力の賜物だろう。
(これが私の求めていた学園生活ですわ……!)
そう思いながら、少し惚れ惚れとした表情でクローディアの後ろに歩いていた。
新入生として学園に入り、半年が経った。元々友達がいなかったリオノーラは最初の方は一人で行動することが多かった。だが、リオノーラには願望があった。
キラキラした生活を送ること。そのためにはキラキラした人と一緒に過ごす必要があった。この学園で一番輝いているのはクローディアだった。そして今、自分は憧れていたクローディアのそばで彼女の役に立つことをしている。それがリオノーラにとって大切なことだった。
「あの髪飾りかわいかったねぇ」
歩きながらシャノンがぼそりとつぶやいた。
「そうですね。学園でなければ、身に着けていてもよかったのですけど……」
クローディアは優しい人だ。風紀委員としての立場から、生徒たちに厳しくしているが、いつも周りを気遣っている。
注意することを当然だと考えているが、反発されるたびに心を痛めているのも知っていた。
「でも、規則ですもの。仕方ないですよね」
リオノーラは元気づけるようにこぶしを握る。
「そーよ、そーよ! 仕方ないですわ! クローディア様は正しいことをされたと、私は思いますわ」
「そうですね……ありがとう、リオノーラ」
クローディアは少し安心したように笑った。
その姿を見て、リオノーラは胸を押さえる。
(優しくて美しい方ですのに、どうして学生たちはみんな、クローディア様を恐れるのかしら)
彼女を外から見ているだけでは、その美しい心まで見ることができないのだろう。なんとも悲しいことだとリオノーラは思った。
(私にできることといえば、彼女のおそばにいることだけですわ!)
そう思いながらこぶしを作る。自分を奮起させていると、クローディアがこちらを向いた。
「リオノーラ。今日も図書館に行くんですか?」
その問いかけに、リオノーラはうなずいて、トトトッと二人の前に歩み出て振り向く。
「はい! ですので、ここで失礼させていただきますわ!」
リオノーラは図書館に通うのが日課だった。放課後はクローディアたちと分かれて、よく図書館に向かっている。
「リオノーラは勉強熱心ですね」
「違いますわ! 読書が好きなだけですの。それでは」
優雅に礼をすると、二人のもとから離れた。
学園に備え付けられている図書館は校舎の最上階に位置している。その階はすべて図書館となっており、とても広い。
図書館の中は静かだった。本を読みに来た生徒、借りに来た生徒、勉強する生徒と利用方法は様々だったが、私語をしている生徒はあまりいない。
図書館に着くと、リオノーラはさっそく本棚に駆け寄った。
本は子供のころから好きだった。読めば、知らない世界に連れて行ってくれる。
「今日はどれを読もうかしら……」
幅広い分野の本が収められており、専門書から娯楽小説まで多くの本が借りられる。リオノーラは特に小説や絵本を好んでいた。物語を読めば、自分の知らない人の世界を知ることができるからだ。
ゆっくりと歩きながら本棚を眺めていると、一冊の本が目に入った。
「『フェリーナの物語』……?」
本にしては薄い。タイトルに数字が振られていることから、巻数があるのだろう。だが、装丁はしっかりしており、皮で作られた表紙になっていた。
何よりもタイトルが気になった。フェリーナとはさきほどクローディアが注意していた女生徒だ。同じ名前の登場人物が主人公なのだろうか。
そっとその本を引き抜き、パラパラと読みながら、席に着く。静かに一冊読み切って、リオノーラは肩を震わせた。
「な、なんですの、これ……」
そこに書かれていたのはこの学園にいるフェリーナを主人公とした物語だった。
男爵令嬢のフェリーナが学園に入り、様々な困難を乗り越えたのち、この国の王子と結ばれるという話だった。
重要なのはそれだけじゃない。
「どうして、クローディア様が悪者扱いですの……!」
その本にはクローディアのことを『悪役令嬢』と記載されていた。そして、リオノーラ、シャノンのことは『悪役令嬢の取り巻き』と記されている。
「どう考えてもおかしいですわ……私たちとクローディア様は友達のはずでしょう!?」
思わず声を荒げてしまい、周りからの視線を感じて口を閉ざす。
本では、クローディアが悪いおまじないに手を出してしまい、リオノーラとシャノンを操り、フェリーナを貶めようとしたと書かれている。
(ふざけてますわ……! 人の名前を使って、こんな話を書くなんて!)
思わず、そう声に出してしまい、両手で口を押さえた。
これ以上、この本を人の目に触れさせるわけにはいかない。リオノーラはその本を手に取り、一度借りていくことにした。今日は司書が図書館にいないらしい。仕方なく、この本を置くことを許した司書を後日問い詰めることにする。
「本当、ありえないことをする人がいるものですわ」
その日はその本を抱えて、寮に戻った。自室の机の上に置いておき、睨みつける。
いったい、誰がこんな話を書いたのだろうか。きっと、自分たちに悪意を持っている相手に違いない。
クローディアは風紀委員という、生徒たちを指導する立場にある。そのため、生徒たちから恨まれやすい。それはどうしようもないことだが、こういった方法で貶めるのはいただけない。
(犯人を見つけ出して……とっちめてやりますわ!)
そう思いながら、リオノーラはベッドの上に転がった。すぐには眠れなくて、本を睨みながら横になる。
(図書館の司書が関わっていなかったら、どうやって犯人を見つけ出しましょうか。本の筆跡から見つけ出すことは可能かしら。そうなったら、クローディア様たちにも手伝ってもらって……でも、クローディア様にこんな本、見せたくありませんわ。どうしたら……)
そんなことを考えていたら、気づいたら眠っていた。
窓から朝日が差し込み、眠い目をこすりながら起き上がる。そして、睨みつけるように机の上を見た。
「あら……?」
その本はなくなっていた。
「どういうことですの……?」
間違いなく机の上に置いておいたはずだった。自室は鍵もかけられており、誰も入ることはない。机の下にも落ちておらず、消えてしまったと表現するのがふさわしい。
「どうして……本がなくなるなんて……」
まるで魔法のようだ。そう思ったとき、学園で言い伝えられている話を思い出す。
「そういえば……」
学園の図書館には、人の一生について書かれた本が納められている。学園に住まう妖精が読むための本だというものだ。
もし、昨日読んだ本が妖精の読む本だとしたら……。
「クローディア様がおまじないでフェリーナを貶めるということ……?」
ありえない。信じられない。だが、もし伝説が本当だとしたら、この先そのありえないことが起きてしまうかもしれない。
それだけではない。
「ということは、私はクローディア様の友達ではなく、取り巻きってこと……?」
許せなかった。
本が過去、現在、未来のことを写してあるのだとしても、認められない。
「本当のことが記してあるからって何ですの。そんなのもの、これから変えればいいだけの話ですわ!」
リオノーラは腰に手を当て、胸を張る。
「そーよ、そーよ! 未来を知っているなら、これから変えていけますわ! 変えてやりますわ。だって、私はクローディア様の友達ですもの!」
こぶしを強く握りしめる。
「そして、いつかは白馬の王子様と結婚しますわ!」
リオノーラは本の置いてあったはずの机を睨むと、軽く叩いた。
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表紙の画像は滝沢ユーイ様からいただきました。ありがとうございます!
毎日7:20 の定期公開となります。
最終話公開は 8月2日 となります。
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