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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますಠ‿ಠ


Instagram:@kasahana_tosho

 開き切った玄関扉からちらりと家の中を覗くと、丁度四方が2階から降りてくるのが見えた。審馬の視線に気づいた彼は、そのままこちらの方へと歩いてくる。


「参考人に任意同行の了承を得た。すぐに移動するから、前にパトカーを回してくれ」

「俺が運転していいのか」


 審馬の言葉に舌打ちをした四方が、高橋の方へと視線を向ける。「高橋、頼んだ」


 高橋の返事を待つことなく、四方は忙しなく家の中へと戻っていく。


 麻布警察署管轄内では久々の殺人事件だからか、随分と気合が入っているようだ。


 結局四方も出世ばかり追い求める人間だということなのだろう。


「何で俺が…審馬さん行ってきてくださいよ」

「良いけど、俺もお前も仲良くムショ行きになるぞ」

「え、審馬さん。また朝まで飲んでたんですか」

「女の子が離してくれねぇんだ。仕方ないだろ」

「毎日毎日キャバクラに行って、よく飽きないですね」

「毎日キャバクラなわけないだろ。デリもピンサロもあるに決まってんだろ」

「余計タチ悪いですよ」

「うるせぇな。まだそんなに『立ち』は悪くねぇよ」

「『たち』だけに?」

「くっだらない親父ギャグ」


 審馬の軽い冗談に毒付いた一言を放ったのは高橋ではなかった。再び玄関の方へと振り向くと、東が冷やかな視線を向けながら審馬達の横を通り過ぎていく。


 遠ざかっていく彼女の靴の音が嫌に耳に響く。


「こっわ。さすが麻布署一の堅物」


 高橋がそう吐き捨てるように言う。


「お前らって確か同期だろ」

「そうですけど、でもお互い全然知らないっていうか、全然仲良くないんで。向こうは警察学校の時から刑事志望してたし、住んでる世界も心持ちも全然違うんで」

「そうなのか」

「噂ではあいつ、警視庁の捜一目指しているらしいですよ。審馬さん、何かアドバイスしてあげたらどうですか」


 この場を立ち去る高橋の背中と庭で別の刑事と話す東の横顔を交互に見る。


 出世欲が強く、男社会の中でも何としてでも勝ち上がっていきたい東の存在は、同期からしても鬱陶しい存在なのだろう。


 彼女は実力が伴っていないから、尚の事。


 だが、実力云々を抜きにしても、警視庁などわざわざ目指すような場所ではない。たかだか東京都の中で一番偉いだけなのに、まるで日本の警察のトップに立っているような面をしている。プライドだけがやたら高くて、法律などあっても通用しないような世界線にいる彼らは、正義を名乗っただけの悪の集合体だ。


 勿論、そうでない警察官もいたが、そんなものは片手に収まる程度のほんの僅か。


 そんなところから落第の烙印を押されて麻布警察署に左遷されてきた審馬に、一体何がアドバイスできると言うのか。


 高い正義感と志を胸に努力するだけ無駄だと、言えることなどそれくらいしかない。


 やがて高橋が家の前にパトカーを止めに戻ってくる。審馬は気怠い体をその車体に預け、腕を組む。


 玄関に人の輪ができているの見えた。じっとその輪を見つめていると、すぐにヒール靴の音が周囲に響き渡る。その音に反応するように、集まった捜査員達も玄関の方へと視線をやる。


 家の中から警察官に囲まれた女が歩いてくるのが見えた。審馬の方へと彼女らはゆっくり近付いてくる。

 

 女と目が合った気がした。その瞬間、体の中から湧き上がってくるような快楽にも似た感覚を覚える。


 この女が裁矢菜穂子。病的なほど白い肌。細い手足。艶やかな赤い唇に、長い睫毛。背中まで伸びた黒髪を緩く一つに三つ編みにまとめ、皺一つない白いシャツのボタンを首元までしっかり止めている。足首まである長いスカートが、彼女の足の動きに合わせて揺れ動いている。


 結婚し、中学生ほども大きな子供がいるとは思えないほど、この女の容姿も佇まいも洗練されていた。


 そんな女の大きな瞳が、真っ直ぐ審馬の目を見ている。


 気付けば無意識に唇を舌で舐めていた。


「最っ高に良い女じゃねぇか」


 そう呟きながら、審馬はパトカーのドアを開ける。押し込まれるようにして車の中に入っていく女のちらりと露出した首筋をじっと見つめる。


 そんな審馬と菜穂子の間に割って入るようにして東が現れる。彼女はその鋭い瞳で審馬を睨みつけて、そのままパトカーの中へと入っていく。


 菜穂子を乗せたパトカーが発車する。背後から四方に呼ばれた審馬は、彼の運転する車で署へと戻る。


 助手席の窓から移りゆく街並みを見つめながら、先程の女が飄々とした表情で3件の死因について語る姿を想像する。


 自分で殺して、自分で後始末をしに役所に訪れた女。


 あの美しき殺人鬼は、自分のしたことを罪だと思っていないのだろうか。それどころか、これは正当な「裁き」であって、「正義」だとすら思っているのだろうか。


 だとしたら、それは何よりも狂気的で面白い。


 あの正義面した女の化けの皮を剥いでやりたい欲求が喉のすぐそこまで湧き上がっている。そしてその裏にある、人間臭くて欲にまみれた本性を引き摺り出してやりたいと心の底から思う。


 何故ならそれは、審馬にとってセックス以上の格別な快楽なのだから。


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次回投稿は6/18(水)

を予定しております。

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