表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

2-4

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますm(_ _)m


Instagram:@kasahana_tosho

 室内に安置されていた遺体。左から10代くらいの少年、40代くらいの男性、そして70代くらいの女性だった。見た目と菜穂子が役所に持ってきた身分証明書から推測して、息子の晴翔、菜穂子の夫の賢一郎、賢一郎の母親の加津子だと思われた。


 高橋は何故彼らは亡くなったのかを菜穂子に問いただす。すると彼女は役所の人間に語ったものと同じ言葉を口にする。


 彼らには裁きが下ったのだと。


 菜穂子の言葉の意味を測り兼ねる。一体何が「裁き」なのだろうか。


 自らの犯行を「裁き」という言葉で正統化しているのだろうか。


「何かもう会話が成立しないというか。どうして死んだんですかって聞いても、そう決まったから、みたいな返事しか返ってこなくて。だから俺、じゃあどうやって死んだんですかって聞いたんですよ」


 何故死んだのか、ではなく、どうやって死んだのか。


 驚くべきことに、菜穂子は死因を躊躇うことも臆することもなくスラスラと答え始めたのだと言う。


 自ら殺したのだとすれば、それは確かに死因を説明できるだろう。だが、普通はそれを警察官に包み隠さず話すだろうか。


「まず少年ですね。現在14歳、中学3年生の息子、晴翔君。晴翔君の死因は急性薬物中毒による呼吸抑制だそうです」

「やたら具体的だな」

「審馬さんは、薬剤系の犯罪について詳しいですか?」

「まぁ、警視庁にいた時に担当したことはあるが、詳しくはない」

「俺も正直全然なんですが、睡眠薬のレンドルミン?あと抗不安薬のデパスを酒と併用したせいだとか言ってましたね」


 レンドルミン、デパス。どちらも作用が強い中枢抑制薬剤だ。即効性もあり、酒との併用は死のリスクを伴う。だが、そもそもどちらも医者の処方が必要で、14歳の少年が易々と入手できるものではない。致死レベルにはそれなりの服用量も必要になる。


「次に、夫の賢一郎さん。死因は高血圧及び心臓病の治療薬摂取による心拍抑制・低血圧性ショックだと」


 こちらも薬剤関連か。


「薬剤の名前は」

「ビソプロロール?だったかな」


 ビソプロロール。心血管系で用いられる比較的一般的な薬剤だったか。だが、確かそれ単体では大して強い薬ではなかったはずだ。


 息子の晴翔が内服した薬とはまた違った薬剤だったというところに何か意味があるのだろうか。


「賢一郎さんには持病があったようで、元々高血圧の薬を飲んでいたみたいです。それとの併用が心停止を引き起こしたのではないかと」


 そして最後、賢一郎の母である加津子。


 その話を聞き終える前に、高橋は刑事課に連絡を入れたそうだ。


 菜穂子の説明には一切「自分が殺した」という話は出てはこなかったが、状況は家族の死に彼女が関わっていることを示していた。


「参考人にとっては姑にあたる加津子さんですが、この方の死因は高カリウム血症による致死性不整脈。加津子さんは慢性腎不全で透析治療を受けていたそうです。なので、食事に含まれていた高カリウム食品が、致死性不整脈を引き起こしたのではないかと」

「なるほど」

「なるほど?」

「ビソプロロールもレンドルミンもデパスも、透析患者ならよく処方される薬だ」


 だとしたら、加津子の服薬管理を誰がしていたのか。それがこの事件の大きな鍵となる。


 ちらりと家の2階を見上げる。


 嫁が夫と姑の服薬管理をする。何も不自然な話ではない。


 菜穂子はいつでもこの家族を殺すことができる状況にいた。


「審馬さん、やっぱり薬剤犯罪詳しいじゃないですか」

「透析の知識がちょっとあるだけだよ。それでも、普通の奴よりすこーしだけ詳しいぐらいなだけさ」


 言いながら、遠い過去を思い返す。


 そう遠くもないか。ほんの5、6年前の話。


 目の前の出世に囚われ、自分も家族を大切にできなかった頃の惨めで憐れな話だ。


 だから、出世などくだらない。それを追い求める奴らも、この上なくどうしようもない。


 ともかく、その死因が本当か嘘かはさておき、菜穂子がそれらを当然のことのように語る姿はどう考えても異常だ。

 

「全員の死因を話して、あの女、最後になんて言ったかわかります?」


 身震いをするように、高橋が言う。


 ーーーこれで、死亡診断書は書けますか?


 そんな菜穂子の言葉に、審馬は小さく口笛を吹く。


 それはまるで、死亡診断書をもらうために死因をわざわざ説明してやったとでも言うかのような発言だ。


 犯人の犯行自慢では決してない。ただ自分は死因を説明できるから、説明をしただけ。


「だから、俺は医者じゃなくて警察官なので死亡診断書は書けませんって答えたら、じゃあお医者様を呼んでくださいって。あぁもうやっぱり話が通じないなってなって。正直気持ち悪かったです。そんなことしてたら東さん達が来てくれたんで、俺らは避難してきました」


 死因を話せることは勿論だが、警察官相手に怯えることなく堂々と太刀打ちできることも菜穂子の異常状態を表している。


 肝が据わっている。そんな言葉一つで片付けられる問題ではない。


 益々、裁矢菜穂子という女に興味が湧いてくる。

次回投稿は6/14(土)

を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ